第2話「彼女は“完全”」

文字数 1,132文字

 高校3年生。僕は同じクラスにいた1人の女の子に圧倒され、魅了された。


 簡単に言うと彼女は魔性の女だ。容姿は誰が見ても美人、常に明るくポジティブで、誰に対しても平等に優しく、おまけに成績も優秀だった。生徒、教師、男女問わず誰もが彼女の笑顔に惹きつけられていた。彼女の周りには常に人が集まり、ひと時も笑顔を絶やさず全員に対応していた。まるでテーマパークのスタッフみたいだ。

 

 彼女は"完全"だ。少なくとも僕にはそう見えた。そして不完全な自分とは真逆に位置する人間だと思った。いつの間にか僕は彼女のことを目で追うようになっていた。僕は家に帰り、閉店後の1階で撫でている猫に話しかけてみた。

あの子と僕は何が違ったのかな?

    猫は小さく鳴いて、僕の足に頭突きした。

    数日後。音楽の授業が終わり、僕が最後に教室を出ようとしたところで先生に声をかけられた。

これ、引き出しの中に忘れてたから渡してあげて。

手には1冊のノートがあった。彼女のものだった。

わかりました。渡しておきます。

 僕はノートを受け取り教室を出た。平然を装っていたが、彼女と初めて話すことを想像した僕の鼓動は急激に速まっていた。


 彼女はどんな字を書くのだろうか。ノートを開いて見てみようかと思ったが、それは人として絶対にしてはいけないような気がしたので止めた。浦島太郎。


    緊張しながら教室に戻り、彼女の席を見た。幸いにも周りの人だかりはいなかった。僕は全力で平然を装い彼女にノートを手渡した。

これ、音楽室に忘れてたよ。
ありがとう。わざわざごめんね。
構わないよ。引き出しの中に入ってたらしい。

 僕はこんなに近くで彼女の笑顔を見たのは初めてだったので、再び圧倒されていた。ましてや僕に向けられた笑顔だ。僕は呆然として時間が止まっていた。そんな自分に気づいて慌てて席に戻ろうとしたところで、彼女は僕を呼び止めた。

あのさ、数学を教えてくれない?
また時間が止まり鼓動が速くなった。一瞬、言葉の意味がよくわからなかった。
いいけど、なんで?
"なんで僕なんかに頼むのか"という意味だ。
数学、苦手なんだよね。あなたは得意そうだと思って。

ダメかな…?

役に立つかは分からないけど、僕は構わないよ。
ありがとう。今日の放課後でもいい?
問題ないよ。
じゃあ放課後、教室で。

楽しみにしてるね。

    楽しみ?いや余計な期待はしないでおこう。


    僕は期待と不安に胸を膨らませながら自分の席に戻った。その後の授業は頭に入らなかった。"数学なんて勉強して何の意味があるの?"と学生はよく言うけれど、少なくとも今の僕は"数学を勉強しといて良かった"と確信している。


    17時。放課後のチャイムを合図に僕の鼓動は一気に速くなった。

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登場人物紹介

“不完全”な僕。世界から色が消え、ただ時が過ぎるのを待っている。

”完全”なクラスメイトの女の子。僕とは真逆の存在。

僕の母。父と2人で猫カフェを経営している。

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