第15話

文字数 1,741文字

帰り道は問題の出し合いをするでもなく、いつも通りに小雪の音楽プレーヤーのイヤフォンを片耳ずつつけた。

「あ、わたしこれ好き!いつも聴いてたラジオで流れてたやつだ!」
花純が流れてくる歌に合わせて、人間とはシーモンキーのようなものだ、と言うと、小雪は嬉しそうに働けー、と続けた。

「小雪さんはいろんな曲を聴いてるね。」
「そうかな?好きな曲ばっかり聴いてるだけだよ。ところで、何のラジオを聴いてる時にこの曲が流れたの?そのラジオわたしも聴きたい。」
「3月に終わっちゃったんだけど、平日の22時からやってたヤンパラだよ。その中で、結構早めの時間にセニョールセニョリータっていうコーナーがあって、そこで流れてたの。」
「それでかー!わたしも勉強してる時つけてたよ、ヤンパラ。」

小雪は、そのコーナーのパーソナリティーはこの曲を歌っている人本人だよ、ということや、今日持ってきているのは小雪セレクトのそのバンド鉄板セットリストだということを珍しく興奮気味に語った。
「明日アルバムふたつ貸すから全曲聴いて!どの曲も歌詞がとても印象的なんだよ。」

確かに他にないタイプの歌詞だと花純も感じていた。返すのは試験後で構わない、とにかく聴いて欲しいと小雪にゴリ押しされ、試験直前だが借りることになった。

「今日、寄り道したい場所があってね。吉井ちゃんの最寄り駅のところに、大きいホームセンターあるよね。園芸コーナーを見てみたいんだけど、一緒に来て欲しいの。」

ああ、ベランダ菜園の件だな、と花純は気付いた。
「いいよ。あのお店の園芸コーナー、かなり広いし、探してるのが見つかるといいね。」
「いいのがあるといいなあ。」

2人はきゅうりにはマヨネーズと味噌どっちが合うか、野菜スティックの中にきゅうりや人参や大根に混ざって棒状じゃないキャベツが入っているのは何故か、などと話しながら駅の近くにあるホームセンターへ向かった。


プランターや土や肥料や種、シャベルやジョウロなどの作業用品、栄養剤やネット、支柱など膨大な種類の商品が広い敷地に並んでいる。分担して探した方が早そうだ。

「ねえ小雪さん、今日は何を買う予定なの?」
「今日買いたいのは、殺虫剤とネットとロープだよ。やっぱり虫を何とかしたくて。」

どうやら小雪は、ネットとロープを組み合わせて植えた野菜の周りに張って、虫除けとお猫様が近づかないようにする両方に役立てたいらしい。
ネットとロープはどういう色や形がいいのか想像がつかないからわたしでは探せそうにない。
「わかった!それじゃ、わたしは殺虫剤を探すね。」

花純は店員を捕まえて、ベランダ菜園の野菜に虫が寄ってきてしまうため殺虫剤を探していること、猫を飼っているから猫の口に入る危険も考慮したいことを伝えた。

店員にスプレータイプの殺虫剤を勧められ、手に取って用法を見ていると買い物かごを持った小雪が小走りでやってきた。

「吉井ちゃん、どんな感じ?」
カゴの中には緑色のメッシュ状の網が入っている。
「ベランダで育ててる規模ならこのスプレーが扱いやすいんじゃないかって店員さんが言ってたよ。あっちは大容量なんだって。」

花純は手に持っていた「嫌な虫をバッチリ退治!ナメクジにも効く!」とプリントされたスプレーを小雪に渡した。小雪はボトルを眺めてから、業務用大容量のボトルが置いてある方に視線を向けた。
「虫しつこいから、たくさんあってもいいかもね。」
そう言うと、花純から受け取ったスプレーのほかに業務用の農薬もカゴに放り込んだ。

小雪さんの家のベランダにいるしつこい虫って何なんだろう。こんなに撒いたら野菜も枯れてしまうのではないだろうか。
しかし小雪は至って真剣だ。明らかに買いすぎだと思うが、そんなにいらないでしょうとは言えない。花純は出来る限り言葉を選んで伝えた。
「これだと荷物かなり重たくなっちゃうね。足りなくなったらまた買い物付き合うし、今日はちっちゃいのだけでもいいんじゃないかな。」

小雪はその場で少し考えていたが、大丈夫、このくらいなら持って帰れるよ、と言ってレジへ向かった。

駅の改札で別れ際、目的のものが買えた、これで安心、付き合ってくれてありがとう、と小雪は笑った。

これから小雪が虫に悩まされなくなるといいな、と花純は思った。
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登場人物紹介

吉井花純(よしいかすみ)


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