第16話  ☆夢みる機械(SF)

文字数 2,805文字




 20xx年に生涯楽園法が施行された。
 すなわち、人間は必ず幸福にならなければならない。
 死ぬまでに夢を叶え、満足して死ななければならない。

 そもそも、ここ数十年のアンドロイドの社会進出、はなはだしく、人間の活躍の場は大幅に失われている。
 職業と呼べるほどの職業は存在しない。

 人間はロボットたちの働きにより、生きていくために必要最低限のものは、すべて配給を受けている。
 働かなくても生きていける。
 だが、豊かではない。
 しかも、それでいて、つける職はほとんどない。

 多くの人間は自分の人生に絶望しながら、与えられた小さな巣箱のなかで、みじめに暮らしている。

 だから、そんな人間たちのために、あのマシンが導入された。
“楽園の管理人”と名づけられた、あの機械。

 人間は生まれるとすぐに、細胞より小さな医療カプセルを飲まされる。それにより徹底的に体調管理される。データがつねにホストコンピュータに送られ、健康状態をチェックされる。

 生きているうちは、健康維持に利用されるが、死の直前、それは特殊な働きをする。
 脳波をコントロールし、夢を見せるのだ。
 幸福な夢を。
 それにより、人間は幸福な人生を歩んだと錯覚しながら死ぬ。

 それが、生涯楽園法。

 哀れなものだ。
 機械の作った夢のなかで、現実逃避しながら死ぬなんて。

 だが、おれは違う。
 おれは、ほんとにラッキーだった。
 子どものころから、絵を描くことが好きだった。
 それは子どものラクガキをはるかに凌駕(りょうが)するレベルだった。

 十代に入るころには、おれは天才として知れ渡っていた。おれの描く絵は、どんな小さなものでも、ラフなスケッチ画でも、とぶように売れた。多くは美術館の買い上げだ。

 もちろん、ずっと順調だったわけじゃない。
 スランプに悩んだ時期もあった。
 そんなとき、支えてくれたのは幼なじみのリズだ。
 子どものころは、よくケンカした。
 家が近く、兄妹のような関係だった。
 でも、おれは天才画家として、十二さいのときには、シティの中心に引っ越した。与えられたものだけで死んだように生きる人々の街から、おれだけ、ぬけだした。

 あのときの泣きそうなリズの目が忘れられなかった。
 重い罪悪感を感じた。
 自分の思いが恋だと気づいたのは、十八のときだ。

 あれは、まさに奇跡の再会だった。

 その日は個展初日のセレモニーのために急いでいた。
 専用車に、ふだん通らない路地裏を走らせた。

 そのとき、車両の前を猫がよこぎった。猫を追いかけて、女の子まで、とびだした。いくら自動操縦の反重力カーでも、衝突を回避できる距離と、できない距離がある。

 もうダメだ。はねてしまう。
 そう思った瞬間、女の子は猫をつかんで、すっと目の前から消えた。
 えっ、どうなったんだ?——と思い、あわてて停車した専用車からおりる。

 女の子は道ばたに倒れていた。いや、違う。まもなく、起きてきて、パンパンと服のよごれをはらう。

「反重力カーは走行中、三十センチほど車体が浮くのよ」と、彼女は説明する。

 なるほど。乗ってるほうは意識しないが、たしかに、そうだ。それにしても、三十センチのすきまに入りこむなんて、たいした度胸だ。

 おれは感心して、女の子を見直した。
 薄汚れてヒドイかっこをしてる。が、面影はあった。

「……もしかして、リズ?」

 リズは遠慮がちに笑う。

「ひさしぶりね。ショウ」
「やっぱり、リズだ。あんまり、きれいになってたから、わからなかった。今、何してるの?」
「お金持ちが気まぐれで飼って、すてたペットを保護してるの。野良猫や野良犬は衛生局に見つかると、殺処分されてしまうから」
「それって、もうけになるの?」
「ならないよ。子猫や子犬はペットショップにつれてけば、ひきとってくれるけど、それも、ただ同然だし。でもいいの。わたしが、この子たちを助けたいだけだから」

 胸を打たれた。

「変わらないな。君は昔から、優しかった」
「動物が好きなだけだよ」
「その子、おれが飼うよ」
「ほんとに?」
「ただね。なれてないから、アドバイスが欲しいな。しょっちゅう見にきてもらえる?」
「いいよ」

 それで交際が始まり、結婚した。
 優しく美しい妻。
 子どものころから夢だった仕事。
 何もかもが、思いどおり。
 楽しい人生だった。
 子どもにも恵まれたし……。


 ——暗転——



 *

「イヤぁぁぁーッ! 子どもが生めなくなるなんてイヤ! つれてかないで。やめてぇー!」

 抵抗する女のイメージ。
 ロボットポリスに捕まり、つれていかれる。

 避妊手術をされるのだ。
 人間は十八さいまでに社会にとって有用であると判断されなければ、種を残す権利を得られない。

 でなければ、仕事をなくした人間は無限に増え続けるから。それしか、人間のできることはないから。
 ほんのひとにぎりの天才だけが、種の存続をゆるされる。

「助けて! ショウ! 助けて——!」

 ずっと、結婚して子どもを育てることが夢だったリズ。
 でも、助けられなかった。
 ロボットの力に人間は、かなわない……。


 ——暗転——



 *

 夢を見ていたようだ。
 近ごろ、妙な夢を見ることが多くて困る。
 支えあって生きてきた妻が……リズが先年、亡くなったからだろうか。

 美しく、チャーミングだったリズ。
 年老いても瞳の色は澄んだ水色。
 その瞳で、おれを見つめながら、最期の日、リズは言った。

「わたし、幸せだったわ。あなたといられて」
「おれもだよ。リズ」
「さきに逝ってしまうこと、ゆるしてね」
「ゆるすよ」

 つらいけど、ゆるすさ。

「待っててくれ。おれも、すぐ逝くからさ」
「愛してる。ショウ」
「愛してるよ。リズ」

 愛して……。


 ——暗転——



 *

「待ってくれ! リズ。どこ行く気だ? なんだ。その荷物」
「もう、こんな生活、飽き飽きなのよ! あんたのくだらない夢も、それにつきあうのも、もうたくさん! わたし、行くわ。今度の人はね。お金持ちなの」
「リズ——!」

 強制避妊手術を受けて、リズは変わった。人生に絶望し、自堕落(じだらく)になり、しょっちゅう浮気もした。あげくのはてに、金持ちの男の愛人になって行方をくらました。

 出ていくときに、こう言い残して。
「いいかげん、悟りなさいよ。あんたには、才能なんてないの」

 そんなわけあるか。
 おれは天才なんだ。
 いつか、必ず、世界中に、おれの名前が知れ渡るんだ。
 いつか、必ず……。


 ——ケイコク シマス タノシイ ユメ ヲ ミマショウ——



 *

 また、あの夢だ。
 暗い夢。
 人生に成功しすぎたからだろうか?
 だから、あんな夢を見るのか?

 夢のなかのおれは才能が認められず、強制避妊手術を受け、愛する人には捨てられ、悲惨な生涯を送り、やがて路地裏で力つきる。

 暗闇の底に、よこたわりながら、夢を見る。
 息をひきとる最期の瞬間。


 ——ユメヲ ミマショウ コウフクナ ユメヲ——



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