紙片に帰す

文字数 1,639文字

暗闇に、ぼんやりと白色が輝いている。僅かな光を受け、まるで浮き上がっているようだ。
艶やかな白髪を揺らし、しろは鳥居の片足のもとで何かをしている。どこかから取り出した紙と糸を繋ぎ、くるくると器用に鳥居に巻き付ける。朱を潰すように、地表近くは白い紙が隙間なく取り付けられている。
頬に微笑を浮かべたまま作業を繰り返していたしろの手が、突然、ぴたりと止まった。
ゆらりと立ち上がり、僅かに目を細め、しろは鳥居の向こう、本殿側からこちらを睨みつけている ''彼女'' を見つめた。
『 』
生ぬるい風に木々がざわめく。しろの口から発された声をかき消すように、空気は一斉にいなないた。
"彼女'' はそれが聞こえたのか、一変、頬を紅潮させ、怒号と共にしろに近づいた。
しろは悠々とした様子で、笑みを深めてゆらりと一歩、踏み出した。
鳥居をくぐり、石畳、冷ややかな音がかつかつと響く。
対峙した。
手を伸ばしても届かぬ、ひとつ歩まねば届かぬ距離で、対峙した。
「またあんた?いい加減、無意味ってわかりなよ」
"彼女'' は怒りに真っ赤な顔のまま、皮肉げにそう言い放つ。
しろはにこにことした顔のまま、何も言わずに見つめる。
その態度が癇に障ったのだろう、''彼女'' は倒れ込むようにしろに近づき、 なにか を突き立てた。
しろの胸に、大きな包丁が深く埋まっている。
時が
止まったようだ。
『──あは、あはははははははははは!!!!』
静寂を切り裂いたのは、気の狂ったような笑い声だった。
『無意味はあなたの方でしょう?何時までそうするつもり?』
しろは 血 の ひ と つ も 出 て い な い 胸元を見下ろし、冷笑した。
「黙れ!」
"彼女'' は握り締めた柄に更に力を込めて、叫んだ。
「あんたみたいなごみ、さっさと消えた方が いいんだよ!」
「 クダリ様 にかかれば、あんたなんかすぐに 塵芥になる」
勢い込んだ '' 彼女 '' の身体が揺れる、それに合わせ
ちりん、と鈴が鳴った。
がら
がらがら
がらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがら
その音に呼応するように、本殿に取り付けられた無数の木簡が、風もなく揺れ始めた。お互いとお互いがぶつかり合い、耳障りな音が鳴る。
にやりと ''彼女'' は口角を上げた。
ずるり、と、闇に黒く染った地面から、何かが真白なしろにぐるぐると巻きついた。





多数の黒い腕のようなものが、ぎちぎちぎちぎちぎちとしろを締め上げる。
ぺきぺき ぱきり
ぱき こきこき ぺき
ごきんっ
軽く可笑しな音と共に、しろの四肢が 首が 有り得ない角度に折れ曲がった。
糸の切れたように、しろの首が後ろにぐたりと倒れこむ。しかしそのまま、しろは 悠々と''彼女'' を見下ろす。見下した瞳で微笑んだ口を開く。
『嗚呼、可哀想、可哀想。何時までもそうしているといい』
『そうして何時か、死ぬがいい』
『さようなら──四条 留』
びりっ
と、何かの破れるような音と共に、しろの姿は闇の中に、白の絵の具が溶けるように掻き消えた。
四条留は、その場に残された包丁を拾い上げ、両の手でひしと、祈るように握り締めた。
「……くふ」
「ふふ、ふふふっ ふは」
「あははははは!!それで?それで?偉そうなこと言って呆気なく消えて?」
「ただのごみのくせに」
「やっぱりクダリ様にはどんなものも敵わない!」
「素敵、素敵!クダリ様こそ、この上なく素晴らしい、完璧な、万能の神様!!」
留は恍惚とした表情で虚空を見上げた。
セーラー服を揺らして、楽しげにくるりと回る姿は、
恋する少女そのもので。
胸の前で、留は包丁を握り直した。
そうして歌うような、祈るような、
身から毀れた愛を囁くような
声色で言った。
「クダリ様──御身にまみえるその日を、心待ちにしております」
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