第5話

文字数 851文字

丈瑠は図書館が好きだ。
自宅から10分ほど歩いた場所にある図書館には、紙とインクと少しの水気を感じるひんやりとした空間の奥に、受付カウンターと二階へ続く螺旋階段があった。階段をのぼった先は学習や読書用の個別ブースで、誰でも受付で席の札を受け取ることで利用できた。窓辺の席は柔らかいカーブを描いたカーテンが優しい影を落とす。
誰にも邪魔をされない自分だけの時間が流れる窓辺の角席をとても気に入っていた。

「図書館に行ってくるね。」
リビングの扉をそっと開け、隙間から顔を覗かせて丈瑠は小さな声で両親に伝えた。
「図書館?ごはんまでには帰ってきなさいね、気をつけて行ってらっしゃい!」
母親は丈瑠の小声の理由に頓着せず、ドアの向こうの息子に声をかけた。
「お兄ちゃん待って!わたしも一緒に行きたい!」
二階から花純の声が聞こえた。
見つかってしまった。丈瑠は長い息をふぅ、と吐いて肩を落とした。

図書館に向かう道すがら、丈瑠はピクニックにでも行くかのように時折スキップをしながらついてくる花純にこう伝えた。

ねえ花純。
本を読むってすごく楽しいことなんだよ。
違う星に行ったり、魔法を使ったり、本の中の人たちはぼくたちができないことをいろいろやってるでしょう?
読むと、知らなかったことを知ることができる。知ることができたら、どういうものなんだろうって想像できる。想像ができたら、もうそれは読んだ人だけのものなんだよ。
たくさん読んでたくさん知って想像してたら、楽しくてあっという間に夕飯の時間だよ。

「お兄ちゃんと同じ本を読んでも、わたしとお兄ちゃんで違うお話なの?本ってすごいんだねえ。」
花純は踊るようにステップを踏みながらそう答えた。
「そうだよ。ぼくと花純で違う話になるし、花純が何回も読んだら読むたびに違う話になるよ。だから、何度読んでも楽しいんだ。」
丈瑠は前方の図書館から視線を動かさずに言った。
妹が図書館についてきても、ぼくだけの時間は守られそうだな。

丈瑠は振り返り、花純に右手を差し伸べた。
「さあ、一緒に本を読みに行こう。」
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登場人物紹介

吉井花純(よしいかすみ)


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