第32話「生きる意味」

文字数 637文字

ごめんね。
 彼女は僕の涙を拭い、優しく頭を撫でた。
いや、辛い思いをしたのは君の方なのに。
いいのよ。

私を想って泣いてくれたんでしょう?

ありがとう。

 彼女は僕の額に口づけした。僕が泣き止むまでの間、彼女は黙って僕の頭を撫でたり頬を触ったりしていた。
あなたが泣いているところを見たのは2回目だわ。
君が僕の感情を取り戻してくれたんだ。
私と同じね。
 彼女は僕の頬を小突いてから先程の話を続けた。
そうして再び世界から意味が無くなった私は大学にも行かず、家にこもるようになった。前のように“いい子”でいることはできなかったわ。もう疲れたのよ。それで昨日の有り様だったってわけ。
同窓会には無理して来てたんだね。
そう。あなたに会えるかもしれないと思ったから。
僕もそうだよ。
大学には行かずに引きこもっていたけれど、犬の散歩だけは欠かさず行っていたわ。あの子だけが唯一の救いだった。
 彼女は犬がいる方の部屋を見てからタバコに火をつけた。
このタバコもね、彼が吸ってたから私も同じのを真似して吸い始めたの。彼に絶望して別れたのに今でも止められないなんて馬鹿みたいでしょう?
 彼女は皮肉っぽく笑った。
タバコを止められないのは仕方ないよ。ニコチンは依存性が高いから。
そういうことじゃないわよ。
 彼女はクスリと笑い、また僕の頬を小突いた。
あなたのそういうところ好きよ。
 そう言って彼女は吸いかけのタバコを僕の口に咥えさせた。
あなたが私の感情を取り戻したから、再び世界に絶望することになった。あなたのせいよ。
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登場人物紹介

“不完全”な僕。世界から色が消え、ただ時が過ぎるのを待っている。

”完全”なクラスメイトの女の子。僕とは真逆の存在。

僕の母。父と2人で猫カフェを経営している。

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