第12話

文字数 895文字

与えられた環境は花純が望んでいるものと非常に近かった。
誰も知っている人がいない、自分自身でゼロから人間関係を構築できる場所。
花純は高揚した。この学校は新たな門出に最適な場所だと感じてた。


花純が初めてこの学校を訪れたのは、入学試験当日だった。
敷地は小学校と比べ物にならないほど広い。6階建ての中高校舎と中庭、5階建ての芸術棟、道路を挟んで体育館とグラウンド。交差点の対角線上には講堂と大学校舎があった。

講堂には巨大なパイプオルガンがあった。なだらかなカーブを描く外壁の上方には、採光窓とステンドグラスが大きく位置していた。
中高校舎の建物は角ばった年代物で、建物の両端には鉄製の非常階段があった。教室内の暖房はスチームストーブ、廊下には火鉢が出されていた。
特筆すべきはトイレだ。高速道路のサービスエリアよりも数が多いのではないだろうか、1つのフロアに2か所、それぞれに30から40ほどの個室があった。そして、全てが女子トイレだった。
花純はこの年季を感じる校舎と大量のトイレがとても気に入った。トイレがたくさんあるこの学校がいい、と思った。


クラス分けの紙を渡され、自分の番号の席に座るよう促された。花純は黒板の座席表で自分の番号を確認し、教室内を見回しながら窓側の後方の席についた。やはり、知っている顔は誰もいなかった。

「みなさん、入学おめでとうございます!」
張りのある女性の声が響いてハッとした。ライトグレーのスーツを着た女性が教卓の前にいた。

このクラスの担任は青木という体育教師で、ダンスや体操が専攻らしい。
今後の流れや学校生活の説明、時間割の発表などを生徒たちがメモを取るペースに合わせて語った。
時折何人かの生徒の質問を挟みながら、穏やかにホームルームの時間は進んだ。

中学は科目によって先生が変わります。はじめの授業は自己紹介が続くので、今日の自己紹介は名前と住んでいる地域だけにしましょう。
ちょっとずつ知っていきましょう。

青木はそう言うと、廊下側の列の前から順に自己紹介を促した。
鳥の囀りのように少女たちの自己紹介は続いた。
清々しい気持ちで花純は深呼吸をし、席を立った。

「吉井花純です。」
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登場人物紹介

吉井花純(よしいかすみ)


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