第16話

文字数 1,277文字

駅で小雪と別れ家に帰る途中で、花純は小学生の頃に園芸雑誌を読んだことがあったと思い出した。


花純が通っていた小学校には付属の農園があった。
農園は各学年ごとに区画わけされていて、低学年はジャガイモやさつまいも、中学年はへちまや大豆、高学年は稲作をしていた。
自分たちで植えて、育てて、収穫して、美味しく食べましょう、という方針が地域に根付いていた。近隣には体験学習のできる農業公園もあり、土いじりは馴染み深かった。
低学年がジャガイモを収穫する日は、給食室でポテトチップに調理されて全学年に振舞われるような食育も行われていた。

花純は四年生の頃、園芸係だった。日曜の朝放送されている園芸番組を観たり、相性のいい野菜、相性の悪い野菜などを本で調べたりした。

確か、トマトとジャガイモを一緒に植えると虫がつきやすくなるんだったっけ。
あんまり殺虫剤を使いすぎたら、野菜がダメになっちゃうかもしれない。
小雪さんの家のベランダも、植え方を変えたら良くなるかもしれない。

図書館で借りたのか買って家にあるのかは覚えていないが、その雑誌には小雪の役に立つことが書いてありそうだと花純は感じた。

もし家にあったら、アルバムを借りる時にわたしも雑誌を貸せる。あるといいな。

帰宅した花純は、制服をハンガーにかけてから廊下の本棚を探すことにした。


結局本は見つからなかった。

翌日花純は小雪から幾何学模様の紙袋を受け取った。
アルバム2枚と、おすすめの曲について書いたレポートを入れてあるから見てね。昨日はずっとおすすめ曲レポート書いちゃったよ、と小雪は笑った。

小雪さんはいつも笑っているなあ。
受け取った紙袋を持ってボーッとしていると、綾香が陽子の腕を引っ張りながらやってきた。

「ねえねえ、吉井ちゃん。今日、少し残ってみんなで勉強しようよ。みんなでやれば捗りそうだねって今話してたんだ。」
綾香はそう言って、花純の腕を掴んでブンブンと振り回した。
「いいねえ、わたしはあんまり遅くならなければ大丈夫。他に誰がいる?」
「今のところこの三人で、これから声かける感じだよー。」
綾香に捕獲されたまま、陽子がのんびりと答えた。

その日はクラスの半分ほどの人数が教室に残って試験範囲の勉強をした。
綾香の押しの強さはかなりのものだった。勢いに押されて断る理由が見つからずに残ったと思われる友人たちもチラホラいた。

項目で色分けしてカラフルにまとめられている綾香のノートはすごい。だから綾香はいつも大量のカラーペンを持っているのか。たくさんあっても、無駄なものなどないんだな。
陽子はびっくりするくらい文字が小さい。頑張らないと読めないくらいのサイズ感でびっしりと書き込んでいる。
これは、読めない。手先が器用で目がいいのかもしれないな。
花純は方眼マスのノートを好んで使っているが、それを友人たちは珍しがっていた。
小さい原稿用紙に書いてるみたいだね、と陽子は言った。本当だ、作家みたいだね、と綾香も言った。

その日小雪は、早めに帰らないと怒られるからと言って残らずに帰っていった。

試験の日が近づいてきていた。

雨の多い季節だった。



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登場人物紹介

吉井花純(よしいかすみ)


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