第26話 雨降り朝の老舗喫茶店
文字数 2,746文字
まるで斜めの白い線をフィルターがけたような景色。水溜りに落ちた大きな雨粒が弾けて王冠のように広がる。3日間も降り続き、気持ちまでどんよりさせてくる悪天候が恨めしい。
昨日、職場に傘を忘れた。傘を忘れて、折り畳み傘で帰った。壊れたビニール傘の存在すら忘れていたのだ。それで今日は家族の傘を借りて出た。壊れておらず、ちゃんと閉じられる黒い傘。てっぺんから雨漏りしない傘。
昨日に引き続き、朝から喫茶店へ行ってみることにした。
某グルメドラマの某五郎さんも訪れたことのある喫茶店の前で、黒い傘を畳んだ。入り口のドアを開けて傘立てに傘を入れる。全体的に黒っぽい印象の店内は、厨房の前にカウンター、窓際に数台のテーブル、店の中央にも幾つかのテーブルと、奥に2台のゲームテーブルがあった。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_028248f5f3bc2441cfe257a8cae20dc4.jpeg)
インベーダーゲームが動いている。僕が座った席は麻雀ゲームの台、だけど画面は点灯していなかった。これはあえて電源を入れていないのか電源が入らないのかどっちなんだろう。訊いてみたいけど、そもそも遊ぶ気がないから訊けないや。
現時点で30分程度の余裕がある。それを超えたとしても、走れば出勤時間には間に合うはず。だからゆっくりコーヒーを味わおうじゃないか。
「すいません、たっぷりブレンドコーヒーって、どのくらいたっぷりなんですか?」
「たっぷり、そうですねぇ……」
店員さんが通常のコーヒーカップと、たっぷり用のカップを見せてくれた。
「まあ、2倍ですね」
「じゃあ、たっぷりのブレンドコーヒーでお願いします」
モーニングセットとしてトーストがつくようだ。コーヒーとトーストがくるまで店内を眺める。外から店内を覗いた時は黒っぽいなぁと思ってたけど、中に入ってみると焦茶色が主体で、茶系の色を基調としていた。それでも他の店に比べればかなり黒っぽく感じられる。こだわりの内観といったところでしょう。
三角形の状態で立てられたメニューを広げる。あんトーストや特製カレー、オムライス、焼きそば、日替わりランチ、本日の手作りケーキ……。あんトーストは某ドラマで某五郎さんが食べたメニューだよな。っていうかメニューにそう書いてあったワ。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_b4d94f6cc5adbde44bd395669179c490.jpeg)
コーヒーとトーストがゲームテーブル上に置かれる。トーストにはたっぷりのバターが塗られていた。コーヒーの香りも、バターの匂いもいい感じで、朝の空きっ腹にくるぜぃ。
まずブラックで少し飲み、そのあとミルクを投入した。メニュー表によれば深煎り豆をネル(布)ドリップして深みのある味わいを引き出しているらしい。深いけど雑味が少なく、香り高く鼻でも舌でも楽しめるおいしいコーヒーだ。
トーストはサックサクで、コーヒーのお供として素晴らしい。まさに老舗の味ってとこ。こりゃ常連さんがいっぱいいるはずだ。きっとカレーやオムライスも美味いんだろうな。
腹が減っていたので、トーストをペロリと平らげてしまった。まだコーヒーは半分以上残っている。……あんトースト、いってみるか?
「あのぉ、あんトーストってこの時間でもできます?」
「はい。できますよ」
「……大きいですか?」
「パンを2枚使って、あんを挟んで4つ切りにしてます。大丈夫、お一人でも食べられますよ。もし残ったらお包みしますので」
めっちゃ優しい。残ったらテイクアウトすればいい、か。
「あんトーストを追加でお願いします」
さて、歩いて出勤できるタイムリミットまであと15分。注文したからには焦っても仕方ないし、どっしり構えて待つことにした。幸い僕の前に注文した人はひとりかふたりくらいだ。大丈夫、大丈夫。
ゲームテーブル席からは厨房の様子が見える。オーブンでパンを焼いて、取り出して、具材を塗り塗りして、上からパンを置き、ナイフで切る。流れるような動きであんトーストが出来上がっていく。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_9fa1e3b1234a46beafb0f52a243fc825.jpeg)
おー、これこれ。……全部食べるのは無理だな。時間は10分程度あるけれど、さっき食べたトーストのおかげでお腹に余裕が無い。でもひと切れは味わってみたいぞ。ということで両手でひと切れ持ち、かぶりつく。
「うまッ!」
ついつい声を出してしまった。隣のお客さんが新聞から目を離し、こちらを見た。……すいません独り言が大きくて。
あんこと生クリーム、軽く焼かれたパン。甘くて、甘くて甘い。種類の違う甘さが口の中で溶け合って、えも言われぬ甘味をもたらす。その甘さはコーヒーともバッチリ相性良し。
頑張れば全て食べられそうだ。しかし朝から喫茶店で何を頑張るというのか。残りは昼ご飯にしてしまえばいいじゃないか。
「えっと、すいません。食べ切れなかったので、包んでいただけますか?」
「はい。少々お待ちくださいね」
なんだかホスピタリティ溢れる接客である。こりゃ常連さん(以下略)。
アルミホイルで包み、ビニール袋にまで入れてくださり、手渡されて……気付いた。ショルダーバッグが小さくて、押し込まないと入らないぞ。袋に入ってるんだから持って歩けば良かったのに、なぜかその時の僕はショルダーバッグに押し込むという選択をしてしまった。
支払いを終えて傘を取り、外へ。歩いて出勤できるタイムリミットを5分過ぎていた。だったらやることは決まっている。
走れオイラ! ピュううう!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼休憩の時間になり、あんトーストの包みを開ける。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_a76d74d1229f001b01deb20a54607e1d.jpeg)
やっぱ潰してしまっていた。それでも美味し。お菓子っぽいけど、お菓子ではなくて、やっぱトーストなんだよな。主役はパンで、主張の激しい脇役としてのあんこ、それを下支えする生クリーム。この配役は大成功だ。
美味しいからすぐに食べ終えてしまい、残りの時間で街を散策する。まだ雨は降り続いていて、そのせいか人通りがいつもより随分と少ない。歩きやすいから脇道や小路にも入る。
……ちょっと古めかしい外観の喫茶店。ガラス窓から中を覗く。席が空いてますなぁ。コーヒーだけ飲んでみようか。小さい頃に婆ちゃんと通った喫茶店とよく似てる。僕はバナナジュースで、婆ちゃんはニコニコしながらコーヒーを飲んでたっけ。渋い木目の突き板が貼られたテーブルに、落ち着いた栗色レザーのソファ。テレビの音とお客さんの話し声だけがBGMだ。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_758b4deb854a14c5eba4ab0b72cc4e4f.jpeg)
ということで、ホットコーヒーを飲む。おつまみの菓子をポリポリ食べて、コーヒーをグビグビ。いやー、喫茶店のコーヒーは濃くて深い。今週こんなにちゃんとしたコーヒーばかり飲んでいたら、ペットボトルのコーヒーやインスタントコーヒーなんて飲めなくなってしまいそう。飲みますけどね。
さぁて、明日はどこ行こうかな。
喫茶店巡り、すっごく楽しいや。
【本日の出費】
朝
たっぷりブレンドコーヒー、あんトースト
1,150円
昼
ホットコーヒー
430円
計1,580円
昨日、職場に傘を忘れた。傘を忘れて、折り畳み傘で帰った。壊れたビニール傘の存在すら忘れていたのだ。それで今日は家族の傘を借りて出た。壊れておらず、ちゃんと閉じられる黒い傘。てっぺんから雨漏りしない傘。
昨日に引き続き、朝から喫茶店へ行ってみることにした。
某グルメドラマの某五郎さんも訪れたことのある喫茶店の前で、黒い傘を畳んだ。入り口のドアを開けて傘立てに傘を入れる。全体的に黒っぽい印象の店内は、厨房の前にカウンター、窓際に数台のテーブル、店の中央にも幾つかのテーブルと、奥に2台のゲームテーブルがあった。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_028248f5f3bc2441cfe257a8cae20dc4.jpeg)
インベーダーゲームが動いている。僕が座った席は麻雀ゲームの台、だけど画面は点灯していなかった。これはあえて電源を入れていないのか電源が入らないのかどっちなんだろう。訊いてみたいけど、そもそも遊ぶ気がないから訊けないや。
現時点で30分程度の余裕がある。それを超えたとしても、走れば出勤時間には間に合うはず。だからゆっくりコーヒーを味わおうじゃないか。
「すいません、たっぷりブレンドコーヒーって、どのくらいたっぷりなんですか?」
「たっぷり、そうですねぇ……」
店員さんが通常のコーヒーカップと、たっぷり用のカップを見せてくれた。
「まあ、2倍ですね」
「じゃあ、たっぷりのブレンドコーヒーでお願いします」
モーニングセットとしてトーストがつくようだ。コーヒーとトーストがくるまで店内を眺める。外から店内を覗いた時は黒っぽいなぁと思ってたけど、中に入ってみると焦茶色が主体で、茶系の色を基調としていた。それでも他の店に比べればかなり黒っぽく感じられる。こだわりの内観といったところでしょう。
三角形の状態で立てられたメニューを広げる。あんトーストや特製カレー、オムライス、焼きそば、日替わりランチ、本日の手作りケーキ……。あんトーストは某ドラマで某五郎さんが食べたメニューだよな。っていうかメニューにそう書いてあったワ。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_b4d94f6cc5adbde44bd395669179c490.jpeg)
コーヒーとトーストがゲームテーブル上に置かれる。トーストにはたっぷりのバターが塗られていた。コーヒーの香りも、バターの匂いもいい感じで、朝の空きっ腹にくるぜぃ。
まずブラックで少し飲み、そのあとミルクを投入した。メニュー表によれば深煎り豆をネル(布)ドリップして深みのある味わいを引き出しているらしい。深いけど雑味が少なく、香り高く鼻でも舌でも楽しめるおいしいコーヒーだ。
トーストはサックサクで、コーヒーのお供として素晴らしい。まさに老舗の味ってとこ。こりゃ常連さんがいっぱいいるはずだ。きっとカレーやオムライスも美味いんだろうな。
腹が減っていたので、トーストをペロリと平らげてしまった。まだコーヒーは半分以上残っている。……あんトースト、いってみるか?
「あのぉ、あんトーストってこの時間でもできます?」
「はい。できますよ」
「……大きいですか?」
「パンを2枚使って、あんを挟んで4つ切りにしてます。大丈夫、お一人でも食べられますよ。もし残ったらお包みしますので」
めっちゃ優しい。残ったらテイクアウトすればいい、か。
「あんトーストを追加でお願いします」
さて、歩いて出勤できるタイムリミットまであと15分。注文したからには焦っても仕方ないし、どっしり構えて待つことにした。幸い僕の前に注文した人はひとりかふたりくらいだ。大丈夫、大丈夫。
ゲームテーブル席からは厨房の様子が見える。オーブンでパンを焼いて、取り出して、具材を塗り塗りして、上からパンを置き、ナイフで切る。流れるような動きであんトーストが出来上がっていく。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_9fa1e3b1234a46beafb0f52a243fc825.jpeg)
おー、これこれ。……全部食べるのは無理だな。時間は10分程度あるけれど、さっき食べたトーストのおかげでお腹に余裕が無い。でもひと切れは味わってみたいぞ。ということで両手でひと切れ持ち、かぶりつく。
「うまッ!」
ついつい声を出してしまった。隣のお客さんが新聞から目を離し、こちらを見た。……すいません独り言が大きくて。
あんこと生クリーム、軽く焼かれたパン。甘くて、甘くて甘い。種類の違う甘さが口の中で溶け合って、えも言われぬ甘味をもたらす。その甘さはコーヒーともバッチリ相性良し。
頑張れば全て食べられそうだ。しかし朝から喫茶店で何を頑張るというのか。残りは昼ご飯にしてしまえばいいじゃないか。
「えっと、すいません。食べ切れなかったので、包んでいただけますか?」
「はい。少々お待ちくださいね」
なんだかホスピタリティ溢れる接客である。こりゃ常連さん(以下略)。
アルミホイルで包み、ビニール袋にまで入れてくださり、手渡されて……気付いた。ショルダーバッグが小さくて、押し込まないと入らないぞ。袋に入ってるんだから持って歩けば良かったのに、なぜかその時の僕はショルダーバッグに押し込むという選択をしてしまった。
支払いを終えて傘を取り、外へ。歩いて出勤できるタイムリミットを5分過ぎていた。だったらやることは決まっている。
走れオイラ! ピュううう!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼休憩の時間になり、あんトーストの包みを開ける。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_a76d74d1229f001b01deb20a54607e1d.jpeg)
やっぱ潰してしまっていた。それでも美味し。お菓子っぽいけど、お菓子ではなくて、やっぱトーストなんだよな。主役はパンで、主張の激しい脇役としてのあんこ、それを下支えする生クリーム。この配役は大成功だ。
美味しいからすぐに食べ終えてしまい、残りの時間で街を散策する。まだ雨は降り続いていて、そのせいか人通りがいつもより随分と少ない。歩きやすいから脇道や小路にも入る。
……ちょっと古めかしい外観の喫茶店。ガラス窓から中を覗く。席が空いてますなぁ。コーヒーだけ飲んでみようか。小さい頃に婆ちゃんと通った喫茶店とよく似てる。僕はバナナジュースで、婆ちゃんはニコニコしながらコーヒーを飲んでたっけ。渋い木目の突き板が貼られたテーブルに、落ち着いた栗色レザーのソファ。テレビの音とお客さんの話し声だけがBGMだ。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_758b4deb854a14c5eba4ab0b72cc4e4f.jpeg)
ということで、ホットコーヒーを飲む。おつまみの菓子をポリポリ食べて、コーヒーをグビグビ。いやー、喫茶店のコーヒーは濃くて深い。今週こんなにちゃんとしたコーヒーばかり飲んでいたら、ペットボトルのコーヒーやインスタントコーヒーなんて飲めなくなってしまいそう。飲みますけどね。
さぁて、明日はどこ行こうかな。
喫茶店巡り、すっごく楽しいや。
【本日の出費】
朝
たっぷりブレンドコーヒー、あんトースト
1,150円
昼
ホットコーヒー
430円
計1,580円