第23話

文字数 1,829文字

帰宅すると、母から封筒を渡された。
宛名も差出人も空欄の黄色い洋封筒で、中には手書き文字をコピーした紙が1枚入っていた。


同窓会のお知らせ…?


小学1年生の頃に学校の周年行事で埋めたタイムカプセルは、15年後の創立記念日に掘り出すことが決まっていた。
同学年の数人が発起人となって、タイムカプセル掘り出しを機に大規模な同窓会を企画します、と書いてあった。
家に届けに来た発起人たちは、当時の名簿を元に手渡しで手紙を届け回っている、と話していたそうだ。


同窓会か…

花純は手紙を見ながら少し考えた。
はるか昔に心の奥の隅っこに追いやったモヤモヤがほんの少しだけ顔を覗かせていた。
日程に問題がないかはまだ確実ではないが、それ以外に断る理由は特に見当たらない。

返事は発起人たちの誰宛でも、電話でもメールでも直接でも構わないと書いてあった。
発起人の中に自宅で中華屋を営んでいる友人の名前を見つけた花純は、まずは友人と話してから返事の内容を考えることにした。
時間はちょうど夕食どき、久しぶりの外食に出かけることにした。


「こんばんはー!」
ガラスの引き戸を開けて暖簾をくぐる。

「いらっしゃいませー!…あら?花純ちゃんじゃない?」
「はい、お久しぶりです。」
「あらあら!本当にお久しぶりね!!さあ、カウンターへどうぞ!」

何年振りだろうか。
出前を取ることはあっても店内で食事をするのは小学生以来だ。
変わらない内装、変わらないおばさんとおじさんの様子、そして店内は食事中の客で相変わらず賑わっている。
案内されたカウンター席からは厨房の様子が窺える。
厨房ではおじさんが鍋を振っていた。

懐かしいな。

「もやしそばと瓶ビールをお願いします。」
「ただいま戻りましたー!」

花純がオーダーをする声と重なるように入口の引き戸が大きな音を立てて開き、挨拶をしながらオカモチを持った青年が入ってきた。


「ユウキ、久しぶり。」
「え、あれ?いかちゃん??うわ、久しぶり!」
「元気そうだね。」
「元気元気!今日はひとり?」
「うん、おじさんのもやしそば食べたいなあと思って。」
「そっか!ありがとう、ゆっくりしてってね。」

ユウキは厨房へ入って行き、瓶ビールとゆでたまごとザーサイを持って戻ってきた。


「いかちゃんビール飲めるんだね。俺、実は全然飲めないんだよ、みんなにはいつも出前でスクーター乗るから飲まないことにしてるんだって言ってるけどね。」
「そっか、仕事で運転するなら飲んだらまずいもんね。」
「うん、だから飲まなくてもなんとか許してもらえてる。」
「えー、誰に許されなくても飲みたくなかったら飲まなくていいのにー!」
「そうできたらいいんだけどね…。」


ユウキはカウンターの向こう側で仕込み作業をしながら話し続けた。
町会の青年部で役員をやっていること。
役員の集まりで頻繁に飲み会が開催され、その度に飲めない酒を勧められて困っていること。
出前があるから酒は飲めないんだと言ってなんとか逃げてきたが、町会の慰安旅行ではその理由が使えなくて困ってること。


「飲みの席は好きなんだよ。でも、飲めないからなあ。飲む人たちからすれば、飲まない人が混ざってたら興醒めするだろうし、どうしたら乗り切れると思う?」
「うーん…そうだねえ、目の前にウーロン茶とお水で2つグラスを置いておくのはどうかな。」
「それって何か意味あるの?」
「2つ置いてあれば、ウーロンハイとチェイサーのお水だと思うんじゃない?ウーロン茶にお水足して少し色薄めにしておけばバッチリだよ。」
「へー!今度試しにやってみるよ、ありがとう!」

はい、お待たせ、もやしそば。
おじさんにカウンター越しで置かれたもやしそばは、キラキラと褐色に輝いていた。



「今度の同窓会、来れそう?」
「遅刻しても平気そうだったら行こうと思ってるよ。今日、その返事をしようと思って来たんだ。」
「そっか、よかった。ウーロン茶とお水試すから俺のこと観察してて!なんてな。」
「そんな観察はしないけど、見える所にいたらなんとなく気にしておくよ。」
「オッケー!そうしたら、同窓会連絡用に連絡先聞いていい?あと、同窓会用グループトークに招待して平気?」
「全然構わないよ、むしろ、わたしはそのグループに入っても大丈夫なの?」
「もちろん!」
「ありがとう。じゃあ、連絡待ってるね。おじさん、おばさん。ごちそうさまでした。またおじゃまします!」


今のわたしなら、あの頃よりみんなと「友達」になれる気がする。
モヤモヤはいつのまにか消えていた。
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登場人物紹介

吉井花純(よしいかすみ)


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