第29話「すっきりした翌朝」

文字数 1,441文字

 水の流れる音で僕は目覚めた。
おはよう。起こしちゃったかな?
 彼女は台所で皿を洗いながら僕の方に顔を向けた
いいんだ。幸せな目覚めだったよ。
それなら良かったわ。
 そう言って彼女は小さく笑いながら皿洗いを続けた。初めて見る笑顔だったが、とにかく彼女は今日も素敵だった。

 目覚めると、彼女が家にいる。

僕も何か手伝うよ。
ありがとう。

それじゃあ床に散らばってる服をまとめて、洗濯機を回してくれない?

 僕は床に散乱している服やタオルをひと通り見回した。
下着とかもあるけど平気?
今さら何言ってるのよ。
 彼女は照れながら笑い、皿洗いを続けた。僕は散らばった衣類を集めて洗濯機に入れた。部屋に掃除機をかけて洗濯物を干し終えると、僕はソファーに腰かけて休んでいた。彼女の方も片付けがひと段落したようで、僕の隣に座った。
そうだ、犬の散歩に行きましょう?
そうしようか。
 彼女らがいつも散歩しているルートで歩いた。川沿いの道、それから自然に囲まれた大きな公園。

 僕がリードを持たせてもらったが、柴犬は素直にいつも通り歩いてくれた。途中で、同じく犬の散歩をしている顔なじみのおばさんとはち会わせた

おはようございます。
あら、おはよう。

今日は彼氏さんと一緒なのね。

 おばさんは冷やかすように言った。
あ、いや、えっと。
 僕らは顔を赤らめて下を向き、もごもごしていた。僕は何も言えなかった。

 お互いの犬がじゃれ合っていたが、おばさんは自分のリードを引っ張りながら言った。

ほら、邪魔しちゃ悪いから行くわよ。


またね。

 そんな風にして定期ルートを巡回したところで、僕らは散歩を終えて家に戻った。

 僕らはソファーに座って一息ついた。犬も散歩に満足したようで、部屋の中にある小屋で休んでいた。

コーヒーでも飲む?
それじゃ、いただこうかな。
 彼女は電気ケトルでお湯を沸かして2人分のコーヒーを入れると、ソファーの前にあるテーブルの上に運んで来た。

 僕らはソファーに並んで座り、他愛もない話をした。彼女はコーヒーを飲んだりタバコを吸ったりしていた。彼女は灰皿の中にある長い吸い殻を見つけた。

ねえ、私のタバコ吸ったでしょう?
 彼女は僕の顔を覗き込み、からかうように微笑んだ。
ごめん。
いいのよ。
 そう言って彼女は僕の頬を小突き、吸っていたタバコをそのまま僕の口に咥えさせた。タバコに彼女の口紅が付いていたことに気づいて鼓動が速くなったが、僕は気にしていない振りをした。


 僕らがタバコを吸い終わって火を消したところで、彼女はコーヒーのマグカップを机に置いて僕の方を向いた。

ねえ。

 振り向くと、彼女は僕に口づけした。短い口づけだった。どちらから誘うでもなく自然と僕らは寝た。昨晩とは違い、僕らは落ち着いて丁寧にお互いを求め合った。


 その後、また並んで横になっている時、彼女と同じように僕もタバコを吸ってみた。その間はお互い何も話さなかった。2人ともタバコを吸い終わって火を消すと、彼女は僕の腕に顔をうずめた。いつの間にか彼女は眠っていた。ゆっくりと呼吸しながら揺れる彼女の寝顔を見ているうちに僕も眠っていた。


 先に目覚めた僕は、隣ですやすやと眠っている彼女の顔を眺めていた。彼女は僕の方に体を向け、赤ん坊のように安心した表情で目を瞑っていた。その寝顔があまりに愛おしかったので思わず頬を触ってみると、彼女はクスリと笑った。

ごめん。起こしちゃったかな。
いいのよ。“幸せな目覚めだったわ”。
 僕らは体を起こし、一緒に伸びをした。
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登場人物紹介

“不完全”な僕。世界から色が消え、ただ時が過ぎるのを待っている。

”完全”なクラスメイトの女の子。僕とは真逆の存在。

僕の母。父と2人で猫カフェを経営している。

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