序幕

文字数 4,159文字

『贄の鼠は行き止まり、進む先なく袋小路……』
『憐れ鼠は行き詰まり、進む道なし明もなし……』
奇妙な節回しの歌が耳の奥で響いている。
浮遊するような感覚が段々と遠のいていき、代わりに痺れるような痛みが頭をぎゅうと締め付ける。次第に醒める意識に伴い、僅かな違和感が少しずつ少しずつに浮き彫りになっていく。
──ここは、何処だ?
暗い和座敷、火の消えた行燈が四隅に置かれた静寂の空間。
見渡せど闇、手の先は無明。ただひたすらに空を切る。
「暗くて何も見えねえな」
誰かの発した声に応えるよう、ぱっと行燈に灯が宿る。ハッと息を呑む呼吸に初めて、仄かな光に照らされた、己の他の顔を見た。
確かに先刻まで、自分たちは見慣れた場所に居たはずなのだ。しかしここは何処だ、視界に入るのは今ではあまり見ることのない、違い棚やら掛軸やらだ。
何処か知らない場所へ飛ばされたのだと、脳裏をするりと、そんな非現実的な思考が通る。
「信じられない……なんなのですか、この意味のわからない現象は!?」
制服を揺らし、少女は不可解さへの怒りを顕にする。
「ふざけるな!冗談じゃない、このトンチキな場所から早く出せ!」
瞳を揺らし、少年は行き場ない怒りを宙に投げる。
憤りは不安となり、伝播する。口々に、それをかき消すように声を発する。ざわめき、ざわめき、何もかも掻き消えてしまう人の声。
ぱん、と乾いた音がした。
くるりと首を向ければ、サングラスをかけた男性がひとり立ち上がっていた。口元は優しげに笑みを浮かべているが、黒を基調とした服にサングラスという風貌はあまりにも怪しげに映った。どうやら彼が手を叩いたらしい。
「一回、落ち着こう。そうしないと何も出来ないからね。そうだな、まずは……」
「自己紹介とか、どうかな」
小さく手を挙げた白髪の青年は、不安の滲んだ顔つき一同の様子を見回し、微笑みと共に言葉を続けた。
「僕は、幾見 遥。帰ってる途中気づいたらここに」
(投下)
気遣うように、遥は言った。髪の隙間から覗く瞳には柔らかな光が浮かんでいる。
それを聞き、続くように、手を打った男性も言った。
「卯月 了。休暇中だけど警官……お巡りさん。よろしく」
(投下)
了はそう言ってその場で敬礼をしてみせる。その様相は、警官という言葉から想像する姿からは程遠かったが、それは了本人も理解しているようで、ポケットから出した警察手帳を遠慮がちに見せている。
「俺は櫻堂寺 結!学生だ」
(投下)
結は明るく声をあげた。気さくな性格の全面に現れた笑顔を見せている。
お前は?と問うように、視線を結に投げられた青年は、礼儀正しく、ともすれば無愛想とも思われるような声色でそれに応えた。
「反橋 陽彦だ。商業科高校三年。よろしく」
(投下)
にこりともせず陽彦は言葉を区切り、黙り込んだ。
例に倣うように、少女は姿勢を正し、声を発した。
「はじめまして、私の名前は六田 舞湖。『舞う』に『湖』と書いて ''まこ'' と読みます。年は十八歳、高校三年生です。校内では生徒会長を務めております。……こんなところでしょうか。どうぞ宜しくお願い致します」
(投下)
言葉通りの慣れた様子で、舞湖はその後一礼し、自分の挨拶を締めた。
自分の番と思ったか、女性は右手を挙げて口を開いた。
「ボクは黒川 朱里。あかりんって呼んでもいいよ?」
(投下)
明るい調子で朱里は言った。髪に隠れていない右目で周りを見渡し、にこりと笑ってみせた。
その流れに、面倒くさそうに浅く息ひとつ、くいと顎を上げて青年は口を開く。
「俺は院瀬見 大和っつーもんだ。大学生だが、一応兼業で印税を貰う仕事もしてるぜ」
(投下)
大和は崩した足に肘をかけ、隣に座る少年を見やる。
それを受け取り、少年は人あたりの良い笑みを浮かべて言った。
「どうも初めまして、城取 暖某です。変な名前ですよね」
(投下)
場を和ませるように、暖某は後ろ頭をかきながら笑った。
順番が来たと悟ると、少女は薄紅の着物を正し、どこか不器用な作り笑いを浮かべた。
「私……あては、小蝶。よろしゅうおたのもうします」
(投下)
静かな声色でそう言い、訓練された美しい姿勢で深く頭を下げた。
糸目の男性は着ていた服の袖を合わせ、両腕を組んで言った。
「はじめまして、私は桔梗 真宵。医者の職についております。よろしくお願いしますね」
(投下)
医者であると公言するだけあって、人を安心させるようなことには長けているのだろう、優しげな笑顔を一同に向けている。
うずうずうずうずと、自分の番が待ちきれない様子でいた女性は、真宵の言葉の切れ端に被せるように声をあげた。
「僕は紅花詰 灯というんだ。好きに呼んでくれたらいいよ!」
(投下)
にこにこと警戒心なく、灯は屈託のない表情でその場を見渡した。その瞳には心做しか、好奇の色が浮かんでいるようにも見える。
のらりくらりとした空気で見回していた青年も、己の出番と見てとるや視線を戻して口を開いた。
「こんにちは〜、小関 利人言います。よろしゅう頼みますね」
(投下)
京訛りの持つ柔らかい雰囲気を纏いつつ、利人は歯を見せてへらりと笑う。
「はじめまして。おれは渡 美浩。美浩でいいよ、よろしくね」
(投下)
温厚そうな顔つきに、親しげな口調。美浩はするりと視線を滑らせて、ぱちりと目の合った女性に笑みを向けた。
それを受け止め、女性は応えるように手を挙げた。
「あたしは紺野 優子!友達からはユーコって呼ばれてるの!皆も気軽にユーコって呼んでね〜!」
(投下)
よろしく!と優子は片手をひらりと揺らして、可愛らしく片目を瞑って見せた。
「ウチは菊原 紅緒!せやけど下の名前が好かんのよ、菊ちゃんって呼んで!」
(投下)
からりとした明るい笑顔で紅緒は言うが、その左肩では和彫りの男が恨ましげにこちらを睨んでいる。恐らく誰もが視線全てをそれに持っていかれているだろうが、紅緒本人は不思議そうに身体を揺すった。
「どーもどーも、鬼塚 一臣です。気軽に臣くんとかでいいよ」
(投下)
一臣は馴れ馴れしい口調でそう言った。ゆるく足を組み、にこにこと口の端に笑みを浮かべている。
「はぁい、こんにちは〜。多喜里お姉さんですよぉ」
(投下)
間延びした艶のある声色で、多喜里は微笑みと共に言う。長髪をさらりと左耳にかけ、また手を脚の上に戻した。
「はじめまして。俺は進藤嵐汰、中学校で体育教師やってます。よろしく」
(投下)
嵐汰は爽やかに歯を見せて言った。体育教師らしい、機動性の良さそうな服装で、また本人の雰囲気もあり随分と若々しく見える。
「はじめまして、霧夜 縁雅と言います。国語の教師をやらせてもらっています、これからよろしく」
(投下)
縁雅は礼儀正しく会釈をした。が、どこか形式ばったものの抜けない様子だった。
隣の少女はこくりこくりと船を漕ぎ、半ば開いていない目でうつらに周りを見回した。
「空閑、巡夢……ううん、恵みじゃなくて、巡る夢で、めぐむ……ふあぁ……ここ、夢……?」
(投下)
おどおどと上目遣いに、様子を窺うように一同を見ていた少女も、続くように口を開いた。
「は、はじめまして……!私、花染こよみっていいます。喫茶さくらの給仕です。何だかよく分からないところに来ちゃって不安だけれど、優しそうな方がいっぱいいるから、まだ怖くない……かな。うぅ、ひとりだったらがくぶるでした……。よろしくお願いします……!」
(投下)
ちらりちらり、顔色を気にしつつも、こよみはぺこりと頭を下げた。
これで互いは顔見知り。奇妙に巻かれた者同士。さてはてこれは、如何しようかと、その時。
「──人影が」
袖から覗く真宵の指さすその先に、薄らぼんやりと障子の向こうに、揺れる何かの影がある。ゆらあり、ゆらあり、揺れる何かの影がいる。
ぴり、と糸が張られたように緊迫する。
緊張した空気の中、そっと美浩が近づく。いつでも立ち上がれるように膝立ちの姿勢で、恐る恐ると、手を伸ばす。戸を開かんと、手を伸ばす。
その指先が、触れるや否や。
途端、大きく音を立て戸が開いた。その向こうには、闇夜の黒に眩く浮かぶ、真白な姿の少女が在った。
『しろだよ。しろはみんなのみかた』
(投下)
薄く笑みを浮かべた無垢な表情で、容姿よりも幼い口調で少女は語る。
「よろしくね、しろさん。ここはどこ?教えてくれる?」
物腰柔らかく、遥は問う。しろは好意的な様子でそれに答えた。
『ここは ''はこにわ'' 。みんなはここにつれてこられたの』
「どうすれば帰れるんだ?」
大和は頬杖に頭部の重さを預け、疑わしげに見上げながら言う。しろは口の端を少し上げたまま、落ち着いた声を発した。
『わからない。でも、あるみたい。しろは見つけてないけど』
「どこかに帰る手段があるのか?」
『と、おもう。たぶん』
容量を得ない答えに陽彦は眉を寄せ、閉口した。
それを全く意に介さぬように、しろは言葉を続ける。
『でもね、そとはあぶないの。 ''あれ'' がいるから』
「あれって?」
紅緒の問いにしろは答えなかった。途端に口を縫いつけられたように閉じてしまった。その様子に、結は疑問そのままに声を投げた。
「どうしたんだ、急に」
『……しろはみかた。みんながあぶないのはやなの』
『だからね、』
そう言うなり、しろは両腕を勢いよく広げた。
すると、しろ以外の全員の頭上に、てのひらほどの大きさの紙人形が宙から現れ、降ってきた。はらはらと空気に揺られ、音もなく地に落ちる。
「なに、これ?」
奇術のような光景に一同呆気にとられる中、口火を切ったのは一臣だった。ひらひらと、紙人形を指でつまんでしろを見る。
『 ''みがわりひとがた'' 』
『まもってくれるの。そとにでるならもっててね』
「危ないって、外に何がいるの?」
優子の問いに、しろは、んーと首を傾げた。
『へんなのがいるの。もやもやとはちがくて、でもあれも、もやもやしてるし……』
ぶつぶつとそう繰り返した後、ふう、と息をつき、しろはしばし視線を下げた。しかしすぐに頭を上げ、一同の顔を見回した。急に大人びたように、静かな笑みと流暢な言葉を紡いだ。
まるで誰かが口を借りたように。
『"'私たちは皆、貴女方の平穏と生還を祈っております''』
そして、花開くような明るい笑顔へと変わった。
『でんごん!』

◎結果
一同──身代わり人形の入手
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み