第6話 サシ飲みイタリアン 前編

文字数 2,288文字

 サシ飲みの「サシ」は差し向かうの「差し」。1対1で飲むことをサシ飲みと呼ぶ。今回と次回を合わせて「男ふたりのサシ飲み回」とす。

 相手の名はポニー・マール。外国人ではないが、本名をココへ書くわけにもいかないだろう。彼の特徴であるポニーテールから「ポニー」、名前の一部をモジって「マール」。それらを繋げた名だ。

 華の金曜日、仕事が終わって夕間暮れの繁華街を歩く。喧騒の真っ只中を突っ切る。煌々と照る看板や路面店の明かり眩しい都会の夜海を泳ぐ。

 ポニーの仕事が終わるのは確か19時のはずで、あと30分ほどある。居酒屋だらけの一角を抜けて、大きな酒屋でウイスキーのボトルを見て廻っていたら、ラインの着信通知音が聴こえた。ポケットの中のスマホが鳴動する。

『今日、わけあって仕事休んでるんだよね。どこ行けばいい?』

 ポニーと飲みに行く約束をしたのは月曜日のこと。昨日リマインドの連絡を入れた時は特に問題なさげだったのに、一体何があったというのか。よく分からんけど、とにかく合流しよう。

 ラインで連絡を取り合いながら地下鉄を通って、彼に指定された出口の階段を上がる。分かりやすい大きなビルの下にポニー・マールが立っていた。

 黒のダウンジャケットに洒落たパンツ。長い黒髪を後ろで縛っている。鼻が高く、顎はシュッとしていて、スラッとした体型で若干の猫背。半年ぶりくらいに会うけど全然変わってない。

「おひさー。で、君。何で仕事休んでるの?」
「一昨日くらいに熱が出て……」

 僕は大きく後退る。

「こ、コロ……?」
「多分違う。もう熱は引いて、咳がちょっと出るくらいだから大丈夫」
「昨日リマインドした時、断ってくれればよかったのに」
「迷ったけどさ。直前で断るの悪いかなと思って。行く気が無くなったって思われるのも嫌だったし」

 ふむ。まぁその気持ちは分からんでもない。僕としては事前約束した時に限って誰かの調子が悪くなるとか、大雨が降るとかよくある事だし、それほど気にしないんだけどねぇ。ポニーは真面目というかなんというか。裏表の無い、素直なナイスガイなのだ。それが分かってるから、「風邪で無理」と言われても怪訝に思ったりせず、言葉通りに受け止められたはずだ。無理しなくても、来週でも……まあ、いっか。

「とにかく歩こう。でも病み上がりでアルコール飲めるん?」
「うーん、今日はお茶とかにしとこうかな」
「ワイだけ飲むんかぁ。それなら飯が美味いトコを探さないとね。焼肉、海鮮、ラーメン、串、中華。色々あるけど、いま何腹?」
「何でもいいよ」

 一番困るやつキター……。僕もコレ食べたいってのはないから、いきなりこの船は暗礁に乗り上げるかたちとなった。果たして僕らはこの光の海を泳ぎ切り新天地を見つけることが出来るのだろうか。

 軽く近況を話しつつ、飲食店がひしめき合う地区を進んでいく。どこの居酒屋もかなり混み合っていて、我々の漂着先を見つけられずにぼちぼち歩く。

 ふと、全国展開している、どこにでも存在するチェーン店の看板に目を奪われた。黄色い看板だ。明朗会計で味も悪くない。話をするだけならここでもいいかな。

「あそこはどう……」

 むむ、ポニー・マールがどっか行きやがった。と思ったら彼は少し離れた所で立ち止まって、半地下の店を眺めていた。近付いていき、僕もその店の中に目をやる。

「色んな店が入ってる小さな飲み屋街って感じだね。ここ来たことあるの?」
「ないよ。だから入ってみてもいいかなって」
「ふぅむ……。じゃ、とりあえず入ってみようか」

 僕らは扉を開けて中へ。広い空間に、6つほどの小さな厨房があり、それぞれを十席程度の椅子とカウンターが囲んでいる。入り口近くの店は満席に近く、奥へ行くほど客がまばらな印象だ。

 串とか鉄板とかイタリアンとか。入ったら入ったでどれにしようか迷ってしまう。とりあえず飲んで話をしたいだけだからどこでも良くて、それゆえどの店にするのか全然決められないでいる。

 ……もういいや、適当に座っちゃえ。

 何となくで近くにあった店を選んだ。
 女性の店主と目が合う。

「これ、どこに座ればいいですか?」
「そちらへどうぞ。……ここイタリアンですけど、よろしいですか」
「あ、はい。別に、ねぇ」

 僕が同意を求めると、ポニー・マールは半笑いで頷き、隣の椅子を引いて座った。テーブルの上に立てられたメニュー板を取って、ふたりで読む。イタリアンって普段口にしないから、字面だけではどんな料理なのか判然としない。しばらくメニューを睨んでいたが、「お任せ」にした方が良さそうだという結論に達した。

「すいません。本日のおまかせ5皿セットをふたつ、お願いします。あとハイボールと……烏龍茶で良い?」
「そうだね。お茶でいいよ」
「烏龍茶をひとつ、お願いします」
「はい。何か、食べられないものとか、苦手なものはございますか?」

 ポニーが軽く手を挙げて、はっきりと言う。

「オレ、チーズの単品が苦手です」
「焼いたりしたら、問題無いですか?」
「そうっすね。そのまんまのチーズじゃなければ、たぶん大丈夫です」
「分かりました」

 ほどなくして、カウンターの向こうからハイボールと烏龍茶が手渡された。



「じゃあ、とりあえず乾杯しようか。そっちは烏龍茶だけど」
「別にいいよ。お疲れさーん」

 ハイボールと烏龍茶のグラスをカチンと合わせて、僕はハイボールをゴクリとひと口。おぉ、めっちゃ飲みやすい。クセが少なくスッキリとした味わい。ほのかに香るのはなんだろう、フルーティ? このウイスキー、いいなぁ。

 ……というところで、長くなるので後編へ続く。
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