第30話「思い出」

文字数 875文字

お腹空いてない?
空いてる。
何か作るわ。
僕も手伝うよ。
いいのよ。座ってて。
わかった。じゃあお言葉に甘えて。

 彼女は台所に行き、料理を始めた。僕はソファーに腰かけて、彼女の部屋を眺めていた。それからボールを投げて柴犬と遊んだりしながら料理の完成を待った。

 しばらく待っていると料理ができたらしく、2枚の皿を不安そうに両手で抱えながら彼女がやって来た。メニューはオムライスだった。

お待たせ。
美味しそうだね。
さあ食べましょう。
 彼女の手作りオムライスはとても美味かった。主張がなく庶民的で優しい味だった。
すごく美味しいよ。なんだか懐かしい味だ。
良かった。
 彼女は安心したようにオムライスを口に運んだ。やはり彼女はとても美味しそうにご飯を食べる。
そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。
 そう言って僕の頬を小突く。そんなやり取りをしていると、僕は高校生の時に彼女と行った喫茶店を思い出した。コップの水を飲んでから彼女が言った。
高校の時、2人で駅前の喫茶店に行ったのを覚えてる?
ちょうど今、そのことを考えてたんだ。
そこで食べたオムライスがずっと心に残っていてね、何とかあの味に近づけようと試行錯誤したのよ。
なるほど。
それでね、これを食べる度にあなたのことを思い出していたの。
 彼女は再びオムライスを食べ始めた。それからは2人とも思い出に浸るように黙って食事した。
ごちそうさま。本当に美味しかったよ。
お粗末様でした。
 彼女は食器を台所に持って行き、2人分のコーヒーを持って戻ってきた。
飲むでしょう?
うん。ありがとう。
 そうして僕らは黙ってコーヒーを飲んだり、タバコを吸ったりして過ごした。彼女は自分の口元を触ってしばらく何かを考えてから言った。
彼との別れ話なんて聞きたくないわよね。
僕は構わないよ。でも君は話したくないんじゃないの?
いいのよ。終わったことだから。ただ、あなたには話しておきたいの。
 彼女は僕の目を真っ直ぐ見た。
わかった。じゃあ聞くよ。

でも話したくないことは無理に言わなくていいから。

ありがとう。
 彼女はタバコを一口吸い、思考を整理してから話し始めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

“不完全”な僕。世界から色が消え、ただ時が過ぎるのを待っている。

”完全”なクラスメイトの女の子。僕とは真逆の存在。

僕の母。父と2人で猫カフェを経営している。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色