ほねぬき

文字数 2,304文字

「……それで、そのアヤシー屋台で遊ぶわけ?」
「うん、物は試しと言うし、折角だから遊んでみようと思ってね!」
「あっそー……どうなっても知らないよ」
投げやりにそう言ったのは四条 留。心底面倒臭そうに、明後日の方向を見ながら答えた。
ちらり、屋台に目を遣る。『ほねぬき』と書かれた暖簾の下で、靄がゆらゆらと立っている。そしてその手元には、禍々しい気配を放つ木箱。
顔を顰める留とは対象的に、灯は目を輝かせてそれを覗き込んでいる。口元には笑みさえ浮かんでいた。
「大丈夫!とは言えないが死ぬ気はないさ。こんな面白いところだからね、今死ぬのは勿体ない、……と、そう言えば身代わり何とやらを渡されたが……ま、何はともあれ、遊戯だ」
灯が視線を上げ、靄に対し笑みと共に口を開く。
「一度、お願い出来るかな?」
靄はぼんやり頷くと、ゆらゆらと輪郭を変え、傍らに置かれていた木の板を指さした。
すると、墨が広がるように中央から絵が浮かび上がってきた。どうやら、遊び方の説明のようだ。
断面を見せるように縦に切られた腕から、置かれたナイフを使って、肉から骨を取り出すようだ。肉を残さず、骨を傷つけず、綺麗に取り出せたら成功らしい。
ナイフと腕と骨が、コミカルな出血と共に描かれている。
「……へえ、これは中々」
興味深い、というように灯は目を細める。その横で、留はうげ、と嫌悪を顔に浮かべた。
「ルールは把握した。さあ、やってやろうじゃないか」
灯は挑むような面持ちで靄を真っ直ぐに見た。
それを受け止め、靄はそばにあった長細い箱を灯たちの目の前に置き、蓋を開けた。
中には、作り物にしてはやけにリアルで生々しい右腕が入っている。どうやらこの腕から骨を取れ、ということらしい。
「ほねぬき、ってそのまんまだね。ナイフを使えば良いんだね」
具合を見るように、灯は身を乗り出して腕を覗き込む。しばらくそうして、ふは、と薄く笑った。
「ナイフは使いなれてるから助かるよ。作業も、そうだね、過去にやったことの一つだ」
「……なんかすごい不穏なこと聞こえたんだけど。はぁ、まあ慣れてんなら早く終わらせたら?」
「はは、気のせいだとも!うん、そうしようかな、とはいえ油断は禁物だ。慎重にやるとしよう」
灯はナイフを持ち、慣れた様子で、くるりと手の中で回した。それを留は何とも言えない顔で見ている。
「好きにしてよ。あたしはなんもしないから」
「了解だ!よし」
灯は袖を軽く捲って、いざ取り掛からんとナイフを構えた。
その動作は確かに、慣れていると公言するだけあって見事なものだった。
静かに、正確に、素早く皮を裂き、肉を抉り、神経を掻き分け、骨を取り出す。灯の目には何の感慨も無く、ただ冷ややかに、目の前のものを見つめている。
手首から先しかないにも関わらずに噴き出た大量の血液で、灯のてのひらは真っ赤に染まっている。
灯はナイフを置き、ピッと手の血を振り払った。
机の上には、赤を纏った乳白色の塊と、ぐちゃぐちゃになった肉と皮の山が出来ていた。
「……えっっっぐ……」
極限まで顔を顰めている留に対し、灯は事も無げに言う。
「人の中身なんてそんなものだ。僕もこれはあまり好きになれない。とはいえ、これでクリアなんだろうか。一応骨は取り出したけれど……」
「いーんじゃない?てか、これ以上どうしようもないでしょ……」
靄は精査するように、取り出された骨をじっと見るような仕草をしている。
がら ん!が  らん!が ら ん!
突如、祝うようにやけに大きく鐘の音が響いた。それを発するものは、宙でゆらゆら揺れている。
ぴたりとその音が止むと同時に、目の前の靄も、刃物も、切り離された部分も、一切合切が姿を消した。
「ああ、消えてしまった!まだ気になることが山ほどあったのだが……おや?」
せめて些細な痕跡でも、と身を乗り出し机を眺める灯の目に、それは映った。
指先ほどの小さな鈴が、ぽんとひとつ、残されていた。
「……鈴?なんだろうね、これ」
「鈴……ね、わかんないけど、あたしはいらない」
「そう?なら僕が貰おう!使い道はわからないけどね!」
「そ。お好きにどうぞ」
無関心に留はそう言う。それを受けながら、灯はてのひらの上を転がる鈴を興味深そうに眺め、ポケットに仕舞い込んだ。
「さて……景品もこれくらいだろうし、別のところへ行っても良さそうだね」
「……まだあたしも一緒に行くの?」
「ううん、随分つれ回してしまったから……どちらでも良いとも。君にだって予定はあるだろうからね」
「予定……予定は、別にないけど……こんなところであるわけもないし……」
「それもそうだけど、帰るためにどうするか、とかあるだろう?帰りたくないのなら話は別だがね」
ぴく、と留が反応する。灯を見る目つきは鋭くなり、声色には嘲笑と怒気が混ざる。
それとほんの少しの、諦観も滲んでいる。
「……出れるわけないでしょ?ここから。あんただって散々探したんじゃないの?」
その変容に灯は片眉を上げて、答えた。
「探してはいるが、全て見て回ったわけではないからね。どこかにあるかもしれないだろう?」
しばらく留はそうして灯のことを見ていたが、やがて興味を失くしたように、元の無気力な瞳に戻った。
「まぁ、好きにすれば?ほら、どっか行くんでしょ」
「そうだね、好きにするとしよう!」
そう一歩足を踏み出した時、片腕に違和感が走る。内側を虫が這うような感覚、ぞわぞわと背を撫ぜる悪寒。ずるり、何かが腕を滑り落ちる。見れば、肉を抜け、皮膚を抜け、白いものが重力に従って落ちている。言葉を挟む間もなく、ごとり、それからばらばらと、それは地に身をつけた。
骨だ。

◎結果
紅花詰 灯──上腕から先の骨の損失
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