第58話 たった一人に好かれる難しさ ~圧力外の繋がり~ Aパート

文字数 5,055文字


 結局あきれ顔を浮かべた二人の事は気になったものの、時間が無くなっていた昼休みには聞くことが出来ずに、午後の授業まで終えてしまう。
 いつもの終礼の時にもまだ担任の先生からの視線を感じる。
「副教科の担当の先生から聞いてると思って言わなかったが、7月6日(月)7日(火)に本教科の全統模試の後8日(水)・9日(木)に副教科の校内試験も実施するから、そっちの勉強もちゃんとしとけよー。こっちも補習・追試は無いからなー」
 先生の今更の追加の告知に教室内がブーイングに包まれる。
「それと来週の6月29日(月)からテスト期間でまた部活禁止期間だからな―。三年のお前らは今回ペナルティー喰らったら初学期終了までがペナルティー期間になるから夏の大会に出る部活以外は実質そのまま引退扱いだから、十分気を付けろよー」
 感じる先生の視線を避けつつ、中間の時のような轍は踏まないようにと妹さんが所属する園芸部と問題の戸塚君が所属するサッカー部を意識する。
「先生ーさっきから岡本さんの方見てますけど、何かあるんですかー?」
 例のグループの一人が楽しそうに、先生と同じような間延びした言い方で聞く。
「いや。別に用事と言うわけじゃないんだが」
 先生のあいまいな態度が私をイラつかせる。
 私が例のグループを思いっきり睨みつけてやると、私の視線に気づいた例のグループの女子が慌てて先生への質問を取り下げる。
 それを見届けてから戸塚君の事が気になった私が蒼ちゃんの方へ視線を向けると、
「……」
 先生の方を無表情で見ていた。
「恒例の話ではあるが、日曜日までは部活は見て見ぬふりをしてやるから、けじめだけはしっかりなー。それじゃ解散!」
 居心地の悪さを感じたのか、最後はまくし立てるように連絡事項を伝えて、足早に教室を出て行く。

 私に何か文句があるのか、私に何か言いたい事でもあるのか、例のグループに問いただそうと一歩足を踏み出したその時
「何かあれば俺が相談に乗るから」
 私の背中にそっと手を触れてくるメガネ男子。
 さっきの先生の時みたいに楽しそうにこっちに視線を向けてくる例のグループ。
 ただですらイライラしてるって言うのに、私の何を知って何の相談に乗ると言うのか。
「馴れ馴れしく触んなっ!」
 それでどうやって相手の気持ちを汲み取ると言うのか。
 そんな軽薄な男子に女子が寄って来ると思うのか。女を馬鹿にすんのも大概にしろって。
 別に優希君に見聞きされるわけでもないし、今は遠慮する必要は無いって思ってる。
 私は好きな人、優希君だけに好かれたら良いのであって、他の男子に好かれる事なんて全く考えていない。逆に変に勘違いされて今でも心の距離が気になっているのに、このメガネ男子のように馴れ馴れしくされたところを見られて、変な誤解をされたらたまんない。
 私が男子の気遣いとも言えない気遣いをソデにした事が気に食わないのか、男子に見せない方がいい形相で再びこっちを睨んで来るから、一度蒼ちゃんの方へ向けかけた足を戻して例のグループの方へ足を向けなおす。
「さっきからジロジロと、私に何か言いたい事でもあんの?」
 終礼が終わってまだ間もない放課後の教室。そこそこに生徒が残っているけれど、そんなのは関係ない。
 私は少しでも大きな音が出るようにと例の女子の机の上に勢いを付けてカバンを置く。水筒のせいか、お弁当箱のせいか思ったより大きな音が出る。
「べ、別に? 先生が気にしてそうだったから聞いただけなのに、何自意識過剰になってんの?」
 音のせいか、私の雰囲気そのもののせいなのか、たじろぎながらでも反論してくるグループ女子。
 分かった。やり合うって言うなら徹底的に行くよ。
「人の事言う前に、その男子に見せない方が良い薄汚い顔を自分で確認したらどう?」
 聞くだけなら楽しそうにこっちみんな。どう言う状態かも分かんないで、勝手な想像すんな。おかげで何を考えてんのかもなんとなくわかった。
「なっ!! お前ちょっと調子に――」
「――はーい。ストップストップ」
 あと少しで取っ組み合いになるって言うところで、咲夜さんが間に入る。
「何で止めんの?」
 例の女子が止めに入った咲夜さんと対峙する。
「何でって喧嘩するのが目的じゃないでしょ」
 ん?
「愛美さんも後はあたしが話をしとくから、ここはあたしに任せて。お願い」
 私が疑問を口にする前に咲夜さんが私をこの場から外そうとする。
 私がけんかするのを止めに来たとは思うけれど、咲夜さんの態度もまた朝から一貫して煮え切らない。
「咲夜さん。今日の事ちゃんと説明してもらうから」
「……分かった」
 私は不安げに揺れる咲夜さんの瞳を見ながら念を押して、蒼ちゃんに視線を戻して先に教室を出る。
 さすがに素の私にびっくりしたのか、思ってた私のイメージが違ったのか、メガネ男子は私に声を掛けて来ず、気が付いた時には実祝さんも教室からいなくなっていた。


 だいぶ遅くなってしまったけれど、昇降口の所で改めて蒼ちゃんと落ち合って、中条さんとの待ち合わせ場所である自転車置き場へと向かう。
「あ。こっちですこっち」
 先に私たちを認めた中条さんが手を振りながら駆け寄って来てくれる。
 ただ私の方はさっきの事もあって元気が今一つ出ない。
 どうしてみんな私と優希君を離そうとするのか、邪魔や横やりを入れようとするのか。私たちは私たちのペースでゆっくりと歩んで行きたいからそっとしておいてほしいのに。
「愛ちゃん。今日はそのために甘いものを食べに行くんだよね」
「そうだけれど」
 私の右腕に抱き着いて先導する蒼ちゃん。
 そんな蒼ちゃんの言葉が移った訳じゃ無いけれど、蒼ちゃんが私の恋人なら毎日がもっと楽しかっただろうなって思える。
「えっと、あれから今までの間でまた雪野絡みで何かあったんですか?」
 私の雰囲気を訝しんだ中条さんが決めてかかるけれど
「雪野さんじゃないよ。あとで一緒に説明するね」
 苦笑いと共に中条さんに返す。


「へぇ。よくこんなお店知ってたね」
 ドアを開けるとドア上部についている呼びベルが鳴る。
 学校からも家からもそこそこの距離があるチェーン店じゃない普通の一軒家を改装したような店内。
「前から知っていて来たかったお店だよ」
「嬉しい事言ってくれるね。三人なら好きなところ座って良いよ」
 マスターさんみたいな人が席を選ぶ私たちの後から付いて来て、メニュー表を置いて行く。
「あーしはアイスコーヒーで良いですから」
 メニューを見る前に中条さんが決めてしまう。私を蒼ちゃんが揃って中条さんの方を見ると
「いや、あーし、今月余裕なくて」
 バツが悪そうに口を開く。
「じゃあ私と蒼ちゃんで半分ずつ出すから遠慮しないでよ」
 今日はここまで付いて来てもらった上に、こっちの話を聞いてもらうのだから、当然の気配りだとは思うのだけれど
「えーと、あーしは嬉しいんですけど先輩に確認せずに良いんですか?」
 中条さんが蒼ちゃんに確認しているから蒼ちゃんが逆にびっくりしている。
「蒼依は大丈夫だけど、どうかした?」
「どうかしたって、先輩も半分出してもらう事になるんですけど」
 口をまごつかせる中条さん。何となく何が言いたいのか分かった。
 確かにわたしも蒼ちゃん以外ではここまでやり取りは省かない。
「愛ちゃんの話を聞いてくれるんだよね」
 本当に何を言っているのか分からないと言う表情をする蒼ちゃん。だから私から提案を変えてみる。
「蒼ちゃん。今日は私の話を聞いてもらうから、私が出すよ」
「駄目だよ愛ちゃん。蒼依の事いつも助けてくれてるんだから。蒼衣も愛ちゃんに感謝してるんだから。それに助けてもらった時は蒼依がいっつも愛ちゃんにお菓子のお礼をするのが普通なのに」
 あの中学の時からの私と蒼ちゃんだけのやり取り。お菓子袋の中に入っていた色鮮やかな駄菓子を思い出す。
 何を考えているのか多分分かっていないだろう私に向かってほっぺを膨らませる蒼ちゃん。どうして蒼ちゃんがするとあざとくならないんだろうか。
「まあそう言うわけだから、好きなの選んでよ」
 私と蒼ちゃんのやり取りを見て納得したのか、ありがとうございます、といって改めてメニュー表を見る中条さん。
 蒼ちゃんはメニュー表を見ながら、膨らませた頬を少しだけ小さくしながら、何を頼むのか決めたみたいだった。

 そんな一幕もありつつ私はあまり見たことの無いココアパフェ、蒼ちゃんはフルーツパフェ、中条さんはケーキセットを注文する。
「なんか噂で聞いていたのとは違いますね。やっぱり」
 しばらくの沈黙の後、中条さんが気まずそうに口を開く。
「その前に誤解されないように言っておかないといけないんですが、先輩って戸塚先輩と付き合ってるんですよね……ああ、いや、そう言う意味じゃないんです。むしろその反応で少し安心しました」
 散々蒼ちゃんを苦しめている戸塚君。蒼ちゃんが固くなって、私も身構える。
「三年の先輩方は戸塚先輩に人気が集まってるみたいですが、あーしら二年じゃほんの一部以外じゃ良い話を聞かないんですよね。授業には出ない、一人だけ特別待遇、浮気された、ヤリ『ありがとう理っちゃん。それ以上は蒼依も知ってるから』――すみません。仮にも先輩の彼女でしたね」
 そして再び気まずそうに口を閉じる中条さん。
 そのタイミングを待っていたかのように注文したパフェとケーキセットが届く。
 ココアパフェなんて初めて見た気がする。
「で。噂で聞いているのって?」
 二年にも蒼ちゃんの噂が流れているのか。
 いつかの食堂での蒼ちゃんに対する視線を思えば、予想出来た事でもあった。
「超将来有望の彼氏が出来たからって、友達に手のひらを返したって」
 本当の当初咲夜さんが言っていた話は、二年にまで広がっていたのか。
 蒼ちゃんのパフェを食べるスプーンの動きが止まってしまう。
 本当の蒼ちゃんは噂とは全く違うのだから、蒼ちゃんの事をちゃんと伝えないといけないと口を開きかけたところで
「でも先週からしか見ていないあーしでも分かります。噂はどこまで行っても噂なんですね」
 中条さんの口から全く予想外の言葉が飛び出してきて逆にこっちがびっくりする。
「蒼依の事酷い女の子だと思わないの?」
 よっぽど信じられなかったのか、蒼ちゃんも煽るように聞き返す。
「ひどいのは浮気をする男です。愛先輩の時にも言いましたけど女なら誰でも良いって男なんて女の敵ですよ」
「実はあーしも男に二回浮気されて、涙を呑んで別れてるんです。それから男なんて信用してませんよ」
 もう自分の中でケリが付いているのか赤裸々に話す中条さん。何か他にも“男に尽くしてやった”とか“出来るだけ男の希望に応えたのに”とか言っていたけれど、その度に蒼ちゃんが止めてしまうから具体的な内容は分からず終いだった。
「でも好きな人のために、リクエストや希望を聞いてお弁当を作って尽くすって言うのは、彼女っぽくて良いと思うけれどな」
 妹さんの罪滅ぼしが理由だったとしても、今でも私のために作ってくれたサンドイッチの味を覚えている。
 あの味を相手に、妹さんのお弁当を見て優希君に作ってあげる勇気はまだ無いけれど、それでもいつかは私の自信作を優希君に食べて欲しいなって思う。
「えっと今から蒼先輩って呼んでも良いですか?」
「蒼依はもう理っちゃんって呼ばせてもらってるから良いよ」
 私の言葉に二人そろって苦笑いをしている。
 私は当たり前の事を言ってるはずなのになんか腑に落ちない。
「私何か変な事言ってる?」
 蒼ちゃんに聞くも、
「そんな事無いよ。愛ちゃんは愛ちゃんだなって」
 そう言って私にまぶしいものを見る目を向けてくる。
「そうですよ。愛先輩はそのままでいて欲しいです。いやそれだと副会長が可愛そうなのかな?」
 優希君が可愛そう?
「優希君が困るなら私直すよ?」
 私の正直な気持ちを口にすると、
「愛ちゃんはすっごい乙女力なんだから、変な事吹き込んじゃ駄目だよ理っちゃん」
「蒼先輩の言ってる事分かりました。愛先輩はそのままな方が絶対副会長も嬉しいと思うんであーしの言った事は忘れて下さい」
 二人して話を濁す。
 その後は何を聞いてもはぐらかされて、ちゃんとは答えてくれなかったけれど、それでも中条さんもちゃんと蒼ちゃんの事を理解してくれている。
 その事実が私にはとても嬉しかった。

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