第18話

文字数 914文字

西川は試験の注意事項を伝えて問題用紙を配りはじめた。

机の上には消しゴムと鉛筆だけですよ、あとは机の中か鞄の中にしまってください。
そう言いながら机の間を歩いて回っていたが、机の上に鞄が置かれている花純の後ろの空席については、何も言及しなかった。


1限目の試験が終わった休み時間、陽子と花純は綾香に連れられて保健室へ向かった。


鞄があるなら、教室にいなければ保健室にいそうだよね。もしかしたら今朝の件で具合悪くなっちゃったのかもしれないし。一緒に様子を見に行こう?

今朝の件というものが何なのか心当たりがない二人だったが、いつになく真剣な顔をした綾香に手を引かれて保健室に向かった。


綾香は今朝、芸術棟の方に向かう他学年の生徒とすれ違っていた。

朝、高校生が芸術棟と校舎の間の非常階段から下に落ちたんだって。
雨で滑って落ちたのか飛び降りたのかはわからないけど、花壇のところに血がついてたって。
落ちた人どうなったんだろうね。
えー、やばくない?非常階段、見に行こうよ。
やだよ怖いよ、めっちゃ事件現場じゃん。

そんなことを話していた。

鞄があるのだから小雪は学校には来ているはずだ。
それなのに、西川は小雪が荷物だけ置いて不在なことについて一切触れなかった。明らかに不自然だ。
そして西川は、青木は病院だと言った。

もはや綾香は試験どころではなかった。
保健室に小雪がいてほしい、だがひとりで確認するのはこわい。


陽子と花純と共に保健室前に着いた綾香は、一度深呼吸をしてから扉を開けた。


「あの、友達が保健室にいるんじゃないかと思って来たんですけど、吉岡さんって奥で寝てますか?」
「吉岡さんのクラスの子?吉岡さんはいま病院よ。青木先生が付き添いで行ってるから大丈夫。」
「病院…あの、今朝の…。」
「そう。でも大丈夫だから、安心して。そろそろ次の試験が始まるから、教室に戻りなさい?」


保健医の言葉の意味を理解したのは綾香だけだった。陽子と花純は「今朝の?」と顔を見合わせていた。
時間だね、教室に戻ろう。二人に向かってかける声が震えた。
知ってしまった。自分では抱えきれないが、今この場で友人たちに伝えることは絶対にできない事実を。


今朝、非常階段から落ちたのは小雪だった。
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登場人物紹介

吉井花純(よしいかすみ)


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