第52話 誇張と噂 ~先輩から後輩へのバトン~

文字数 9,672文字


 翌朝、昨日の優希君との約束通り、お揃いのペンがカバンの中に入っている事を確認してから朝の準備をするために下へ降りる。
 そして朝食と自分の分のお弁当を準備するために台所へ立つと、昨日の分もまた自分で洗ったのか、食器がもう乾いていた。
 それを見たからと言う訳じゃ無いけれど、慶の分も合わせて朝ごはんだけは用意しておく。
 昨日の咲夜さんの電話が少し気になった私はいつもより少し早い時間ではあったけれど、登校しようとしたところで慶が部屋から出てきて
「……メシ。ウマかった」
どういう風の吹き回しかは知らないけれど、今まで一度も聞いたことの無い言葉をかけてくる。
ただ私はその部分に嫌悪しているわけじゃない。
「……そう。朝ごはんも作っておいてあるから」
私は二人しかいないこの家の中、慶のあの視線が駄目なのだ。
「じゃあお姉ちゃん先に行くから」
だから慶の正面を向かずに、昨日同様背中越しに声を掛けて
「……」
私はそのまま学校へ向かう。


 教室に入ると、いつも早く来ている実祝さんの席の周りに数人が固まっているのが目に入る。
 私は昨日の咲夜さんの電話での話を頭の片隅に置きながら自分の席へ向かう途中、例のグループの一人が昨日とは打って変わって、少し余裕のある表情をしている。
その姿を横目に自分の席に着いたところで、
「ねえ岡本さん。昨日統括会の二年の子が生徒を売ったってホント?」
一瞬何を言ってるのか分からなかったけれど
「話をしたって言うのは私も途中からその場に居合わせたから知ってるけれど、売ったって言うのは?」
昨日の雪野さんの事だと思い当たる。
「なんでも無実の子を廊下の真ん中で犯人呼ばわりしたらしいじゃない」
私の所に来たクラスメイトの語気が強くなる。
でもそうか、昨日の話がそんな出回り方をしてるのか。雪野さんの事も心配だけれど、中条さんが責任を感じてなければ良いんだけれど。
「それについては本人に直接謝ったよ」
「謝ったって事は、統括会が無実の子を犯人呼ばわりしたって事で良いの?」
私とこの女子とのやり取りの途中で登校してきた咲夜さんがこっちを時折見てくる。
「そうじゃなくて、廊下の真ん中で話す事じゃなかったから、その事について謝ったの」
昨日改めて役員室で話を聞いたから、いきさつまではちゃんと把握してるけれど、正直にこのクラスメイトに話すとややこしそうになりそうだから、かなり端折って話をしてる。
「じゃあ統括会は犯人呼ばわりをした事については謝って無いって事? そう言えば会長も議長の味方をしていたって聞いたし」
噂と言うか本当の事に対しての尾ひれのつき方がすごい。
「味方って……二人共の剣幕がすごかったから止めていただけだよ」
ヒートアップするクラスメイトに出来るだけ冷静に返す。
いつの間にか来ていた蒼ちゃんもこっちを恐る恐る伺っているのが目に入る。
「止めるって言うけれど、言い出しっぺの子も副会長にベッタリだったって言うじゃない。それって止めるためじゃなくて、くっつくための口実だったりするんじゃないの?」
……優希君からもああでもしないと止められなかったって聞いてる。
「……」
……そっか。中条さんだけじゃなくて周りのみんなも雪野さんと優希君がって思ってるんだ……本当は私が優希君の彼女なのに……
だから私は吐き出そうになる感情をせき止めるだけで精一杯になってしまう。
「でも岡本さんは頑張ってくれてるのを知ってるから、これ以上は言わないけれど、今の統括会には幻滅した」
そして頑張っているつもりの私たちにとってはかなりキツイ一言を残して自分の席へ戻って行く。
 ただそれよりも今、私の心の中は優希君で一杯になっている。
 優希君が絡むとどうしても私は女として物事を考えてしまう。
 私が朝から落ち込んでいると、珍しく蒼ちゃんの方から私の背中を軽く叩いて声を掛けてくれる。
「大丈夫? な訳ないよね。お昼。蒼依で良かったら聞くよ?」
この辺りはホント蒼ちゃんが親友で良かったなって思う。
今の堪えた私の心には蒼ちゃんの声がとっても嬉しい。
そんな蒼ちゃんの行動を咲夜さんは瞳を揺らして、実祝さんは寂しそうに見てる。
でもどうしようか。今日のお昼は中条さんに昨日の話を聞くってこっちの話を伝えるって約束してるし、でも蒼ちゃんと一緒にお昼もしたいし……ホントどうしようか。
「もし用事があるなら今日は時間あるから、放課後でも良いよ」
でも今日は金曜日で放課後は統括会もあるし……
「何とかして時間作れないかちょっと考えてみる」
私がこう返事をした所で朝礼が始まる。
こんな事になるなら中条さんの連絡先を聞いとくんだったと、朝礼を聞きながら時折こっちに視線を向ける担任の先生をやり過ごした。


 結局名案が思い浮かぶ事もなく昼休みを迎えてしまう。
私がどうしようかと迷っていると
「あの~統括会の人。いますか?」
教室の後ろのドアから顔だけを出して、中条さんが私に会いに来る。
 それを見て蒼ちゃんがお弁当を持って教室を出て行ってしまう。
 あれだけ親友を大切にする。
 一番に優先するって言っておいて自分で決めてこの中途半端さ。
「こっちまでわざわざ来てくれてありがとう。ここじゃ人多いから中庭にしよっか」
でもそれは私との約束の為に来てくれた中条さんには関係ない事だ。
私が先導して中庭に向かおうと足を踏み出したところで
「ひょっとしてさっきの先輩と約束してましたか?」
中条さんの言葉に足が止まる。
「約束って言うかいつもお昼を一緒してる子だよ」
そして私は中条さんの負担にならない様に注意して返事をする。
「約束って言うなら一緒しても良いですよ。先輩に謝らないといけない事もありますし」
あまりにも当たり前のように言う中条さんに私は驚いて振り返ると
「私グラウンド横の藤棚の所に先に行って待ってますから」
それだけを言い残して本当に先に行ってしまった。私はそのまま追いかけるわけにもいかず、蒼ちゃんを探して説得をしてから、藤棚の方へと向かう。

「昨日は失礼な事言ってすみませんでした」
私の正面に座った中条さんがお弁当箱を開けた一言目だったから、私の隣に座った蒼ちゃんがびっくりして目をぱちぱちさせている。
「や、半ば決めつけみたいにしてひどい事言ったのは統括会の方だから、中条さんが謝る必要はないよ」
私に謝って来るとは思っていなかったから少し慌てる。
「いえ、そっちじゃなくて今朝彩風さんが来て怒られたんです。何でもかんでも彼氏・彼女って色恋と結びつけないでって。それで傷つく人もいるからって」
それは会長の事か、それとも雪野さんとの事か……
「えっと、どういう事か蒼依が聞いても良い?」
蒼ちゃんの少しおっとりとした聞き方に私は中条さんの方に視線を向けると頷いてくれたから昨日の放課後に起こったあらましを説明する。
そう言えば昨日は蒼ちゃんすぐにいなくなったっけ。
「愛ちゃんらしいね」
説明を聞き終えた蒼ちゃんが一言。
「愛ちゃんと空木君はもうお互いに気持ちを伝え合ってるよ」
その蒼ちゃんがさらに一言。
「ちょっと蒼ちゃん?!」
それに慌てる私と
「あーしはなんて失礼な事を……」
逆に顔を青くする中条さん。
「愛ちゃん? そのくっついていた女の子ってお昼のお弁当を一緒してた女の子と一緒だよね?」
「……まぁ同じ人だけれど」
蒼ちゃんが何を言いたいのか分かるから少し気まずい。
「愛ちゃん負けちゃダメだよ! 愛ちゃんが彼女さんなんだから。蒼依は昨日の放課後を見て二人はお似合いだなって思ったんだから」
でも私の気持ちを吹き飛ばすような蒼ちゃんの言葉が私の胸に広がる。
「ありがとうっ! 蒼ちゃん」
誰よりも親友である蒼ちゃんにそう言ってもらえて本当に嬉しい。
「……」
私たちのやり取りを見ていた中条さんが無言になってる。
「ごめんね。中条さんの話を聞くはずだったのに違う話になっちゃって」
「いえ、違うんです。あーし昨日知らなかったとは言えあれだけ失礼な事言ったのに、岡本先輩は怒ってないんですか?」
逆に中条さんが恐縮しながら聞いてくる。
「怒るも怒らないも、初めにこっちが粗相してるんだし、その粗相が無かったらそんな勘違いする場面も無かったわけで」
落ち込む要素はあっても怒るような要素は無いと思うんだけれど。
「なんかあの雪野さんと全然違う」
いやまあ確かに違うとは思うけれど、どうしてこっちを見る目が尊敬みたいな眼差しになるのか。
私、普通の事しか言ってないよね多分。
「なんかもうこっちの話を聞いてもらうのも申し訳なくなってきてるんですけど、雪野さんの話を聞かせてもらっても良いですか? 昨日あの後雪野さんからも話を聞いたんですよね?」
「もちろん聞いたけれど、時間無くなって聞けなかったら駄目だし、ちゃんと中条さんの話を聞いてからね」
そんな事気にしなくて良いから、遠慮せずに言いたい事、聞きたい事聞いてくれて良いのに。
中条さんが、じゃあ恐縮ですが……と前置きをしてから
「昨日のあの会長や雪野さんの行動が統括会の考え方なんですか?」
本題に入る。
「統括会としては何とも言えないけれど、私とゆ――副会長は違うよ」
学校側はバイトをすると勉強時間が減る上、バイトや労働なんて大学生になってから、社会人になったらどうせ嫌でも働かないといけなくなるのだから、今から無理して働く必要は無いって言う考え方をする。
でも統括会は似ているようで少し違う。
「じゃあバイトはOKなんですか?」
「優――副会長は必要ならバイトはやむ無し。私はバイトはしない方が良いけれど、見つけたとしても何も言う気は無いって言う姿勢かな」
ただ校則で禁止されている以上、統括会側が大手を振ってOKとは言えない。
「だったらそう考えてくれる先輩方もいるのにどうしてあーし、昨日あれだけ言われなくちゃいけなかったんですか? 何の根拠があって決めつけられたんですか?」
昨日の優希君との話と考え方を思い出す。
「真偽や信ぴょう性の問題はともかく、それは言えないの。ごめんなさい」
言われた本人である中条さんには当然聞く権利はあるはずだけれど、雪野さんと優希君の気持ちを聞いた身としては口に出来ないから、誠意を持って頭を下げるしか出来ない。
「岡本先輩が私に頭を下げないでください。こんな優しい先輩に頭を下げさせたら、あーし先輩に顔向け出来なくなるじゃないですか」
こっちの落ち度だからそこまで気にしなくても良いのに。
「ちょっと心苦しいんですが、せっかくなのでもう一つ伺っても良いですか?」
中条さんの声に頭を上げるともう一つ質問が飛んでくる。
「前の服装チェックの時もそうですけれど、何で雪野さんってあんなに攻撃的なんですか? 一応生徒が過ごし易い様に配慮するのが統括会だって聞いてるんですけど」
全く持ってその通り過ぎて言い返せる言葉が少ない。
「会長が何かある度に、雪野さんに言ってくれるんだけれど、雪野さんの頭が固くて中々聞いてくれなくて」
だからどうしても言い訳じみてしまう。
「それって先輩方の言う事に耳を傾けずに、先輩方の努力を水の泡にしてるって言う事じゃないんですか?」
だから中条さんの言う事も分かるけれど、私は、その答えじゃない。
「違うよ。今はそう見えるかもしれないけれど、私が後輩だった時には、逆に先輩方がそう思っていたはずだから、お互い様なんだと私は思ってるよ」
先輩方に迷惑をかけた分、後輩から迷惑を掛けられる。それもまたお互い様の形だと思う。
「だからって雪野さんの今回やった事が許されるわけでもないし、かと言って統括会の意思って訳でもないけれどね」
雪野さんが中条さんに嫌な思いをさせてしまった事には変わりはないのだから。
「それはもう岡本先輩が丁寧に説明してくれたので大丈夫ですよ……最後に雪野さん昨日の事なんて言ってました?」
「なんで統括会が謝らないといけないのかって事と、何で同じ統括会のメンバーであるワタシの味方をしてくれないんですか? って言ってたよ」
本当は隠しても、オブラートに包んでも良かったかもしれない。
 でもそれだと今日のお昼の時間を都合してくれた中条さんに向き合う事にはならないと思って正直に言う方を選んだ。
「こんなに良い先輩がいるのに、結局雪野さんって自分の事だけじゃない」
だから負の感情が直接全部雪野さんに行かない様に、私が緩衝組織として緩衝材になれたらなって思う。
「だから何かあったら優希――副会長のどっちかに連絡してくれて良いから。ねっ」
だから私は優希君の連絡先は……教えるのに抵抗があるから、私の連絡先だけをメモ帳をちぎった紙に書いて中条さんに渡す。
少しでも気後れしなくて済むように笑顔で。
「愛ちゃんも空木君も似た者同士だねぇ」
蒼ちゃんの呆れたような優しさを含んだ声がする。
「似た者同士って?」
「誰にでも親切なところ。昨日の空木君も蒼依に優しかったし、今の愛ちゃんと同じように何かあったら統括会にって言ってくれたし」
蒼ちゃんが嬉しそうに話してくれるけれど、やっぱり嫌な気持ちは全然出てこない。
むしろ優希君の良さをちゃんと知ってくれたことに嬉しさを感じてしまってる。
ホント雪野さんや咲夜さんと何が違うんだろうか。
「先輩の言う通りならホントに岡本先輩と副会長ってお似合いなんですね」
蒼ちゃんに中条さんが同意する。
「今度機会があったら二人で歩いてるところ見るとよくわかるよ」
ちょっと蒼ちゃんもなんて事言うのか。そんなとこ見られたら恥ずかしいに決まってるのに。
「……副会長と一緒に歩いてるとこなんて見ても同じだよ」
そんなに手を繋いだりとかは……してるけれど、人前ではしてないし。
「さっき横にいる先輩から岡本先輩の気持ちを聞いてますから、名前呼びを直さなくてもそのままで大丈夫ですよ」
「……」
え。なんでそう言う言い回しなのか。私、変な事言ってない……はず。ちゃんと副会長って呼んだはずだけれど。
「愛ちゃん時々優希君って言いそうになってたのを直してたのって無意識だったんだねぇ」
中条さんの言葉の意味を蒼ちゃんが教えてくれるけれど、こっちは真剣に話しているつもりだったのに……これ、他ではやってないよね? やってたら恥ずかしすぎる。
 無意識って言うのが本当に恥ずかしい……まさかの指摘に顔から火が出るほどに熱くなる。
寝言を聞かれるのが恥ずかしいって言うのがよくわかる。
「ごめん。恥ずかしすぎるからここだけの話にしてね」
正面に座っている後輩にも口止めをさせてもらう。
「あと優――優希君にも内緒にしてね」
最後まで気付かなければそれはそれで良かったのに、どうして今頃になって気付くのか。途中で気が付いて言いなおそうとして、諦めてそのまま続ける。
こんなの優希君にバレたらずっと優希君にからかわれるに決まってる。
しかも嬉しそうに。
「――っ! は、はい。分かりました。じゃあ何かあったら岡本先輩だけに連絡しますね」
「……」
もうホント、優希くん絡みになるとなんで、こう調子が狂うのか。
「……なんか先輩なのに可愛い?」
「そうだよ愛ちゃんの乙女力はすごいんだから」
そして私を置いて二人の息が投合する。
「別に私じゃなくても良いから連絡してね」
「ちゃんと愛ちゃんに連絡してあげてね」
「はいもちろんです! 岡本先輩にしか連絡しませんよって言うか副会長の連絡先書いてないですし」
……もう私の意図や気持ちもバレてるんじゃないかな。少しだけ笑いの含んだ声が聞こえる。
……ダメだ。二人とも私の話を聞いてくれそうにもない。
それにこれ以上この話を続けられたら、午後の授業までに顔の熱が下がらない気がする。
だから私が逃げるように席を立ったところで
「これからも仲良くしてくださいね……愛先輩」
なんだかとても新鮮な響きがする。
「こっちこそよろしくねっ」
もう私の中ではやけくそに近い。中条さんに真っ赤になっているに決まっている顔で笑顔をもう一回向ける。
「……っ?! は、はい。よろしくお願いします」
そして一応必要な話だけは押さえて、教室へと戻る。
「ホント、愛ちゃんも空木君にそっくりだねぇ」
蒼ちゃんのため息交じりの感想を聞きながら。


 最後の方は味がしてなかった気がするお昼ご飯も終えて、蒼ちゃんと一緒に教室に戻って来ると
「もう良いよ。教えてくれる気が無いんなら初めにそう言ってよ」
一人の女生徒が実祝さんから離れて
「岡本さん。帰って来たところ悪いんだけれど、どうしてもこれだけ分からなくて」
申し訳なさそうに本当に分からないって表情を浮かべて聞いてきたから、取り敢えず教えはする
けれどこの前の全統模試の事を意識してか、かなり難しい数学の問題を聞いてきたから、時間内に
教えきれないまま午後の授業の予鈴が鳴る。
「丁寧な説明ありがとう岡本さん。ここまでは何とか理解できたから後はもう一回自分で考えてみる」
チャイムだけはどうしようもないって事で、中途ではあったけれど切り上げざるを得なかった。
ただそれでも実祝さんに対する態度とは違い、本当に感謝してくれている雰囲気ではあった。

 やっぱり人から感謝されるって言うのは悪い気はしないなと思いながら、午後の授業は終わり統括会の事、優希君のペン、中条さんの報告の事を、相変わらず担任の視線を感じながら、頭の中で軽くまとめ上げたところで、
「……悪い岡本。ちょっと良いか?」
今度は担任の巻本先生から私に声がかかる。
担任の呼び出しを聞いて、私の方へ向けかけていた咲夜さんの足が止まる。
「ごめん蒼ちゃん。ちょっと一緒に来てもらっても良い?」
どうしようかと少し迷ったけれど、咲夜さんの用事が何となく実祝さんの事だって言うのは分かってはいたから、今日は空いているって言ってくれていた蒼ちゃんに声を掛けさせてもらう。
例のグループの視線はちょっと気にはなるけれど、
「でも先生に呼ばれてるんだよね」
これで少しでも蒼ちゃんだけがって思わなくて済むのならと言う気持ちもあって、蒼ちゃんにだけは今どういう状態なのかを知っておいて欲しいって気持ちもあって
「うん。だから一緒に来て欲しい」
お願いを通す。
「分かった。ちょっと待ってね」
そして蒼ちゃんと一緒に先生の所へ向かう。

「岡本を呼んだんだが」
蒼ちゃんと一緒の所を見て戸惑う先生。
「蒼依がいると “先生にとって” 何か不都合があるんですか?」
これ以上聞かないのは私なりの情けのつもりだったけれど、癖や一度ついた気持ちって言うのは中々ごまかせない。
私の襟元を直す仕草を見て蒼ちゃんが何かに気が付いたみたいだ。
少し先生に対する雰囲気が変わる。
先生は嫌な顔をするけれど、見られるこっち側としてはたまったもんじゃない。
「少し聞きたいんだが、最近夕摘と喋ってるか? 元気なさそうに見えるんだが」
先生が私に聞いて来た時、蒼ちゃんが私を少し後ろへ下がるように引っ張る。
そんな蒼ちゃんを先生が横目でチラッと視線を送ったのが分かる。
蒼ちゃんは無言で先生を見ているけれど……私に聞くのがよりにもよってそれ?
私が蒼ちゃんの事を遠回りにでも相談した時には全く聞く耳を持ってくれなかったのに。
「最近私もバタバタしていて喋っていないので分からないです」
蒼ちゃんの私を掴む手の力が少しだけ強くなる。そんな先生に今更言う事なんて何もない。
「……なぁ岡本。無理を承知の上で言うが、もう一度ちゃんと先生に話を聞かせて欲しい。もちろん防も一緒で構わない。それに今度はちゃんと聞く」
そう言って先生が私に頼み込んでくるけれど、お父さんと言い、先生と言い、どうしていい大人が小娘みたいな私のご機嫌を取ろうとしてくるのか分からない。
まだお父さんは自分の娘だからって事で納得できない事は無いけれど、先生からしたら私なんてクラスの中の一生徒でしかないんじゃないのか。
それに蒼ちゃんと一緒でも良いって……そんなクラスの事になんて興味のない先生に言うわけない。
「この前みたいに廊下で言われたら困るので、ちゃんと保健の先生に相談します」
「愛ちゃん先生に何か相談したの? 何か相談事?」
視線を先生から外さずに、私に質問してくる蒼ちゃん。
こうなってしまうから先生に相談なんてできないし、これで先生にも相談する事を断る口実も出来てしまう。
「うんちょっとね。でも相談しようとして乗ってもらえなかったけれど、今度保健の先生が相談に乗ってくれるって言ってくれてるから大丈夫」
そう言って安心してもらえるように蒼ちゃんに微笑みかける。
「分かった。俺が言えた義理じゃないが岡本は比較的夕摘と仲良かったと記憶してるから、少しで良いから気にかけてやってくれ」
私が返事をしない事は分かっていたのか、そのまま私たちに背を向けた。


「愛ちゃんが私を呼んだのってあの先生の視線だよね?」
やっぱり一つの目的は気付いて貰えた。
「ちょっと前からそう言う事が何回かあって……」
何がどうなるって訳じゃ無いとは思うけれどもう一つの方も伝えておきたくて
「愛ちゃん。さっき先生の視線に気づいてなかったでしょ」
蒼ちゃんを連れてきたはずなのに、私の方が何か見落としてる?
「……ちょっと迷ったんだけど言っておくね。あの先生さっき愛ちゃんの首元見てたから……」
全然気づかなかった。
「でも首元って、私ちゃんとボタン止めてるよ?」
「うん。だから何にも見えてないよ」
だからその心配はいらないって言う。
「ただ愛ちゃんの言う通り、担任の先生もそうだったなんて……男の人って蒼依たちのそれにしか興味ないのかな……」
 蒼ちゃんの彼氏さんだけじゃないって事は私の意図した通り分かってはもらえはしたけれど、蒼ちゃんもまた私と同じように落ち込んでしまう。
 そんな蒼ちゃんを見ながら私自身も考えてしまう。
 先生や慶、お父さん……は朱先輩の言葉もあって違うって事は理解できたけれど、それとは別で最近私に気があるとかいう眼鏡をかけた男子生徒もそう。ホント女って言うだけでどうしてこうも嫌な思いをしないといけないのか。
 女として魅力があると言えばそうなのかもしれないけれど、女として人間としての魅力なら他の見方も出来るはずなのに……私の頭が固いのかな?
「そんな事は無いよ。優希君だって会長だってそんな目で見て来ないし」
もちろん年頃の男女で、この世の中には男と女しかいないのだから、そう言う気持ちが無いわけじゃあ無いし私だってもちろん否定はしないし、理解もする。
 むしろ優希君とならって思わない事もない。
 だけれど先生って言うのはまだあるのかもしれないけれど、家族って言うのは私には分からない。
「でも、世の中そう言うニュースも多いよね」
ホント蒼ちゃんの言う通りだよ。
他意も底意も無いのに私が男子と喋る度に、他の男子に見せない方が良い形相でこっちを見てくる例のグループの子らに一度聞いてみたい“男なら誰でも良いのか”って。
「まあ、ニュースってそう言うのだけじゃないけれどね」
それでもそう言うニュースを頻繁に聞くのも事実で。
同じクラスの女子や、あの妹さんの格好を見てても思うけれど、もちろん女性側に落ち度がある場合もあるとは思う。
 だけれど先生から見た私たちのようにあまりに年の離れた年端も行かない少女に
って言うのは、そう言う問題じゃ無いと思う。
 私も蒼ちゃんもやるせない気持ちを持ったまま、私は役員室へ、蒼ちゃんは昨日の事があるからとまっすぐに家に帰る。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
           「アタシは事実を言ってるだけ」
                険悪なやり取り
          「俺は岡本さんに聞いて欲しくて……」
            あくまで主人公にこだわる会長
         「霧華、雪野さんとは友達じゃないのか?」
           入った亀裂は少しずつ大きくなる

            「どいて。わたし、もう帰る」

          53話 上に立つ人間~まとめる力・和の力~
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