第19話「再び手を繋ぐ。」

文字数 956文字

あなたは私の大事なものを取り戻してくれたのよ。
 お互いに何かを考える間、少しの沈黙が訪れた。
ねえ、私が泣いた時、どう思った?
 僕はその時の様子を思い出してみた。左隣の席で彼女は顔を抑えながら泣いて、僕は何もできずにうろたえていた。
こんなに素敵な人を泣かせちゃいけない。僕が守らなければと思った。

 気が付けばそんなことを言っていた。僕は自分の発言を思い返して恥ずかしくなった。彼女は僕の目を見つめて優しく微笑んだ。

ほら、あなたも優しい心を持っているのよ。


あの時、私もあなたの本音を聞いて"この人を守らなきゃ"と思っていたら涙が出てきたのよ。

 顔が熱くなった。何と返答すればいいのか分からずに僕は黙っていた。
そろそろ行きましょう?
そうだね。
 再び並んで歩き始めた。僕らはお互いに自然と手を握っていた。先ほどよりは緊張も薄れ、僕は彼女の顔をたまには見れるようになっていた。

 僕らの関係は何と分類されるのだろうか。手を繋ぎながら歩いているが、正式に告白はしていないからカップルとは言えないのか。でも“付き合ってほしい”なんて言えない。そんなことをぐるぐる考えながらしばらく歩いて行くと、よく知っている大通りに着いた。

ここに繋がっていたのね。見慣れた川なのに気が付かなかったわ。
 僕らは同時に立ち止まり、辺りを見回した。
少し歩いたらバス停もあるし、私はここで帰るね。
 繋いでいた手が離れた。離れてしまった。
バス停まで送るよ。
いいの。

今日は楽しかったわ。本当にありがとう。

 彼女はバス停の方に歩き出しながら言った。突然の解散を切り出された僕は寂しくなり、もう少し一緒にいたいと伝えたかったが、
こちらこそ、楽しかったよ。
また月曜日、学校でね。
そうだね。帰り道、気を付けて。
 彼女は小さく手を振ってからバス停の方に歩いて行った。その背中をしばらく眺めていたが、僕も自宅の方角に向かった。

 僕は帰りながら今日のことを一生懸命ふり返ってみた。

 喫茶店。彼女と僕の共通点。川沿いを手を握りながら歩いた。突然の解散、もう少し一緒にいたかった。幸せな気分と、心の一部分が抜け落ちたような喪失感が半々。

 家に帰ってしまえば、こんな風に彼女と一緒にゆっくり過ごすことはもうできないような気がする。僕は長く寄り道しながら帰宅した。


 次の月曜日。

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登場人物紹介

“不完全”な僕。世界から色が消え、ただ時が過ぎるのを待っている。

”完全”なクラスメイトの女の子。僕とは真逆の存在。

僕の母。父と2人で猫カフェを経営している。

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