【未所持8】「未所持」は文化盗用?

文字数 2,985文字

ルールブック未所持については議論し尽くしたと思ってたんだけど、筆者がまた何か思いついてしまったらしいので、ちょっとだけ続きね。
今度は何を思いついたんです?
これまで、「海賊版を使用しているのでもない限り、単に見よう見まねでTRPGのまねごとをしている人たちを責めることはできない」というスタンスだったんだけど、そうでもないんじゃないかと思い当たったのよ。
ルールブックを読まずに、見よう見まねでTRPGのまねごとをすることが、何らかの不正義に位置付けられるということでしょうか。
そう。ただその説明をするのはとても大変だし、役立てにくいものではあるだろう、と先に断りを入れておくわね。

まず、文化盗用という話題を扱うので、その説明から。

文化盗用? 文化盗用……じぇーおー
はいはい違う違う。文化盗用というのは元々Cultural Appropriationの訳語で、正直言ってうまい訳とは思えないんだけど、最も広まっている語句ではあるので、この会話ではあくまで「文化盗用」という語句を使っていきましょう。

文化盗用は、複数の文化が混在していて、それらの間に力関係がある社会で問題に挙がるのよ。

複数の文化が混在して力関係がある社会……アメリカとか?
そうね。よくサラダボウルに喩えられるほど様々な出自を持つ人々が暮らしているのがアメリカ合衆国だけど、政治的にも文化的にも中心を占めているのはWASPと呼ばれる人々であって、先住民やアフリカ系などの人々は劣位に立たされているという現状がある。
はい。
ここではアメリカ大陸の先住民について詳しく見ていくことにするね。大航海時代以降、先住民は、住んでいた土地や、ときに命も奪われていった歴史の中で、祖先の文化を守り受け継いできたの。
以前別のところで話したミンストレル・ショーみたいですね。
一部共通するところはあるんだろうけど……ところが時が現代に至ると、plastic shamanと呼ばれる人々が事件を起こした。
プラスティック・シャーマン?
どんな習俗だったんですか?
英語ではsweat lodgeと呼ばれる、サウナのような小屋に入って行う儀式の一部なんだそうだけど……高温の環境下に長時間居続けるものだから、健康状態に細心の注意を払わなければならない。先住民たちは経験を積んだ先達の指導の下でこれを行ってきた。でも、エセまじない師に先達なんていないからね。事故も起ころうというもの。
先住民の人たちは、どうしたんでしょうか。
エセまじない師を批難したし、訴訟も起こした。「所詮まがいものだから」などと見捨ててはおかなかったの。
なぜ、見捨てなかったんでしょうか?
当事者ではないから想像しかできないけど……元々先住民の文化習俗は、ヨーロッパ人にとっては野蛮とか残酷とか思えるものもかなりあって、それを理由に弾圧・禁止されてきたという面もある。だから、「彼らは伝統の名のもとに人が死ぬことをしている」という認識を持たれるのはとても危険なことに感じられるんじゃないかしら。そうした誤解を招くエセまじない師を放ってはおけないわよね。

もう一つには……こうしたエセまじない師は、儀式のようなものを行うときにお金をとることがあるのよ。

本来はお金をとらないんですか?
本来の儀式では対価を受け取ることはないそうよ。言ってみれば、エセまじない師の金儲けのためにいいように利用されてしまっていたわけで。それに対してNOを突き付けるのは、本来の文化の担い手にとっては健全な行いよね。

こういうふうに、祖先や先達から受け継いできた文化に、勝手な意味づけをされたり、利益をむさぼられたりすることをさして文化盗用というわけ。

多人種多文化が混在するアメリカのような地域で文化盗用が問題になるのはわかりましたが……日本の、しかもTRPGという文化に同じことが言えるのでしょうか?
まず「日本」について。「民族」という観点では、日本国内に住む日本人は圧倒的マジョリティでしょ。自分が文化の中心にいすぎるから、「複数文化の力関係により生じる文化盗用」にはリアリティを感じにくいのかもしれない。それで、先住民であるアイヌの文化を侵害しているかもしれない、ということにも気づきにくかったりする。

でも、「民族」よりもっと細かい領域に視点を絞れば、共感が持てるようになるんじゃないかしら。

具体的には?
なるほど。でもTRPGすなわちオタクの趣味みたいに言ってしまっていいんでしょうか?
オタク的な要素を持たない趣味のほうが稀なんじゃないかしら。

それと、言い方は悪いけど、TRPGは「迫害されやすい」側面を備えているからね。

というと?
コンベンションの開会式で読み上げられる注意書きにそれが現れている。具体的には、

「サイコロを用いるため、賭博のように見える」

「暴力的な言動がしばしばある(「サタスペ」などに顕著)」

「特定の政治的宗教的思想の伝播に利用されたことがある」

とかね。あと、

「キャラクターになりきるとか幼稚に見える」

というのも否定できない。

でも、ただ迫害されているわけではないですよね?
ええ。TRPGを続けていきたい人たちは、努力を重ねて、コンベンションの注意書きのような文化を築き上げていったのね。
ところがそこに、「TRPGのまねごとをする人々」が現れた。それで、今まで築いてきた文化が「勝手な意味づけをされたり、利益をむさぼるために使われている」と感じてしまったのでしょうか。
そういう面はあるんじゃないかしら。
でも、たとえば先住民が訴訟を起こしたような、法的救済は得られるんでしょうか?
文化盗用についての法整備はされていないし、そもそも文化盗用という概念自体が日本人に馴染みの薄いものだからね。疑似問題(おかしい人たちが文句つけてるだけで、なんの問題もない)だと思おうとしている人も少なくない。非常に困難ではある。

それに、文化盗用への批難はTRPGプレイヤーにとって諸刃の剣よ。

自分をも傷つけかねないということですか?
そう。TRPGのルールやシナリオの中には、他国や他文化へ勝手なイメージを押し付けているものが少なからずあるからね。そうしたものへの自己批判もしていかなきゃアンフェアになってしまう。近年のメーカーはそうしたことにも配慮しているはずよ。
こういうとき決まって「表現の自由の侵害だ!」という人がいますね。
すると、ルールブックなしでTRPGのまねごとをしている人たちが「表現の自由」と言い出したら、認めねばならなくなるでしょ。

こんなふうに、文化盗用にせよなんにせよ、「相手だけを縛れる都合のいいルール」なんて存在しないのよ。

それにしても、本当に役立てにくい話でしたね。
だから最初に断っておいたのよ。それでも、シナリオやセッションの中で自分は文化盗用を行ってはいないか? と考えるための、他山の石くらいにはなるんじゃないかしら。
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登場人物紹介

久恵里(くえり)

主に質問する側

せんせい(先生)

主に答える側

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