第12話「幸せそうにご飯を食べる。」

文字数 1,151文字

 おそらくこの店は夫婦で経営しているのだろう。同じく60歳ほどの男性が厨房で料理を作り始めた。その様子を眺めながら、彼女が雑談を始めた。
あなたは料理とかするの?
たまにね。両親が忙しい時なんかは。
男の子なのに珍しいわね。
暇だからね。
一旦、会話が途切れる。
君は料理するの?
うん。気が向いたときはね。
君は料理してそうだと思ってたよ。
“暇だからね”
 彼女はニヤリと笑いながら僕の真似をした。我々は目を合わせて笑い合った。
最近になって気づいたんだけど、あなたってよく笑うのね。
そうかな?
 僕がよく笑う?

 10歳で世界に絶望してから、僕は笑った記憶なんてなかった。だが確かに今は自然と笑っていた、心から。自分のことは自分で見れないから、もしかしたら僕は普段から彼女の前で笑っていたのだろうか。

 ぼんやりと自分のことを振り返っているうちに料理が届いた。一旦は僕の方にオムライス、彼女の方にシーフードパスタが置かれた。そして僕は取り皿を1つ頼んだ。彼女は料理と僕の顔を順番に見た。

取り皿は1つでいいの?
オムライスを半分にして取り皿に乗せる。その空いたスペースにパスタを乗せるんだ。
彼女はクスリと笑った。
なるほど。あなた数学が得意だからね。
それって関係あるのかな?
 そうして僕らは2つの料理を平等に分け合い、食べ始めた。

 彼女はとても美味しそうに、そして幸せそうにご飯を食べる。僕は気が付けば自分が食べるのを忘れて彼女を眺めていた。

そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。
ごめん。
 まただ。僕は慌てて顔を横にそらした。仮に僕が車を運転している時に歩いている彼女を見かけたら、確実に脇見運転で事故を起こす自信がある。それくらい僕は無意識に彼女を見てしまっている。
私ってそんなに可愛い?
彼女はからかうように僕の目を覗き込む。
うん。
僕は彼女の目を見れずに、顔を熱くしながら小さく頷いた。
ありがとう。
そう言って僕の頬を小突く。
ほら、食べましょう。

 僕は先にオムライスを何口か食べ、それからシーフードパスタを食べてみた。どちらもすごく美味かった。オムライスは主張がなく庶民的で優しい味だった。シーフードパスタの方は上品さもありつつ、やはり庶民的で美味かった。

 ほぼ同時に僕らは食べ終わると、彼女は再びメニュー表を広げて言った。

カフェオレでも飲もうかな。あなたも何か頼む?
僕はアイスコーヒーにするよ。
 彼女が2人分の飲み物を注文すると、およそ5分後に飲み物が運ばれてきた。しばらく黙って飲んでいると、彼女はストローから口を離して言った。
いつもあなたはブラックなのね。
いつも?

そういえば、この前も君はそんなことを言っていたような。

そうね。
どういうことなの?
    彼女はカフェオレをもう一口飲んでから言った。
私のこと嫌いにならないでね?
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登場人物紹介

“不完全”な僕。世界から色が消え、ただ時が過ぎるのを待っている。

”完全”なクラスメイトの女の子。僕とは真逆の存在。

僕の母。父と2人で猫カフェを経営している。

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