第48話 男心と秋の空 ~お揃いと振り返り~ Bパート

文字数 5,583文字

 昼休み約束通り、蒼ちゃんとお昼をしようと席を立ったところで、
「あ、あの。岡本さん。俺と一緒にお昼どうかな?」
確か一昨日と昨日は咲夜さんとお昼をしていたはずの男子が、女の子と喋り慣れていないからか緊張してどもりながら
「は?」
私を誘って来るけれど、この男子と私一回も喋ったことないと思うんだけど。
「え、えっと、月森さんから、何も聞いてない?」
私の素の返事に怯んだ男子の視線の先にいる咲夜さんに目を向けると
「……」
机に突っ伏している。
「蒼ちゃん。ほんの少しで良いから待っててくれる?」
「蒼依は大丈夫だけれど、怒ったりしたら駄目だよ?」
「大丈夫。少し咲夜さんと話をするだけだから」
そう言って咲夜さんの元へ向かう途中
「蒼依と食べるから無理。後どう言うつもりかは知らないけれど、順序とか考えた方が良いよ」
男子生徒にお断りを伝えて
「咲夜さん。放課後、話あるから」
「……」
咲夜さんに一言伝えて、蒼ちゃんと中庭の方へ向かう。
 男子の前では絶対にしない方が良い形相で、私を睨む例のグループのリーダーを横目に見ながら。


 中庭でちょうど木陰になっているベンチに腰掛ける。
「愛ちゃんの言いたい事もなんとなくわかるけど、ちゃんと咲ちゃんの話も聞いてあげてね」
蒼ちゃんが心配そうに声を掛けてくれるけれど、
「もちろん聞きはするけれど、納得するかどうかは別だからね」
さっきの例のグループのリーダの形相からすると今回は関係なさそうだけれど。
「駄目だよ愛ちゃん。また友達辞めるとか言ったら今度こそ蒼依は泣いちゃうんだからね」
なるほど。さすがは蒼ちゃん。蒼ちゃんには怒られるより泣かれる方が私にとってはかなりキツイ。
「さすがに軽はずみにはそんな事言わないって」
ただ幸いな事にそんな軽はずみに口に出来る事でもないし、今ある縁を大切にしたいと思っている私が簡単に口にして良い言葉じゃない。
「愛ちゃん約束だよ」
蒼ちゃんと指切りをしようとしたその時だった。
私の視線は一組の男女のペアにくぎ付けになる。私の視界が少しだけ揺れる。
「あれって副会長さんと統括会の議長さん?」
蒼ちゃんの言葉に私は慌てて焦点を合わせると確かに雪野さんだった。
「……愛ちゃん大丈夫?」
理解してしまえば大丈夫。私の知らない女子じゃなくて雪野さんなら、まだ私たちの関係が変わった事を知らない雪野さんなら、想定の範囲内だと自分に言い聞かせる。
「正直辛い」
いくら言い聞かせようとしても、私に初めて出来た彼氏が私が知っているとは言え、優希君に思いを寄せている女の子と二人で歩いているのを見るのはやっぱり辛い。
 私がショックを受けていると窓越しではあるけれど、色鮮やかな後ろ髪が、刹那の時間私の視界に入る。
 そうかここから保健室、見えるんだ。
 私は妹さんの言葉を思い出して、やっぱり親友の蒼ちゃんには隠さずに伝える決心をする。
「私、優希君の彼女にしてもらったばかりなのに、その優希君が別の女の子と一緒にいるのを見るだけでやっぱり辛いよ」
「そっか。愛ちゃんも気持ちは伝えられたんだね」
そう言いながら私の頭に手をポンポンと置いてくれる。これじゃいつもと立場が反対だ。
「だったら尚更辛いところ見ちゃったね」
蒼ちゃんのこっちの話を聞いてくれない戸塚君の事を思い浮かべる。
 それに優希君の両手にあるお弁当箱……一つは雪野さんのだろうけれど、もう一個は誰のだろう。
 包みからして女の子からなのは間違いなと思うけれど誰からのなんだろう。
 私は服装チェックの時の女生徒の黄色い声に囲まれた優希君と倉本君を思い出して、そう言えば二人とも女子からは人気が高かったんだっけ。
 今更に思い出して、心の中に言いようのない気持ちが広がる。
 ホント恋愛って難しい。
「彼氏のいる女の子ってみんな幸せそうに見えるけど、みんなこんな気持ちになるのかな?」
ホント蒼ちゃんの言葉が全てだよ。

 気落ちした午後の授業の後の終礼の時、かなり重要な連絡事項が伝えられる。
「期末試験の代わりの全統模試は7月6日(月)と7日(火)に実施するからな―。受験する学校と教科が決まってるやつらは該当科目を選択して良いが必ず前もって先生に一言くれよー。それ以外の者は国語は総合・数学・外国語は英語・社会は地理か歴史・理科は物理か化学を選択する様に。また赤点ラインは初め偏差値40以下と言っていたが、各科目での格差を無くすために偏差値じゃなくて平均点の半分を赤点ラインに変更だからな―。今回の全統模試は相当難しいから勉強しないで受けたら全く点数出ないぞー」
全統模試って事は今までの全範囲がテスト範囲か。これは大変かもしれない。
「先生ー平均点の半分ってどれくらいですかー」
先生に合わせて間延びした声で質問する女生徒。
確かに一番気になるところかもしれない。
「5教科200点満点で合計1000点。各教科でバラツキはあるが大体平均点は半分を少し下回る80点前後。だから赤点ラインは40点くらいだな。ただ毎回平均点なんて変わるから、あくまで参考程度にしとけよー」
平均点が満点の半分以下と言う事は問題の難易度は相当高そうだ。
「ちなみに問題の難易度はどのくらいですか?」
そして別の男子の質問。
「詳しくは言えないが、国公立か難関私立レベルだと思っておいてくれ」
「……」
先生の答えに教室の中が静かになる。
「その関係で終業式の22日には通知表は間に合わないから、8月3日の月曜日を登校日として、その日に通知表を渡すからな―」
その後の先生の連絡に教室中がブーイングに包まれる。
「お前ら文句言うけどなーお前らが休んでる7月の下旬からは、お前らに渡す通知表を作るのに休日返上なんだからな―」
先生の言葉に教室中が笑いに変わる。
あの対応さえなければ本当にいい先生だと思うんだけれどな。
たまたま合ってしまった先生との視線をすぐに逸らす。
「……それじゃ、解散」
そして先生の号令と共に、優希君に校門までの待ち合わせに少しだけ遅れる事をメッセージで伝えて、咲夜さんの元へ向かう。

「ここじゃなんだから食堂でも良い?」
「……分かった」
昼休み蒼ちゃんに話してあるから先生の視線も件の男子生徒の視線も全部放っておいてそのまま咲夜さんの所から食堂へ向かう。
 食堂でいつかのように咲夜さんが先に買ってしまったパックのジュースを私の目の前において口を開く。
「あたしから先に説明しても良い?」
「分かった」
蒼ちゃんの言葉を思い出しながらうなずく。
「愛美さん怒らせたら怖いから先に言っておくと、あの男子が愛さんの事好きだって言うから、愛美さんと仲が良いあたしが相談を受けてた」
だから昨日と一昨日はあの男子とお昼をしてたのか。それに今の私にとっては、不本意な朝の咲夜さんの言葉に合点がいく。
「で?」
「……だから仲良くなりたいなら勇気をもって話しかけに行かないとってアドバイスをした」
まあ、あたしもいきなりお昼を一緒にするなんて言い出すとは思って無かったけどね。と最後に言葉を付け足す咲夜さん。
もう一つ分かってはいるけれど、念のために確認だけはしておく。
「例のグループからの差し金じゃないよね?」
「へ? いやーそれは無いんじゃないかな? 愛美さんのマジギレを受けて、直接愛美さんに仕掛ける怖い物知らずはいないでしょ」
例のあのグループのあの形相でこのまま黙ってるとは思えないけれど、咲夜さんが嘘をついているようには見えない。怖い物知らずって所には一言物申したいけれど。
「分かった。納得したよ。だから昼間は本当にごめんなさい」
だから私は咲夜さんに頭を下げる。
取り敢えず蒼ちゃんを泣かせる羽目にならなくて良かった。
「え? いや、何で?」
何でも何も……
「だって男子の相談に乗って、咲夜さんがアドバイスをして、それをあの男子が実行して私が断った。そう言う事だよね?」
「いやまあ、そうだけど」
ならやっぱり私が謝るのが筋だと思う。
「私の勘違いで咲夜さんに不快な思いをさせたし、時間を取らせてもしまったし、やっぱりごめん」
「分かった。ありがとう?」
咲夜さんが私の気持ちを受け取ってくれたところで、
「じゃあ明日からも仲良くしてね。咲夜さん」
最後は笑顔になって、言葉を交わす。
「も、もちろん! あたしも愛美さんとは仲良くやっていきたいし」
なんか咲夜さんの顔が少し赤い気がしないでもないけれど、
「じゃあ私この後用事があるから先に行くね」
私は優希君お待ち合わせ場所に急ぐ。


 私が遅れてきたにもかかわらず、今度は一人で優希君が私を待っていてくれた。
「愛美さん前もって連絡くれてたから、そんなに急がなくても大丈夫だったのに」
やはり薄くではあるけれど柑橘の匂いを漂わせた優希君が私に微笑みかけてくれるけれどこの前のように、ただ私のいない間に他の女の子と喋って欲しくなかっただけだ。
「ううん。早く一緒に行きたかったから」
でも優希君に変な印象を持って欲しくなかったから、お昼の事、香水の事、今の気持ち全部にフタをしてモールの方へ二人移動する。
 なのにその道すがら、少し嬉しそうにしてる優希君に何か良い事があったのかと聞くと
「愛美さんと一緒に歩いて、お揃いの物を買いに行くのに嬉しいに決まってる」
 ……そんな風に言われてしまえばフタをした気持ちなんて全部どうでも良くなってしまう。
「でも一番嬉しいのは愛美さん “も” この匂いがあんまり好きじゃない事かな?」
優希君の不意打ちに私の足が思わず止まる。
「この匂いがどうとかじゃなくて――」
「――雪野さんを思い出すから? 雪野さんがつけてる匂いだから?」
だから! 何で! 何でそんな当たり前の事のように分かるの?
「僕にこの匂いがついてる時、愛美さん絶対に手を繋いで来ないし、雪野さんに向ける顔してるし」
「それは優希君にとって嬉しいの?」
私のカワイくない顔が嬉しいのだと言われると、ちょっとフクザツな気持ちになる。
「だって僕の事を……考えてヤキモチを妬いてくれてるって分かるから」
優希君の回答に恐る恐る顔を見上げると、なんか本当に優希君が照れてるよ。
私の気持ちを知って照れてる優希君の顔を初めて見た。
だから私は優希君の手を握りながら、
「じゃあ私と一緒に手を繋ぎたかったら、雪野さんとくっつくの辞めてくれる?」
少しだけ私なりのワガママを言ってみる。
「雪野さん距離感近いから難しいかな? それに同じ統括会のメンバーでもあるから露骨にも出来ないし」
優希君のもっともな理由に私の力が抜けて一憂するも
「――っ!」
逆に優希君が私の手を握る力を強くして
「でも愛美さんと手を繋げないのは僕的にも困るから、雪野さんに香水だけはやめてもらうようにもう一回言ってみる」
優希君の言葉に私はまた一喜する。

よくオンナゴコロは分からないって言うけれど、女の私からしたら “男心と秋の空“
オトコゴコロの方がよっぽど難しいよ。
 普通ヤキモチ妬いている顔って可愛くないよね?

 そんな何とも言えない甘酸っぱい会話とでも言うのか? をしながら件の文房具屋へ着く。
 なんか今更また緊張して来た。
「空木様とその彼女さんでしたね」
三日前と同じ店員さんが本人確認をして“こちらですね”とネーム入りのシャーペンをケースと一緒にガラス張りのショーウィンドウの上に並べてくれるけれど
「これ、優希君のより一回り小さい?」
私の方の空色のペンが少し細い気がする。
「はい。女性は男性よりも少し手が小さいので、その分細めにしてありますよ」
店員さんが丁寧に説明してくれる。
「ほら。愛美さんの手は僕より小さいからね」
そう言いながら軽く私の手を握る優希君に驚く。優希君ってこんなに積極的だったっけ?
「仲がよろしい事で。名前の方はそちらでよろしかったでしょうか?」
ローマ字で優希君、私の順番でシャーペンのノック部分から芯の部分に向かって縦書きで金属製の羽の部分に小さく表記してあるのが目に入る。
 擦り切れない部分に入っているのも好印象だったりする。
「はい!」
いつも一緒にいるような気分になれるペアの物って良いかもしれない。
「……これは驚きました。とても笑顔が素敵な彼女さんですね」
「はい。僕にはもったいないくらい自慢の彼女ですよ」
優希君の言葉に、腕に抱きつきたい衝動に駆られるも危ない危ない……。
 お付き合いを始めて三日って言うのはまだ早すぎる気がする。
 私は内心で焦りながらお店を後にする。

 そして今回は学校じゃなくて、私の最寄り駅の改札口にて
「今日はすごく喜んでもらえて嬉しかったよ」
「優希君とお揃いの物なんだから嬉しいに決まってるよ」
たくさんの人が行き交う改札口の端に寄る。
それでも確かなものがあるから気にならない。
「せっかくだし日曜日にこのシャーペンで、一緒に全統模試の勉強しようよ」
好きな人との勉強会で、試験対策が出来るならそれ以上の事は無いと思う。
「日曜日だね? 良いよ。時間と場所はどうする?」
「金曜日の統括会の後でゆっくり決めようよ。それまでにお互いどこが良いか調べない?」
「そうしようか。じゃあ金曜日の日に」
そして、次の楽しみを作ってお互いの名前の入ったシャーペンと専用ケースの入ったかばんを手に、家に帰る。



―――――――――――――――――――次回予告――――――――――――――――――――
               「慶。ご飯は?」
             それは何の気分の変化か。
          『じゃあ咲ちゃんと友達辞めるとかは?』
             友達との話の結果を親友に
     「それじゃ、私が雪野さんを意識しているみたいじゃない」
                ヒトサジの砂糖

         「いや悪かった。これは先生が軽率過ぎた」

          49話 女心と秋の空 ~チーム・彼女~
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