第10話

文字数 944文字

膨大な量の活字を目で追い、脳内にインプットする。脳内で時間軸、人物、行動、感情、を分解して組み立てる。
すると、紙の上から文字が飛び出し、わたしの世界に色彩や音や温度を与える。
花純はその作業を何度も何度も繰り返し、繰り返すたびに物語の多様な登場人物を追体験した。


なぜ彼女はその花に手を伸ばした?触れてみたいと思ったからだ。
なぜ触れてみたいと思った?儚く瑞々しい花弁や柔らかな産毛を纏った葉の手触りを確かめたかったからだ。
なぜ手触りを確かめたいと思った?もっと知りたいと思ったからだ。
なぜもっと知りたいと思った?あの人が、その花を美しいと言ったからだ。
では、なぜ?
彼女がもっと知りたい、触れてみたいと思っているのは、花そのもののことではなくて「その花を美しいと言ったあの人」なのではないか。

花純はある日の秀実の言葉を思い返した。

いかちゃん、わたし、好きな人がいてね。その人たちのグループが、今日南公園で遊ぶって話してたの。だから、南公園に行けば会えるでしょ?あと、もしかしたら一緒に遊べるかもしれない。お願い、いかちゃんに協力してもらいたいの。

花純は秀実が「南公園に花純と一緒に行きたい」と思った理由、「協力して欲しい」という言葉の意味を考えた。
「うわ!そうか!」
時間差で理解し、花純は思わず立ちあがり声を上げた。


でみちゃんはユウキが好きで、わたしはユウキたちのグループとも仲がいい。
でみちゃん1人だとユウキたちのグループに一緒に遊ぼうって言いにくいけど、わたしがいればわたしが声をかけに行ける。
それに、ユウキたちはグループの誰かの家で遊ぶことが多いからなかなか公園で一緒になることはない。

あの日、でみちゃんは帰り道とても嬉しそうだった。
エビのしっぽをぴょんぴょんと跳ねさせて、楽しかった!いかちゃんありがとう!また遊ぼうね!と言っていた。

わたしはでみちゃんと遊びたかったから、どこでもよかったし誰がいてもよかった。
でみちゃんは、わたしと遊びたかったのも少しはあるかもしれないけど、わたしと遊びたかったわけではなくてユウキと遊びたかったんだな。
わたしはでみちゃんと遊べて楽しかったけど、でみちゃんはユウキと遊べたから楽しかったんだな。

花純は静かに座って本を閉じた。
体温が少し下がった気がした。
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登場人物紹介

吉井花純(よしいかすみ)


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