第13話

文字数 1,099文字

はじめの自己紹介は名前と住んでいる地域のみ、という青木の提案に花純は感服した。その情報は初対面の生徒同士が「どの路線を使うの?」という風に話の糸口をつかむのにとても有益だった。

その日から、花純を取り巻く世界が変わった。大きく動いた。
同じ制服を着た同じ歳のみんなの中に混ざって、埋もれて、そのまま呑み込まれていった。


花純は同じ路線を使う小雪と行動を共にすることが増えた。
小雪は背の高い、ウルフカットの似合う少女だ。帰り道では半ば強制的に彼女のイヤフォンを片耳分渡されて「小雪おすすめ暴れ曲セットリスト」の楽曲を聴きながら帰ったり、途中下車をして大きな本屋に寄ったりした。


雨が多い季節になり、初めての席替えがあった。
全員が新しい席に移動すると、青木が手を2回たたいて「はーい、ちゅうもーく!」と声をかけた。
「今日から、班ノートをはじめます。班ノートは班のみんなで回す交換日記みたいなものだから、何を書いてもいいの。好きな芸能人とか、今日のごはんとか、悩み事とか、嬉しかったこととか、おすすめの映画とか、なんでも書いて回しましょう。」

えー、交換日記だって。好きなこと書いていいって言われると逆に困るー!誰から回す?
教室内がザワザワした。
青木はそれぞれの班に1冊ずつ、校章が刻印されているノートを配った。
何これ、渋い!金の刻印って誰が考えたの?これ、売ってるの??
教室内がザワザワした。


花純たちの班は、綾香→陽子→花純→小雪の順番で回すことになった。
綾香は主にファッションのことや映画のことを書き、陽子は漫画のことやお菓子作りのことを書いた。花純は読んだ本やその時々に気になったことを書いた。小雪は飼い猫のことを書いたり絵を描いていた。

何巡かした頃、花純はかすかな違和感を覚えた。小雪の描いている絵が、少しずつグロテスクになっているように見えた。
班ノートに「どうしたの?」なんて書けないしなあ。直接小雪さんに聞いてみるにしても、どう話を切り出したらいいだろう。
花純は帰り道に小雪に尋ねることを決めた。

その日は小雪おすすめメロディアスセットリストを聴きながらの帰路だった。
「ねえ、小雪さん。最近どう?」
花純は考えに考え抜いた結果、大雑把な質問をすることにした。これならば、言いたくなければ言わないで済むし、言いたかったら言うはずだ。
「吉井ちゃん、最近どう?ってなんだい?」
「いや、最近何か変わったこととかあるかなーって。」
「あるあるー、この曲が終わったら1回とめていい?」
「うん、いいよー。」
軽い返事がすぐに返ってきたので花純は安堵した。

耳元では、傷ついた心に終わらない雨が降る、というような曲が流れていた。

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登場人物紹介

吉井花純(よしいかすみ)


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