第24話  ☆悪魔を滅する、ただひとつの方法(SF)その一

文字数 2,787文字




 〜タイムマシンを作ってみれば〜


 私は今、幸福の絶頂にいる。
 愛しい妻と可愛い一人娘がいて、研究者としても成功した。

 そして、長年の夢だったタイムマシンが、ついに完成したのだ。

 アインシュタインの相対性理論では、光を超える速度さえ出すことができれば、未来へは行けると予言されていた。

 だが、私の完成させたタイムマシンは未来だけではない。過去へも行けるのだ。

 素粒子どうしをぶつけて爆発させ、ビックバンに相当するエネルギーを生みーーいや、まあ、理論上のことは、もはや、どうでもいい。

 とにかく、せっかく完成したのだ。
 すぐに使用してみよう。

間宮(まみや)くん。サポート頼むよ。とりあえず、十年後の今日にでも行ってみようかな」

 私は助手の間宮に、異常があったときのサポートを頼んだ。

 間宮はまだ学生だが、頭もよく、私の研究にひじょうに献身的だ。態度もマジメ。ただ、女みたいな甘い顔立ちのせいで、女性関係が派手なようだ。娘の愛花(まなか)も好意をよせているらしい。それが、ゆいいつの心配な点である。

 ともかく、私は十年後に旅立った。

 きっと、私のこの活気的かつ偉大な研究が、人類の未来に大きく貢献していることだろう。人類の暮らしは根本から変わっているはずだ。

 そんな期待をいだいていた。

 ところが、十年後にたどりついたとき、私が見たのは、以前とさほど変わらぬ町並みだった。タイムマシンのタの字も話題にのぼっていない。

 おどろいたことに、間宮が首相になっていた。
 おまけに、間宮と愛花が結婚していた。

 自宅をのぞいてみたが、どうやら、私は死んでしまっているようだ。

 私はがくぜんとして、こうなったいきさつをさぐろうとした。だが、あせっていたので、少し過去に戻るつもりが、さらに十年後に飛んでしまっていた。

 つまり、私の時代からいえば二十年後だ。

 そこは、同じ日本とは思えないありさまに変貌していた。
 独裁政権により、日本国民は自由をうばわれていた。
 反乱の意思ありと政府に目をつけられれば、冤罪であろうと、即日に死刑だ。

 総裁は、間宮である。
 間宮は首相官邸を完全に私物化していて、そこに気に入った女を何人も囲っていた。
 こっそり忍びこんだ私は身も心も、ボロボロになった娘を見た。間宮による暴力と心ない言葉に、生ける屍となっていた。かけよった私を見ても、ベッドから起きあがれず、話すこともできず、ただ静かに涙を流すばかりだった。

 調べてわかったことだが、タイムマシンが完成したしばらくあと、間宮は私を事故に見せかけて殺し、研究を継ぐためにという名目で、愛花と結婚した。

 しかし、それは私の研究を自分だけで独占するためのものだった。間宮はタイムマシンをどこの機関にも発表することなく、その力を自分のためだけに使ったのだ。
 そして独裁者となり、すべてを手に入れると、愛花を邪険にあつかった。

 私の妻は、すでに毒殺されているようだ。
 このままでは、いずれ、愛花も死ぬだろう。もはや点滴からしか栄養をとることもできない。寝たきりで近いうちに餓死する運命だ。

 私は怒りのあまり、我を失った。
 間宮を野放しにするわけにはいかない。
 あいつは悪魔だ。人間じゃない。
 ヤツのために、日本国民全員が苦しんでいる。
 いや、何よりも、私の可愛い娘を植物状態になるまで苦しめたことを許せない。

 何もかも、私の責任だ。
 私がタイムマシンを発明したばっかりに。
 いや、間宮のような悪魔を信用してしまったばっかりに。

 私は間宮を始末することにした。
 現代には帰らず、いっきに過去へとさかのぼった。
 あんな男は生きていちゃいけないんだ。

 未来から三十年、過去に戻った。
 つまり、現代より十年前だ。
 間宮は、まだ十二さいの小学生のはずだ。

 十年前なので、手持ちの金が、そのまま使えた。
 私は包丁を購入すると、学校帰りの間宮のあとをつけた。

 子どものころの間宮を見るのは初めてだが、ひとめでわかった。なんというか、いやにキレイな子どもだ。悪い大人なら、さらっていくかもしれない。
 あまりにも愛らしい風貌なので、つかのま、決心がにぶる。

 それが、よくなかったのだろう。
 私が包丁をにぎりしめ、かけよったときには、間宮は尾行者の存在に気づいていた。

 背後から刺そうとした私に、ふりむきざま、間宮のヤツは催涙スプレーのようなものを吹きかけてきた。可愛い子どもだから、日ごろから防犯グッズを身につけていたのだ。

 涙がボロボロ流れて、目をあけていられない。

 だが、私は必死で包丁をふりまわした。
 ぎゃッという子どもの悲鳴が聞こえた。

「おい、きさま! 何してるんだ! 人殺しめ!」
 周囲から大人がかけつけてきた。

 私はやむなく、タイムマシンに乗り、現代に戻った。

 間宮に深手を負わせたのは、たしかだ。
 だが、確実に殺せたかどうか、自信がない。

 祈るような気持ちで、タイムマシンをおりた。
 実験室のなかには、妻と愛花しかいない。間宮の姿はない。

「おかえりなさい。どうだった? あなた?」
「お父さん。成功したの? 気になるよ! 教えて」

 私は思いきって、たずねてみた。
「間宮は? どこにいる?」

 すると、妻と愛花は首をかしげた。
「それ、誰ですか?」と、妻は言った。

 愛花はしばらく考えこんだあと、こう答えた。
「うーん、同じ大学の間宮くんのこと?」

 愛花は私の研究の手伝いがしたいと、私が教授をつとめる大学に入学した。もちろん、実力だ。したがって、間宮とは同じ大学の同級生ということになる。

「そう。その間宮だ」
「あの人、暗いから、話したことないんだよね」
「暗いのか?」

 あんなに人なつこくて、誰にでも自分の魅力が通用することを自慢にしていたふうの、ヤツが?
 別人の話を聞くようだが、愛花の次の言葉で納得した。

「だって、あの人、子どものころに通り魔におそわれて、顔にものすごい傷があるんだよ。感染症で傷が壊死したって、聞いたなぁ。けっこうイジメられたんじゃない? だから、誰とも話さないんだよ」
「そうか」

 ほっとした。
 間宮は命こそ助かったものの、彼の一番の財産とも言うべき美貌を失った。もう誰も彼の甘い顔にだまされることはないし、性格も陰気になり、とても政界に出馬などしそうにない。

 これでよかったのだ。絶望的な未来が変わった。

 その後、大学のろうかで間宮とすれちがった。
 伸ばした前髪で顔の半分を隠し、大きなマスクをつけている。うつむきがちに猫背で歩き、見るも無惨な変わりようだ。かつての颯爽とした面影は、まったくない。

 だが、すれちがう瞬間、長い前髪のあいだから、間宮の目が光ったように見えた。

 私はわけもなく、すくんだ。
 なぜだ? 今の間宮は牙をぬかれた虎も同然だ。
 何も恐れることはないはずなのに。

 その数日後だった。
 あの大惨事が起こったのは。
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