第8話  魔法使いの卵(ファンタジー)

文字数 5,999文字




 魔法使いは卵から生まれてくる。
 それは、宝石みたいにキラキラして、とってもキレイ。

 色によって階級があるの。
 一番、位が高いのは金色。
 太陽みたいに、まぶしく輝いてるんですって。

 でも、あたしの色は赤だったと聞いた。
 ルビー卵ね。
 階級で言えば、上の中。

 あたしたちは、卵から生まれた……。



 *

 お話しするのは、とくいじゃないの。
 でも、これから、ルードレッドのお話をしようと思うの。

 ルードレッドは、あたしの、おさななじみよ。
 男の子のくせに、とっても病弱でね。
 一年の半分は寝こんでるような子よ。

 あたし?
 あたしは、ミルドレッド。
 ミルって呼ばれてるわ。
 この前、七さいになったの。

 ええとね。
 あたしたちの住んでるのは、魔法使いの街。
 虹のかべにかこまれた、とてもステキな街よ。

 この世界には、生まれつき魔法使いの人と、そうじゃない人がいるの。
 学校の先生は、むずかしい話をしてくれたけど、なんで、そうなのかは……んん? よくわかんない!
 ずっとずっと昔は、魔法使いじゃない人しかいなかった。
 でも、魔法使いの卵を人間が、ええと……じんこうてきに? 作ることができるようになってから、魔法使いが生まれるようになったんだって。

 魔法使いの卵は宝石みたいなものでね。
 あっためて、“ふか”すると、なかから、魔法使いとフェアリーが生まれるのよ。

 フェアリーは、いわゆる、使い魔ね。
 魔法使いとフェアリーは、二つで一つ。
 たましいを半分ずつ、わけあってるんですって。

 それでね。
 魔力もわけあってるから、魔法使いの魔力が強いと、フェアリーは弱く、フェアリーが強いと、魔法使い本人は、ろくな魔法が使えないの。

 でも、大賢者とか、大魔法使いとか言われるのは、こういう、バランスのかたよった人なんだって。
 そのほうが、強い魔法を使えるからって、先生が言った。

 さてと。ルードレッドなんだけど。
 ルーは、銀の卵から生まれたの。
 金の卵につぐ、二番めに位の高い卵。
 もともとの魔力が、とても強い卵で、めったに作れない、めずらしい卵なの。

 だからルーのフェアリーはすごいのよ。
 魔法使いのルーが、まだ子どもなのに、フェアリーは、もう大人。銀色にかがやく翼をもった白銀の天使!

 あたしのフェアリーは、あたしより、おチビだけどね。
 チョウチョの羽の赤毛の女の子。
 リルドレッドっていうの。

 ちなみに、あたしも赤毛よ……。
 だって、いっしんどうたい、なんだもんね。

 べ、べつに、赤毛だっていいんだから!
 あたしも、ルーのキラキラ星みたいな銀髪がよかった、なんて言わない。
 ほんとなんだから。

 うん。もう。また話がそれたわ。
 ルーのお話しなくちゃ。

 ルーが病弱なのは、そのせいなの。
 フェアリーの力が強すぎるから。

 あたしとリルは、ちょうど、はんぶんこ。
 生きていくのには、さいてきのバランスなんだって、先生が。

 でも、ルーは、そうじゃない。
 フェアリーのルミエンスバードが大人なことでもわかるけど。力のほとんどが、フェアリーにとられてる。

 だから、ちょっと冷たい風にあたっただけで寝こんじゃう。元気なときでも、三歩あるけば、ふらふらするのよ! (三歩は言いすぎだったかな……)

 あたしたちは大人になったら、いろんな国に、魔物をたいじしにいくんだけど、ルーは、それまで生きてられないんじゃないかって、大人は言う。

 そんなのは、いやだな。
 ずっと、いっしょにいたいな。

 今日も魔法学校に行こうって、さそったら、まどから、ルミエンスが顔をのぞかせて言ったわ。

「悪いね。ルーは昨日の夜から熱があって、行けないよ」
「またなの?」
「またなんだ。元気になったら、さそってね。ルーは君と学校に行くこと、すごく楽しみにしてるから」

 ほんとは、ルーには、ルミエンスがついてるから、学校に行くひつようはない。ルミエンスが、なんでも教えてくれるから。

 でも、ルミエンスは、ルーには勉強よりも、もっと大事なことを学校で、まなんでほしいんだって。
 勉強よりも、だいじなことって、なんだろう?
 わかんない。

「じゃあ、明日ね。ルー、きこえてる? 明日、また、さそいに来るね!」

 あたしは家のなかにまで、きこえるように、大きな声でさけんだわ。

 少し待ったけど、ルーの返事はなかった。
 いつもなら、どんなときでも、ルーも起きあがって、まどから手をふってくれるのに。

「へんね。だいぶ熱が高いのかな? ねえ、リル」
「きっと、そうね。ねえ、ミル。もうすぐ時計塔のかねがなるよ? ちこくするんじゃない?」
「あっ、ほんとだ! やっばーい」

 あたしは学校にむかって、いしだたみの坂道をかけていった。



 *

 学校に行ってしまえば、いつもの毎日。
 五さいから十さいまでの子どもが、机をならべて、魔法の練習。

「ねえ、ミル。知ってる? ルーって、今度、魔法騎士に昇級するんだって。すごいよね。あの伝説のゴルゴラにつぐ実力だって、先生たちも、こうふんしてた」

 授業中。
 となりの席のメリメルダが、先生のうしろをむいてるすきに、声をかけてきた。

 メルダは、気のはやい女の子で、しょうらいは、ルーと結婚する!——と言いきってる。
 ルーがシルバークラスの魔法使いだからだ。

 あたしは、なんとなく、メルダがキライ。

 メルダはピンクトルマリンの卵から生まれた、トルマリンクラス。まあ、下の上ね。
 顔が、ちょっと美人だからって、ルーに、ちょっかい出さないでよ。
 ルーは、あなたのことなんて、なんとも思ってませんよーだ。

 くやしかったので、あたしはこう言いかえした。

「なによ。ルーがスゴイんじゃないわ。ルーは発火の魔法ひとつ使えないんだもん。スゴイのは、ルミエンスよ」
「そうよ。でも、ルミエンスの力は、マスターのルーの力じゃない」
「ルーだけなら、見習い試験の一級にだって合格できないけどね」
「ミルって、ヒドイ!」

 メルダが大きな声をあげたから、先生に見つかっちゃった。

「ミルドレッド。メリメルダ。二人とも、居残りがしたいのかな? ちゃんと聞いてないと、今度の試験にも出るところだぞ」

 ほら。しかられちゃったじゃない。
 だから、メルダって、キライ。

 でも、ほんとにキライって思ったのは、その何日かあとなの。

 あたしは、そんなつもりじゃなかったのに……。



 *

 何日かたって、やっと、ルーは元気になった。
 ひさしぶりに学校に出ることができた。

 あたしは、おねぼうしちゃって。
 あたしが、さそいに行ったときには、もうルーは、おうちを出たあとだった。

「ごめんね。ミル。ルー、待ってたんだけどね。ちこくするからって、さきに行ったよ。ルーは走れないからね」と、ルミエンスが言う。

 ルミエンスは青いかわらの屋根の上に立っていた。
 たぶん、ルーが、ちゃんとたおれずに学校まで行けるか、見てたんだと思う。
 ルミエンスは、ルーの半身だから、ルーに何かあると、すぐに感じることができるんだけど。
 それでも、きっと、心配なのね。

 あたしだって、リルが風に飛ばされて、川にでも落ちたらと思うと、しんぱいになるもの。
 リルはチビだから、あたしがしっかりしなくちゃ。

 すると、リルは、あたしの心を読んだ。
 マスターとフェアリーの心は、つながってるからね。

「あたしこそ、ミルがドブに落ちるんじゃないかって、しんぱいよ」
「ドブのほうが、ひどくない? あたしは川って思ったんですけど」
「ミルなら川くらい落ちたって、およいで、もどってこれるもん! ドブにハマったほうが泣くくせに!」
「そうだけど。なんか、イヤ」

 あたしとリルが言いあうのを、ルミエンスは笑った。

「仲がいいね。さあ、急がないとチコクだよ。ミル」
「あっ、そうだった! 行ってきまーす」

 ルミエンスの返事はない。
 かわりに、銀色のつばさをひろげて、あたしたちの前におりてきた。

「ミル。君は、ルーが魔法使いでなくなっても、友達でいてくれる?」
「もちろんよ! あたし、ルーを魔法使いだなんて思ってないもん。スゴイのは、ルミエンス、あなたでしょ?」

 ルミエンスは聖堂の絵画みたいに美しいおもてに、ものがなしそうな笑みをうかべた。

 なんで、こんな笑いかたするんだろう?
 あたし、悪いこと言ったかな?

「君の言うとおりだ。でも、だからこそ、君を信頼している。ありがとう。決心がついた。ルーのことを、どうか、よろしく」

 なんだか、最後のお別れみたいだった。
 あたしは変に思ったけど、学校にいそいだ。

 学校に行くと、メリダが、ルーにひっついていた。
 ルーが涙目だったので、あたしは、おどろいた。
 てっきり、メリダがイジメたのかと思った。

「ちょっと、ルー! どうしたの? メリダに何か言われたの?」

 ルーは弱々しく首をふる。
 でも、メリダが、イジワルく笑った。

「言ったのは、あたしじゃないわ。あなたでしょ? ミル」
「えっ? あたし?」

 ルーは、けんめいに、メリダをひきとめる。

「もういいよ。ほんとのことだもん。ぼく、べつに気にしてないよ」
「だからって、ヒドイじゃない。ルーのこと、発火の魔法も使えないとか、見習い一級にも受からないとか」

 あたしは、このときまで、すっかり忘れていた。
 この前の、じゅぎょうちゅうのメリダとの会話を。
 だって、あれは、ほんとに思ってることじゃない。
 メリダがウルサイから、つい口から出ちゃっただけ。

(あれ? じゃあ、さっき、ルミエンスがあんなふうに笑ったのも——?)

 マスターのこと、魔法使いじゃないなんて言ったから、怒ったのかな?

 ぼんやり考えてると、ルーが急にたおれた。
 はあはあ息をして、胸をおさえてる。

「ルー!」

 かけよろうとしたときには、もう、まどから、ルミエンスが飛びこんできた。さっと、ルーをかかえて、つれだしていった。

 先生が来て、なにかお説教してたけど、あたしの耳には、ちっとも入ってこない。

 ルー、すごく苦しそうだった。
 だいじょうぶかな?
 あたしのせいだ。
 あたしが、あんなこと言ったから——
 そうだよね。傷つくよね。
 ルーだって、自分が魔法を使えないこと、気にしてたはず。

 あたしは先生の手をふりきって、とびだした。
 まっすぐ、ルーのおうちに走っていった。



 *

 ルーのおうちは、国のえらい人からもらった、お屋敷なの。あたしが来たときには、家の前にたくさん、馬車がとまってた。

 家のなかが、なんとなく、さわがしい。

 あたしはドアをたたいたけど、だれも出てこない。
 ルミエンスも、ルーにつきっきりなのかも?

 あたしは、こっそり、まどからしのびこんだ。
 ルーのうちに、しのびこむことなんて、天才級よ。
 いつものことだから。

「ねえ、お医者さまかな? ミル。なんだか、今日は、いつもと、ようすが違うね」と、リルが耳元で、ささやく。

「そうね。ルー。だいぶ、悪いのかな……」

 あたしとリルは、二階のルーの寝室へいった。
 かいだんをあがりきると、ろうかに何人も男の人が立っていた。ルミエンスと話してる。

「……もう長くない」
 最初に、そう聞こえて、ドキリとした。

(長くない……? ルー、死んじゃうの?)

 そう思うと、全身から力が、すうっとぬけていく。

 大人たちの話は続く。
 口をひらいたのは、ルミエンスだ。

「だから、言ってるだろう? 私がルードレッドの心臓になる。魔法使いとフェアリーの組成は同一だ。フェアリーなら、魔法使いの体の一部になれる」

 ほかの大人たちは首をふる。

「そんなこと、ゆるされるわけがないだろう? 君は大切なシルバークラスのフェアリーだ。君を失うことは国家の損失だ。今、君を失えば、人類は滅亡するぞ。そんなこと、君だって百も承知のはずだ」

「私にとっては、ルーが世界だ! マスターを失ったフェアリーに、なんの存在価値がある!」

 初めて聞いた。
 ルミエンスが強い口調でさけぶのを。
 あたしは、怖くなって、あわてて外にでた。

「こわかったね。リル」
「うん……」

 あたしは、もう学校にも行く気がしなくて、そのまま、おうちに帰った。

 あたしのおうちは、ルーのうちにくらべたら、だいぶ小さい。家には、だれもいない。ごはんは近所のおうちに食べにいくの。

 でも、それは、あたりまえ。
 魔法使いは卵から生まれるから、家族がいない。

 フェアリーだけが、ゆいいつの家族。
 その家族を失うのは、とても、つらいこと。
 ルミエンスが自分の命をなげだしてでも、ルーを助けたいと思う気持ちはわかる。

 だけど——

 あたしには、むずかしいことは、わかんないけど。
 今、虹のかべのむこうの世界では、よこしまな魔物が、おうこうしてるんだって。
 十年くらい前に急にあらわれて、世界中の人を苦しめてるんだって。
 家族をころされた人も、たくさんいるって、先生が話してたわ。それは、わたしたち魔法使いがフェアリーを殺されるのと、同じほど、悲しいことだって……。

 たった一人だけいたゴールドクラスの魔法使い、アリアドネ・ゴルゴラでさえ、戦死したって。
 だから、ルミエンスの力は、どうしても世界にとって、ひつようなもの。

 それに、ルーを傷つけてしまったのは、あたし。
 あたしが、あんなこと言わなければ、ルーは発作をおこさなかったのに。

 その日、ずっと、あたしは考えていた。
 あたしにできること。
 あたしにしか、できないこと。

「ねえ、リル——」

 リルには、わたしが言いだす前から、わかっていた。
 わたしたちは、二つで一つだから。

 涙ぐんで、リルは笑う。

「うん。いいよ。ミル」
「ごめんね。リル。あたし、リルのこと、大好きだよ」
「うん。あたしも、ミルが大好き」

 あたしは、リルの小さな体を抱きしめた。
 リルも、小さな小さな手で、あたしのことを抱きしめた。



 *

 その夜、あたしたちは、こっそり、ルードレッドの寝室にしのびこんだ。
 ルーは月光をあびて、こわいくらい青ざめた顔をしていた。
 あたしが近づくと、うっすら目をあけて、ほほえんだ。

「ごめんね。ルー。本気で言ったんじゃないのよ。あたしのせいで、苦しい思いをさせて、ごめんね」

 ルーは何かつぶやいた。けど、声にはならなかった。
 そのまま、また眠ってしまった。
 呼吸が、だんだん、浅くなっていくようで、怖い。

 ごめんね。ルー。でも、もうすぐだからね。ゆるしてね。あたしの一番、大切なもの、あげるから。

 その夜、あったことを、お月さまだけが知っています。



 *

 あの日、あたしは、半分になりました。
 あたしの半身は、もういない。
 だけど、今でも、生きている。
 大切な、わたしの半身が、大切な人の体のなかで。

 その心臓の音を聞くたびに、わたしは思いだします。
 おさなく、幸福だった日々を。
 もう一人の、わたしを……。



 超・妄想コンテスト50回
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