くびおとし

文字数 2,051文字

鬱蒼と、ひっそりと。月ひとつない静かな夜の気配に包まれる道を行くは、ぼんやりと闇に輪郭を溶かしたふたつの影。
怪しげな屋台の並んだ通りに辿り着けば、朗らかな表情で会話をしていた少年は一転、口を閉じ、不快そうに眉を顰めた。
「……昼とは違うみたいだ」
それにつられて屋台を見やれば、何やら物騒な暖簾が連なっていた。
通りの始めで足を止め、白髪の男はぽつりと呟いた。
「……何やら、不穏な感じだね?」
結と遥は夜の屋台通りを訪れていた。
昼とは違う異様な雰囲気に包まれたこの道、警戒心は深まるばかり。馴染みのない名前は一層に不安を煽る。
それらに順に目を通していた結は、ふと、あるものの前で立ち止まった。
「くびおとし?」
「昼には見なかったな、どういうやつなんだろ?」
首を傾げながら、意見を求めるように遥に視線をやる。
「……くび、か。こんな名前だし、だるま落としみたいな遊びなのかな?見てみようか」
遥も真似るように首を傾げる。
「ちょっと気になってたし!お金ないけど遊べんのかなあ」
うーん、と唸りながら、結は屋台の方を見た。
果たして、どのような遊びなのか。興味がそそられた、ただそれだけだ。
そうしていると、屋台の主の立つ位置にいた靄がゆらゆらと形を変え、傍らに置かれていた木の板を指さした。すると、墨が広がるように中央から絵が浮かび上がってきた。どうやら、遊び方の説明らしかった。結と遥は揃って覗き込む。
だるま落としの要領で、刃物を振るって人形の首を落とすようだ。綺麗に首のみを落とすことが出来れば成功らしい。刃物と、切り離された首がコミカルに描かれている。
「……幾見さん!ちょっとだけ遊んでみてもいいか?」
「成功したら、なんか良いもの貰えちゃったりとかしそうだし!」
「……うん、いいよ。危なさそうなら僕が止めるから。刃物で怪我しないでね?」
遥はそう言いつつ、予期せぬ危険を回避出来るようにと、結のすぐ傍に移動した。
──所詮、遊戯に過ぎない。
それに、成功すれば何か良いものも貰えることだろう。これが本当に、'' 屋台の遊戯 '' であるとすれば。
金が不要なことに安心しつつ、結は遊ぶ意思を表明するように靄を真っ直ぐに見た。
ことり
結の目の前に人形が置かれた。それは木で造られた荒削りな人形で、しかし驚く程に、結の容貌そっくりだった。
刃物がある。これを使えと言わんばかりに置かれた、刃の大きなものだ。
結は目の前の人形を見遣る。その見た目に、ぞくりと背筋に悪寒が走る。これの首を落とせと言うのだから、悪趣味にも程がある。
皮肉げにそう思うも、やけに鼓動が高鳴るのを結は感じる。ただの遊戯だろう、何を心配する必要が。それに、首を落とすだけだ。これほど簡単なこともないだろう、万にひとつも、失敗など──
──もし失敗したら、どうなるんだ?
結の頬を、冷ややかな汗が一筋伝う。もし上手く出来ず、隣の相手に害が及ぶようなことがあれば、それに、そう、自分が 死 ぬ ような こ とが あ れば ?
思考を払うように首を横に振る。やるべきことはひとつ。試してみなければ何も分からない、何も分からないことが最上の恐怖なのだ。
深く大きく息を吸って、吐いて。
僅かに震える手に力込めて、刃物を、横に薙ぐように、人形の首を目掛けて振るった。
スッパリと、まるで辿る軌跡が決まっていたかのように、全くつかえることなく滑らかに刃が通り、一拍遅れて人形の首が胴から離れる。宙に舞ったそれは、ごとりと鈍い音を立て、落ちた。
「……なんだ、案外簡単じゃん!」
ほっと安堵の息を吐き、結は朗らかな笑顔を浮かべた。
と、その時、
がら ん ! がら ん! が らん! と祝うように、やけに大きく鐘が鳴る。ぴたりとその音が止むと同時に、目の前の靄も、刃物も、切り離された頭部も、一切合切が、空気に霞むように姿を消した。
ただ机の上にひとつ、何かが残されていた。
「なんだ、これ……」
結は困惑しつつ、 それ を見る。
ひどく古びた、端のほつれた小さなお守りが置かれていた。
結の横からそれを覗き込み、遥は口を開く。
「……何、お守り? 景品ってことかな」
「け、景品~……?なんかいいことでも起きたりとかあるのかな」
「なんのお守りなんだろうね」
結はそのお守りをてのひらに乗せ、遥と共に訝しげに見つめた。
安全祈願とでも書いてあれば、と結は思ったが、その思いに反して、裏も表もただ朱の布で覆われていた。
「なんも書かれてねえや。あっ、幾見さん……これ、俺持っててもいいか?」
「うん、いいよ。櫻堂寺くんのだしね」
「あざます!なんかいいことありますよーに!」
手に取り、さて戻ろうと足を一歩、踏み出す。結に続いて遥も歩き出した。
すると、結の視界がぐるりと反転した。
鈍い痛みが頭に走り、思わず目を閉じる。
開いてまず映ったのは、目を見開いた遥の姿。そしてその隣に居たものに、結は驚愕した。
結は自分の姿を見上げていた。
頭のない自分を見上げていた。

◎結果
幾見 遥──五体満足
櫻堂寺 結──頭部の解離
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