4ー③

文字数 2,535文字


「……結局、この写真の人かどうかは分からないってことなんだ」
「うん」
「じゃ、フクロにしてた方のことだけど。何人いた?」
「四人」
「どんな連中だった?」
「ガラの悪い奴ら」と茂樹が吐き捨てるように言った。「親父の借金取り立てに来る奴らみたいな」
 鍋島が振り返って茂樹を見た。「ヤクザか」
「そんな感じのヤツもいたし、半グレみたいなのもいた」
「若かったってこと?」
「みんなオヤジよ」
 と美弥が顔を上げ、呆れたかのような溜め息をつきながら言った。
「二十五過ぎたら、みんなオヤジ」
「ありゃりゃ」と芹沢は鍋島に振り返った。鍋島は諦めたように頷いた。
「具体的に、幾つくらいか分かるかな」
「さあ。三十くらいか、もっと上やないの」
「半グレみたいなやつだけちょっと若かった。二十二とか三くらいかな」と茂樹。
「一人だけ、手を出さんと見てるやつがいたわ。たぶんリーダーや。歳も一番上っぽかった」
「何か言ってた?」
「別に。みんながそのおっさんのことをボコボコにしてるの、笑って見てたけど」
「あ、でもほら」と茂樹は美弥に振り向いた。「最後におっさんを投げ込むとき──何か言うてたよな。ほら」
「言うてたっけ?」
 美弥は面倒臭そうに茂樹に一瞥をくれた。そろそろ飽きてきたらしい。
「言うてたって。ほら──おせっかいがどうとかこうとか──」
 美弥は黙って首を振った。
「そや、思い出した。『おせっかいがとんだ

になったな』って」
「アザ?」と芹沢が眉をひそめた。
「アダでしょ!」
 美弥が声を上げて迷惑そうな顔をした。こんなバカと一緒にいるのが恥ずかしくてたまらない、と言う感じで、芹沢と目が合うとたちまち赤面した。
「──んまに、アホなんやから……」
 芹沢はそう言ってやるなよ、と言う表情で美弥に微笑んだ。
「つまり、ただのオヤジ狩りかホームレス狩りとは違うみたいだったってことだ」
「そう。それが分かったから、怖ぁなって逃げたん」
「──あの公園ではまだその種の被害は多くありません。繁華街とは直結していませんし、夜は人通りもほとんどなくなりますから。河に面していて、風が強いためにホームレスの住処にもなりにくい。狩りをしようにも、いいカモがいないんです」
 ここで制服警官が初めて意見を言った。美弥はちょっとびっくりした。明らかに刑事たちの方が年下なのに、敬語を使ったからだ。
「流しの仕事は成り立たないと」鍋島が言った。
「ええ。この二人のようなのがちょくちょく利用するのも、そのせいです」
「自分たちのやってることを誰にも邪魔されたくない連中しか来ないっていうわけだ」
 と芹沢は美弥たちを見ながら言った。
 茂樹が俯いた。美弥はまたがっかりした。なんでその相手が茂樹で、この刑事みたいないい男じゃないんだろう。

 二人を帰らせるとき、芹沢は思い出したことがあれば連絡をくれるようにと、刑事課の直通番号を記した自分の名刺を渡した。鍋島が「おまえの方が効果がある」と言ったからだ。分かっていたが、美弥のような娘にたとえ仕事場の番号でも知られるのは面倒だなと思った。案の定、美弥は芹沢の携帯電話の番号を訊いてきたが、芹沢は「持ってないんだ」と嘘をついて教えなかった。

「男前も何かと大変や」
 交番の前に停めておいた車に戻るとき、鍋島が面白そうに言った。
「言うな」
 芹沢は不機嫌そうに吐き捨てて運転席のドアを開けた。乗り込んでエンジンを掛け、シートベルトを引っ張る。助手席の鍋島が構わずに続けた。
「いつものことやけど、あんな子供でも取りこぼしなしか」
「ふざけんな。てめえのあの態度は何なんだよ」
 芹沢は鍋島を睨んで言った。普段の口調に戻っていた。
「自分はすっかり手を引いた、みてえにおさまりやがって。ガキの相手はこっちに押しつけようってのか、ちっとばかり俺が年下だから。え?」
「あの()がおまえにしか喋る気がなかったからや」と鍋島は言い返した。「認めるやろ? それは」
「だからって、いちいち茶化すんじゃねえ」
「ルックスを褒めて怒られるとは心外やなぁ」
 鍋島は大仰に言った。両手を頭の後ろに回し、火の点いていない煙草を咥えて上下に動かしている。その顔は明らかにまだ面白がっていた。
「俺の身にもなってみろ。結構ツライもんあるで」
「だったら整形でもするんだな」
 芹沢は言って、アクセルを踏んだ。



 若者は泣いていた。
 薄暗い部屋の窓際で、悔し涙にくれていた。自虐的な後悔に襲われながら、抑えきれない怒りに傷ついた身体を震わせていた。汚れた涙が顔を濡らし、奈落の底から聞こえてくるような嗚咽を止めることができずにいた。

 ──こうなることの方が、可能性として高かったのに。

 なぜやろうとしたんだろう。何で最初からあんなにまずいことになってたんだろう。
 どこが悪かったんだろう。あの人の言うとおり、俺は行かない方が良かったのか。
 いや、そもそも俺があの人に相談なんかしなかったら──

 そうしたら、俺と姉ちゃんはどうなってた?

 そうだ。そのことを考えるんだ。もし何もしなかったら、姉ちゃんがどうなってたか。俺のことずっと守ってくれてた姉ちゃんが、優しい姉ちゃんが、あいつらのいいようにされて──そう、俺だけじゃないんだ。たった一人の身内である姉ちゃんまでもが苦しむことになる。
 俺のせいでずっと肩身の狭い思いを強いられて、それでも俺のことをとても心配してくれて、そして頭を下げ続けてくれた姉ちゃんが、また辛い思いをすることになるんだ。それだけは、もう絶対にいやだ。

 そう思ったから、あの人に相談したんだ。

 このままじゃ終わらせない。あっちもそう思ってるだろう。
 あの人がどうなったか分からないけれど、いまだに連絡がないところをみると、きっとひどくやられてしまったに違いない。
 こうなったら、どっちが先に第二ラウンドのゴングを鳴らすかだ。次はこんな怪我ぐらいじゃ済まされないのは分かっている。だからこそ、やられる前にやってやるんだ。

 ──杉原さん。今度は俺一人でやります。


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