第56話 逢瀬 ~図書館デート~ Bパート
文字数 7,370文字
「――さん」
「愛――ん」
「愛美さん」
唐突に私の肩を揺らしながら名前を呼ぶ優希君にびっくりする。
「愛美さんって集中すると全く周りが見えなくなるんだ。すごい集中力だね」
なんか優希君に不用意な姿を見せてしまった気がする。
「えっと何か用事だった?」
優希君が触れてくれた肩の部分がほんのりと熱を持ってる。
「お昼どうする?」
優希君が図書館に備え付けられた時計を指さす。
「うん。優希君はどうする?」
私の質問に優希君が自分のカバンの中に手を入れる。
時間はもうお昼時を過ぎようとした時間だった。
「僕は弁当だけど、愛美さんは?」
そう言って可愛い花柄の包みのお弁当箱を手にする。
「私もお弁当作って来たよ」
私も朱先輩が気に入ってくれている飲み物と一緒にお弁当箱を手にする。
「じゃあ外の休憩場所でお昼にしよう」
私のお弁当を持つ手を見た優希君が少しだけ嬉しそうに提案をしてくれたから
「じゃあそうしよ」
貴重品を入れたカバンを手に優希君の後に続く。
木陰になったテーブル付きの椅子に対面で座ってお昼にする。
私はてっきり花柄の包みだったから、また妹さんが作った華やかなお弁当を想像したのだけど
「今日のは妹さんじゃない?」
今日の優希君のお弁当はまた、見た目普通のお弁当だったりする。
「そう。今日
は
僕が自分で作った弁当かな。優珠が今日は自分で作れってうるさかったから」ただ見た目は普通でも絶対に美味しいに決まってる。
あの日私の胃袋を捕まえた私への優しさが詰まった優希君特製のサンドイッチを思い出す。
「愛美さんの弁当も確か自分で作ってるんだっけ」
「自分で作ってるよ。これくらいはね」
前の時の妹さんが作った食べる人もそれを見た人も楽しめるような華やかなお弁当と優希君が作った食べる人の事を第一に考えた優しいお弁当。
もちろん私だって手を抜いているわけじゃないから堂々としていればいいのだと思うけれど、どうしても比べてしまう。ホントこの兄妹は揃って料理が上手だ。
私の気持ちを察してくれたのか、
「そっちのお茶も持ってきたんだ」
話題を比較的当たり障りのない飲み物の方へと移してくれる。
彼女としてこの気遣いは私以外にはして欲しくないなって、独占欲の強い私はどうしても思ってしまう。
それくらいには自然な優希君の気遣いが嬉しい。
「ううん。この中身はお茶じゃないよ。少し飲んでみる?」
優希君の気遣いと言うほどの物ではないけれど、一応私の手作りだからと水筒のコップに入れて勧めて見たのだけれど、
「いや、僕はペットのお茶を持って来たから大丈夫だよ」
どうも優希君の反応が良くない。
せっかく朱先輩が喜んでくれてるから気に入ってもらえるかと思ったのだけれど、ちょっと私の気持ちが落ちる。勧めた飲み物を飲んでもらえないだけで……私ってこんなワガママだったっけ?
「やっぱり貰おうかな? お茶じゃないって事はそっちも愛美さんが?」
私の気持ちを察して気遣ってくれてるんだろうけれど、さっきと違って今度は私が無理やり飲んでもらうようなものだから、喜べないし嬉しくもない。
せっかく飲んでくれるって言ってくれているんだから喜べば良いはずなのに、ホント私の心って面倒くさいって自分でも思う。
「ごめん。そこまで気を遣わなくて良いよ」
そう言って優希君の方へ置いたコップを自分の手元へ引き寄せる。
好きな男子相手。どうしても臆病なもう一人の自分が顔を出す。
「……」
妹さんは自分のお兄さんだから思い切った事も言えるんだろうけれど、私にとっては初めての男子とのお付き合い。だから何もかも初めてだらけの恋愛初心者。
だから多少面倒くさいって思われたとしても、好きな人にはやっぱり嫌われたくはない。
「これ本当にに美味しいね。これ愛美さんが自分でレシピも?」
引いたコップを腕を伸ばして掴み、そのまま口にしてくれる優希君。
何故か美味しいだけで顔を真っ赤にした優希君がレシピを聞いてくる。
「うんそうだけれど。そんなに美味しかった?」
「美味しかった。これ優珠――っと何でもないよ」
妹さん? 妹さんがどうしたんだろう。
それに顔を真っ赤にしているのもよくわからなかったりする。
でもレシピが気になるくらいには美味しいって思ってもらえたなら良かった。
私は真っ赤な優希君の顔は気になりつつも、嬉しそうな表情に安堵して、私も口直しに朱先輩が気に入ってくれている方の飲み物を口に含んだところで、驚いて硬直している優希君と目が合う。
「……?」
なんで硬直するほどまで驚いているのか分からないけれど、口の中に物を入れているのを男子に見られるのはなんか恥ずかしい。
「えと、私またなんかやらかしてる?」
優希君がそこまで驚くって言う事は、私が優希君が驚くような事をやっているって事で、
「いや。愛美さんがそう言うの気にならないなら僕は平気だけど」
私の質問にやや慌てたような返事をする優希君。
「それよりも金曜日に聞けなかったあの二年の子との話ってどんな話になった?」
なんか微妙にごまかされた気がしないでもないけれど、確かにしなければいけない話だ。
「うん。あの時はちょっと訳ありで、この前の放課後の時に優希君も会った私の親友と一緒に話をしたんだけれど、まずは改めてこっちの非礼って事で中条さんに謝ったら、逆に中条さんの方が恐縮してたよ」
その時に優希君と雪野さんの誤解も解けてはいるんだけれど、優希君と雪野さんの関係の話なんて私の口からはしたくない。
「それで?」
「バイトに関しては統括会としては校則に明記してあるから声を出して許可は出来ないけれど、私や優希君みたいに見て見ぬふりとかやむなしって考え方をしている役員もいるって伝えたよ」
倉本君と彩風さんもバイトに関しては明確に反対とは言ってなかった。
「だから厳密には学校側と統括会側の考え方は違うよって言う話も伝えたよ」
私が一通り統括会側の意見を伝え終えた時、優希君が笑顔になる。
「じゃあ次に中条さんからは何て?」
「雪野さんになんであそこまで言われないといけなかったのかって」
あんな廊下の往来で言い合いをしていたんだから、雪野さんへの風当たりは相当強いかもしれない。
「それ、愛美さんが言われた?」
優希君が私の事を案じてくれているような気がしないでもないけれど、全くギスギスした雰囲気じゃなかった。
「言われたって言うより、聞かれたって言う方が近いかな。あの中条さんホント良い子だよ」
一つ年下の子に使う言葉でもないけれど、中条さんの事は誤解して欲しくない。
「後は服装チェックの時に雪野さんに色々言われていたみたいで、中条さんからは統括会そのものって言うより、雪野さん個人に対しての不満。かな」
実際私や優希君の事は何にも言ってないし、むしろ恐縮していたくらいでもあるし。それに彩風さんに対しては直接の注意を受け入れていたくらいだし。
「じゃあ雪野さんの情報元の話もせずに中条さんを説得したんだ」
そうなるのかな。最後に中条さんに言われた言葉
――これからも仲良くして下さいね。愛先輩――
「うん。こっちはもう大丈夫だよ。だけれど二年の噂はだいぶ広がってるみたい」
中条さんの素直な性格に私の顔も自然と緩む。
それに私と優希君の中もちゃんと理解してくれたし。
「さすが愛美さん。ありがとう」
でもそれ以上に優希君が嬉しそうにしている。
「僕たちが言っていた雪野さんの事は話してないんだよね」
「だってあの時の雪野さんの友達を信じるって言うのはやっぱり良い事だと思うし」
粗も目立つし私たちの言う事にも中々耳を傾けてくれないけれど、全部を否定する事もない。雪野さんには雪野さんの良い所があるのだからそこはちゃんと目を向ければ良いと思う。
「人の心がちゃんとわかる、人に気遣いがちゃんと出来る愛美さんが僕の彼女だって事がとっても嬉しいよ。僕もこれが当たり前になりそう」
私は当たり前の事を言ったはずなんだけれど優希君が絶賛してくれる。
「そりゃ私だって、優希君の彼女なんだから二人で話した事はちゃんと伝えるよ」
二人だけの統括会の時に雪野さんの友達の事は伏せようって言ってくれたのは他ならぬ優希君なのだから、優希君が一番優しいんだと思うよ。
私は心の中でそっと付け足しておく。
「僕の意見をいつもちゃんと聞いてくれてありがとう」
優希君のはにかむ笑顔を午後のエネルギーに、模試対策に集中する。
しばらくの間集中していたけれど、ふと正面にいる私とお揃いのシャーペンを持った優希君を見やる。
隣に座ると優希君の横顔しか見えないけれど、やっぱり正面だといつでも見たい時に優希君の、好きな人の顔を見ることが出来る。
髪はスポーツ刈りって程でも無いけれど涼しそうな短髪。目は男の人っぽく少し鋭く見えるけれど、照れるとすごく柔らかそうな瞳に変わる。そして笑うと男の人っぽくない鈴の鳴るような声を出す口。
その優希君と視線を合わせながら、ひょっとして優希君ってかっこいい? なんて思いながら優希君と更に視線を絡めて……絡……めて……
「――?!?!」
私が優希君の事を見つめていたのをばっちり見られていた。ごまかしようもなく正面から。
「愛美さん。休憩する?」
さすがに優希君も恥ずかしかったのか、顔が少し赤い。
「……(こくん)」
ただそれは私の比じゃないと思う。
実は優希君の顔ってカッコイイ? なんて思ってしまったせいで今更顔が見られない。
「取り敢えず外。出よっか」
私は優希君に手を引かれる形で、大体三時間ぶりくらいにお昼を食べたテーブルに戻って来た。
「えっと、僕に何かあるなら聞くよ」
優希君がどういうつもりで聞いてくれているのかは知らないけれど、こっちは優希君がただカッコ良いなって見惚れてただけだよ! こんな事いくら彼氏だからって言えるわけ無いよ!
「そう言えば倉本の話って何だった?」
私が答えにくそうにしているのに気づいてまた話を変えてくれる。
私はすごく嬉しいけれど、優希君の優しさに溺れ始めている気がしないでもない。
ただその話の内容は軽い話じゃない。
「雪野さんの事で学校側から話があったみたいで」
これを理由に優希君が雪野さんに気遣い始めるのも嫌だし、これを機に雪野さんに少しでも気持ちが向くのも嫌。
「えっと、それって良い話じゃなさそう?」
私の表情をどう取ったのか、少し表情を引き締める優希君。
「うん。統括会メンバーの雪野さん交代の話が、学校側から出ているみたいで」
だから倉本君が雪野さんには優希君が付いていて欲しいって言ってた事は言いたくなかった。
「その事は」
「雪野さん以外全員で共有する事になってる。一応みんな雪野さんの交代には反対と言う立場を取ると思う」
「学校側からの提案の理由とかは聞いてる?」
「ううん聞いてない。だけれど廊下で揉めた件も関係しているとは思うけれど、あの件の事で優希君、本当に誰からも何も言われて無い?」
金曜日優希君にだけ聞けなくて、でも少しだけ浮かべていた気まずい表情は気になってる。
「学年が違うから統括会の事に関しては本当に何も聞かれても言われてもいないよ」
何となくだけれど本当に何も言われていない気がする。
私も一人に言われただけでそれ以来誰からも言われないし。でも今もそうだけれど私からの視線の外し方が気になる。
「それよりも倉本の話ってそれだけだった?」
それよりもって、優希君が何かをごまかしたのは分かった。一方で優希君が何を気にしているのかは何となく分かるから
「彩風さんも一緒だったからそれ以外の話はしていないし、第一倉本君と二人きりでする話なんて私の方からは何もないよ」
私は優希君の彼女なんだから、他の男の人と二人っきりにはどういう理由があってもなる気はない。私の言葉を聞いて、予想通りの事を気にしてくれていたのか優希君の表情が安堵に変わって
「愛美さんごめん。統括会の事では本当に誰からも何にも言われて無いけど、僕と雪野さんが付き合ってるって思ってる人が少しいて――」
途中から優希君の言葉が耳に入って来ない。と言うより耳が拒否してる。
私は自分の感情が爆発しない様に、太ももの上に置いた両手で強くスカートを握りしめる。
――俺は雪野には空木が必要なんだと思う――
倉本君の意図がどうあれ、あの言葉が私に重くのしかかる。
「でも愛美さんには疑って欲しくない。それだけは分かって欲しい」
しばらくして聞こえてきた優希君の言葉に顔を上げると
「倉本の真意も分かるけど、意図も分かるから、それに統括会の意思で雪野さんを交代させたくないって統一してるなら、僕が雪野さんと一緒『嫌!』」
雪野さんにそんな気遣いやっぱりして欲しくない!
妹さんの事なんて関係ない!
「雪野さんとくっついて欲しくない」
優希君の彼女は私なのに。
「優希君と雪野さんが噂になるのも嫌」
私が優希君の彼女なのに!
「統括会の意思でも、私の気持ち的にも辞める、交代するのは間違ってると思う。でも雪野さんと優希君が一緒にいるのは、見るのも、聞くのも、秘密にされるのもワガママ言ってるってわかってても嫌」
女の涙なんてましてや好きな人に見せるもんじゃない。
どうせなら私のとびっきりの笑顔を見せたい。
でもこの好きって気持ちは中々どうにもならない。
目に浮かびそうになる涙を必死で押さえようとして、口の中に
「こんな時に言うのは非常識なんだろうけど、愛美さんの気持ちを正直に教えてくれてありがとう。僕は愛美さんの気持ちを知ることが出来て嬉しい」
それでもみっともない、いわば嫉妬を口にしても嫌な顔どころか妹さんの言ってた通り、少し嬉しそうな表情を浮かべてくれる。
私のワガママを優しく包んでくれる優希君を雪野さんなんかに渡したくないっ!
「だからって訳じゃ無いけれど、香水の件は明日僕
から
雪野さんにちゃんと伝える。後毎週一回はこうやって二人だけの時間を作ろう」とは言っても僕たち今年は受験生だから図書室か図書館が多くなりそうだけど……と付け足す優希君。
もちろん優希君がしてくれた提案はすごく嬉しい。だけれど雪野さんとの事があると思うと、想像してしまうと何をどうしても納得できる気がしない。
私のこの好きって気持ちは何かと交換できる物じゃない。
「愛さんちょっと立ってもらえる?」
何を言うつもりなのか、あるいは何をするつもりなのかそれでも納得しない私に優希君が少し硬い声で私に立つように言う。釣られた私も緊張して優希君の正面に立つ。
せっかくのお気に入りのスカートに皴が出来てしまってる。
「愛美さんが本音を教えてくれたから、僕も怖がらずに本音でお願いしても良い?」
優希君からのお願いなら出来る限り聞きたい。
「それって私に出来る事?」
なんか緊張する。
「愛美さんのその格好。ものすごく可愛いから。出来れば僕の前以外ではスカートは穿いて欲しくない。あ、いや、学校の制服は仕方ないけれど、今日の愛美さんの姿は学校の男子の誰にも見せたくない」
なんだろう。予想していたのとは違ったけれどなんか嬉しい。
雪野さん関係なくて、それって純粋に私に対する気持ちだよね?
優希君の中ではそれくらい私の事は他の人に見せたくないって事だよね?
それだけ可愛いって思ってもらえてるのもあるのかな。
「分かった。スカートを穿くのは優希君の前だけにする」
別にスカートを穿け、ズボンを穿くなと強制されたわけじゃない。
ただ私の他の男の人に見せたくないって言う独占欲のような気がする。
よく考えるとこれはかなり嬉しいかもしれない。
「それともう一つ。今日はしてなかったネックレスだけど、また二人でデートする時に買いに行こう。もちろん有っても無くてもさっきのお願いをするくらいには愛美さんは可愛いんだけど、僕的にはネックレスがあった方が良い時もあったりするからさ」
好きとか可愛いじゃなくて、良いって言うのがよくわかんない。
でもこれが優希君なりのデートの誘い方なのかもしれない。
そんな優希君の誘いを私が断るなんて有り得ない。
「分かった。じゃあテスト明けくらいに一緒に見に行こうね」
私は優希君の二つとものお願いに首を縦に振ったところで、もうひと頑張り!
閉館少し前まで図書館デートを満喫する。
そして最後もひと頑張りを通した帰り道、さっきの約束の答えを優希君に伝えないといけない。
本当はこんなのは全部嫌に決まってる。
「さっきの話だけれど、毎週日曜日に私との時間をちゃんと取ってくれる?」
私は立ち止まって優希君の手を握る。それでもこれ以上はワガママは言えない。
「約束する。万一日曜日に時間が取れない時は、別の日に時間を取るのを約束する」
「後、たまに用事が無くても夜電話しても良い?」
雪野さんとの話を耳に挟む度に辛くなるに決まってる。
「僕の方からもメッセージを打つと思うよ」
「……分かった。全然納得は出来ないけれど、これ以上今日はワガママを言わない」
色んなしがらみがある以上、私は首を縦に振るしかない。
優希君を困らせるのは私の本意じゃないから。
「でも、私が優希君の彼女だからね。それと次会う時から香水の匂いは絶対に嫌だよ」
香水は優希君も駄目だって聞いてるけれど、今は私の希望として、私の気持ちとして優希君に伝えた。
「じゃあまた学校で。そしてまた連絡するから」
「うん。待ってる」
こうして今日の楽しくも塩辛い優希君とのデートが終わった。
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
「夕摘さんと友達を辞める気は無いって前に愛ちゃん約束してくれたよね」
蒼ちゃんの質問に対して
「……えっと。まさかとは思うけれど愛美さん失恋した?」
どうしてそんな話になってるのか
「分かりました。待ち合わせ場所はどこにします?」
先週していた約束の話
「そうだよ。私に秘密を作らせてくれない人」
57話 立ち位置の変化 ~勇気と覚悟~