第21話

文字数 718文字

小さな偶然が無数に重なって今のわたしがある。

産まれてから今までずっと、数えきれないくらい分岐点があった。
もしも「わたしと同じかたちをした誰か」がいたとしても、その人はわたしではないし、わたしはその人ではない。

もしもあの時、別の選択をしていたら。

そんな想像をすることはあるけれど、時間は巻き戻せない。それに、別の選択をしていたら「今のわたし」は存在しない。





花純が通う学校では毎年「芸術鑑賞会」があった。
能•狂言鑑賞、オペラ鑑賞、オーケストラ鑑賞など、様々なジャンルの芸術に触れる体験ができた。

高校最後の年の芸術鑑賞会は、演劇鑑賞だった。
漫画界の巨匠が自身の先祖を題材にして創作された長編作品が舞台化された作品で、縁あって公演期間中に生徒たちのための貸切公演日が設けられていた。


目の前にいる「テレビドラマで何度も見たことがある俳優」は、「彼自身ではない、劇中の人物」として確かにそこにいた。

自分自身ではない誰かの人生を、想像の中ではなく現実のものとして生きている。

舞台上から響く声で振動する空気と熱気の中で、花純は身を乗り出すようにステージを見ていた。


家にいる時のわたし、クラスでのわたし、友達といる時のわたし、部活でのわたし。
わたしの中にはたくさんのわたしがいる。

どのわたしが「その場に適したわたし」なのか、そして「その場での最適解」は何なのか、考えて動くことが日常だった。
もしかしたら、ステージに立つ人たちも同じことをしているのではないか。



決意してからの行動は早かった。


家族への体裁と惰性で定めていた進路を、自分の意志で書き換えた。

夕食どきに家族に伝えると、やりたいことが見つかってよかったね、と丈瑠が言った。

誰にも反対をされなかった。



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登場人物紹介

吉井花純(よしいかすみ)


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