第6話

文字数 1,048文字

牧野には自身が担任を受け持つ生徒と同学年の娘がいた。
我が子と同年齢であるからこそ、一般的な小学生の枠組みから逸脱しているあの子のことが尚更鼻につくのかもしれない。
職員室の自席で課題の添削をしながら考えていた。
この小学校に赴任して数ヶ月。
他の先生方からは「吉井花純がいるクラスなら御し易いだろう」と言われたが、牧野がその扱いに戸惑っているのはその吉井花純当人なのだからどうにもならない。

彼女は同年代よりも小柄で幼く見える。休み時間になるとボールを持って真っ先に外に飛び出す。給食はよく食べ、牛乳の一気飲みはクラス最速だ。友達の輪の中心にいることが多い。その部分を切り取れば、「元気なこどもらしい少女」であろう。

未完成で未成熟な部分を「こどもらしさ」と呼ぶのであれば、彼女ほど「こどもらしくない」少女には過去に出会ったことがなかった。
…弱点が見当たらないのだ。勉強も運動も、何をやらせても造作なく軽々とこなす。だが決してそれを鼻にかけない。コミニュケーション能力も高く、物腰も柔らかい。かといって流されやすいわけでもなく、芯が強い。

「見た目はこども、頭脳は大人」なんていうマンガの主人公がいるが、彼女もそれに近しいものを感じる。中身はこどもじゃないのかもしれない。
気味の悪いアンバランスさだ。彼女と対峙すると、全身の血液が身体の中心へ逃げ戻ろうとするように手足が冷えて指先の感覚が失われていく。
あの子は危険だ、関わるな。そう身体が警告しているのかもしれない。

「牧野先生。」
急に背後から名を呼ばれ、牧野の心臓は大きく跳ねた。
「え!?何???」
思わず立ち上がって大きな声を出すと、声の主は予想外の反応に驚いたようで後退りして固まっていた。
「急に大きな声を出してごめんなさい。その…先生、ちょっと考え事をしていたからびっくりしてしまって。」
声をかけた生徒の方を向き、もてる限りの優しさを込めた口調で牧野は言った。
「家に忘れた課題、取ってきました。遅くなってごめんなさい。」
生徒はふたつ結びの髪をしょんぼりと地に向けて垂らしながらノートを差し出した。
「玉井さん、急いで持ってきてくれてありがとう。預かりますね。」
「遅くなってごめんなさい。」
「いえいえ、ちゃんと出してくれて助かりました。さようなら、気をつけて帰りなさいね。また明日。」
牧野は秀実からノートを受け取り、職員室の出口まで彼女を送った。
廊下の先に秀実を待つ花純の姿を見た気がして、慌てて職員室の扉を閉めた。
汗ばんだ手の震えはしばらく止まらなかった。
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登場人物紹介

吉井花純(よしいかすみ)


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