最終話「不完全なまま世界を歩く。」
文字数 1,188文字
同棲を始めてから1年の時が流れた。僕らは彼女のお母さんが働いている動物保護施設から猫を一匹引き取り、元々飼っていた柴犬と合わせて4人暮らしを始めた。
2月になり、ある休日の昼間。我々はいつも通り公園のベンチに座って世界を眺めていた。すると彼女が突然、自分の鍵から猫のキーホルダーを外して僕に手渡した。
しばらく受け取った猫のキーホルダーを眺めていると、彼女は僕の目を見つめた。
僕も彼女の目を見て答えた。
僕らは人目も気にせず公園のベンチに座ったまま口づけした。
そう言って頬を小突く。
それから川沿いの道を並んで歩いていると、彼女は鍵に付いている犬のキーホルダーを眺めながら言った。
いつも通り、からかうようにこちらの顔を覗き込む。僕もいつも通り顔が熱くなって下を向く。
彼女は言葉を空中に置いた。
彼女はそう言って犬のキーホルダーに付いている鈴を2回鳴らした。
歩いている僕らの足元で、人知れず綺麗な白い色の椿が咲いているのを見つけた。僕らは歩くのを止めてしゃがみながらその花を眺めた。
本当は知っていた。それは代表的な赤い椿の方で、白い椿の花言葉は「完全なる美しさ」だ。なぜ僕がそれを知っているかと言うと、彼女にプレゼントするため色んな花について調べていたからだ。
でも彼女に花をあげる必要はないような気もしている。不完全な彼女は、すでに“完全なる美しさ”を身に着けているからだ。そもそも彼女より綺麗な花なんてどれだけ探しても見つけられない。
この世で生きる意味はあるか。世界に色はあるか。彼女と出会ってからそんなことは考えなくなっていた。僕らは不完全なまま、互いの手の温もりを確かめながら歩き続ける。
終