第32話 王子様、あたしに朝まで魔法をかけて(ファンタジー)前編

文字数 3,299文字


 あたしの名前は、コンプリス。
 十四さいの美少女よ。

 パパとママが死んだので親切な老夫婦にひきとられたんだけど、その人たちも死んじゃった。今は老夫婦の甥のサンギュリエさんと同居してるわ。

 サンギュリエさんは二十さい。音楽ホールのバイオリン奏者よ。大人のくせに人見知りするし、口べたで、近所では評判の変わり者。

「おはようございます。サンギュリエさん」

「おはよう」

「今日はお仕事?」

「うん」

「じゃあ、帰りは夜ね。いっしょにご飯を食べられる?」

「…………」

 あっ、つまった。

 サンギュリエさんは、ふたこと以上話さなきゃいけない返事には答えられないのよね。

 つまり、今夜は遅くなるのか。

 でも、あたしは、めげない。

「ところで、サンギュリエさん。お話があるの」

 サンギュリエさんはうろたえた。

 この人、もしかして、あたしのこと怖がってる?

「な……何?」

「あたし、前みたいに学校に行きたいの。家庭教師に習うより、みんなで勉強するほうが楽しいし、バカロレア(大学入学資格)だって楽にとれるわ」

「…………」

 サンギュリエさんは貝のように口をとざした。

 もう、この人ったら、どうしてこうなの?
 あたしのパパと大違い!

 そりゃ、あたしは極度のパパっ子よ?

 青い目で金髪で、背が高くて足が長くて、物知りで力持ちで、ちょっと皮肉っぽくて強引だけど、さりげなく優しくて……町を歩けば女の人がみんな、ふりかえってみるほどのハンサムだったパパ。

 とっても魅力的だった。

 そのパパに「コンプリスはオテンバなのが玉に瑕だね」と言わしめた、このあたしが、日曜の教会の行き帰りしか外出をゆるされない生活に耐えられると思う?

 それに、サンギュリエさんの選んだ家庭教師のかたくるしいこと! 今は中世じゃないのよ? 十九世紀なのよ?

 あたしは限界。お外に出たいのよぉー!

 サンギュリエさんのわからずや!

 腹が立ったので、一日中、パパの遺品を整理した。落ちこんだときにはパパたちの持ち物をながめる。

 すると、パパの蔵書から、なつかしい本を見つけた。子どものころ、パパがよく読んでくれた童話だ。キレイな金のしおりがはさんであった。風見鶏を透かし彫りにした、素敵なしおり。

 その本をベッドのなかで読んでるうちに眠くなってきた。

「おやすみなさい。風見鶏さん。今夜はいい夢、見られるといいな」



 *

 気がつくと、あたしは台所のかまどのなかで灰まみれになっていた。

 なに、これ? どういうこと?

 こんなの灰かぶりみたいじゃない。

 自分を見なおすとボロ雑巾みたいな服を着ている。ますます、灰かぶり。

 そのとき、いじわるな顔つきの女の人がやってきた。

「シンデレラ! 今日はお城で舞踏会があると言っただろ? さっさと姉さんたちの支度の手伝いをおし!」

 ああ……やっぱり、あたしってばシンデレラなのね。

 いじわるな継母やお姉さんたちにイジメられるのか。

 でも、お城の舞踏会に行ける。

 それで気をとりなおして、元気よく返事をした。

「はーい。お母さま。すぐに参りまーす」

 継母はギョッとした。

 あたしが、どうかしたと思ったようだ。

 しまった。元気よすぎたか。

 あたしって、シンデレラってガラじゃないのよね。

「変な子だとは思っていたけど、今日はとくにおかしいわ。恥ずかしくって舞踏会にはつれていけないね」

 そんなこと百も承知ですよー。イーッ!

 このお母さまって、あたしのガバネス(家庭教師)に似てる。あたしのお行儀が悪いって、いつもサンギュリエさんに告げ口するのよね。

 とにかく、あたしは灰まみれで働いた。

 お姉さんたちの支度をすまして送りだすと、けっこうクタクタ。みんな、ワガママなんだから!

 でも、いいの。シンデレラには優しい魔法使いがついている。

「ああ。わたしも舞踏会に行ってみたい。でも、ドレスもないし靴もボロボロ。舞踏会には行けないわ」

 うん。あたし、女優になれる。

 すると、そこにママの顔の魔法使いが現れた。

 これは夢よ。わかってるの。でも、あたしは思わず涙ぐんだ。

「ママ……会いたかった」
「シンデレラ。お母さまも、おまえを心配してたのよ」

 このあと、泣いちゃったので省略ね。

「さあ、シンデレラ。これが、おまえのドレスと靴ですよ。カボチャは馬車になぁれ。ネズミは御者になぁれ」

 魔法使いが言うと、あたしは見るまにドレスアップ。
 やっぱりスゴイわ。魔法って。

「このドレス、ママのウェディングドレスね!」
「おまえが、これを着るようになるまで、そばにいてあげられなくて、ごめんなさい。でも、シンデレラ。おまえのことは、いつも見守っていますよ」
「ママ……」
「さあ、笑って。シンデレラ。舞踏会を楽しんできてね」

 あたしはママに見送られて、お城へむかった。



 *

 ママに会えるなんて最高の夢だわ。
 王子さまは、とんでもない美形かも?

 お城についた。
 大広間に入ると歓声。

「なんて美しい姫君だ」
「ほんとに天使のようだこと」

 ふふふ。ヒロインって気持ちいいなぁ。

 人ごみをかきわけて、広間の中心へ歩いていくとーー

「なんという美しい人だ! 私が王子です。踊っていただけませんか?」

 がーん!

 あたしはショックで口がきけなくなった。
 だって……だって、王子がサンギュリエさんなんだもの! なんで、よりによって、サンギュリエさん?

 あたしは幻滅して逃亡を試みた。
 冴えない王子さまをふりきって階段をかけおりる。りちぎにガラスの靴がぬげた。
 これじゃ王子さまが探しにきて、結婚しなくちゃいけなくなっちゃう。

 翌日、かまどのなかで目がさめたときには、まだ迎えは来てなかった。

 しめしめ。町は広いんだから、すぐに見つかるわけないわね。

 安心していると、またガバネスみたいな継母がやってきた。水くみに行けと言うので、しかたない。あたしは水がめを持って森の泉へむかった。

 森の入口におばあさんがしゃがみこんでいた。

「おばあさん。苦しいの?」
「のどがかわいて死にそうです。どうか、この柄杓(ひしゃく)に水をくんできてください」

「わかった。待っててね」

 なんとなく聞いたことあるようなシチュエーションねぇ。まあ、いいわ。困ってる人は助けなくちゃ。

 あたしは泉の水をおばあさんにさしだした。おばあさんはおいしそうに飲んだあと、変なことを言った。

「心のキレイな優しい娘。おまえの言葉は心と同じキレイなものになりますよ」

 ん? これって……?

「宝石を吐く娘の話ね!」

 そう言ったとたんに、あたしの口から宝石や花がポロポロとびだした。

「待って! おばあさん。物語のなかではいいけど、これって現実的には不便よ? 怪奇宝石を吐く女って見世物にされたり、宝石めあてに誘拐されたり……」

 おばあさん、聞いちゃいない。とっくに逃走。

「お願いよぉ。おばあさーん。あたしはお礼なんて望んでないのよぉー。ふつうの女の子にもどしてぇー!」という言葉も花や宝石に。

 まいったなぁ。
 誰かに見られなかったよね?

「シンデレラ!」
「ああッ! お母さま!」

 見られたよね? 確実に見られたよね?

「シンデレラ。さぼってるんじゃないかと思って来てみれば、おまえ、今、どんな手品を使ったの?」

 お母さま。説明くさいセリフをありがとう。
 でも、手品じゃないのよね。

「なんでもないの。お母さま」

 あっ、いけない。また宝石が……。

 その瞬間、お母さまの顔が憎悪にゆがんだ。
 あたしの吐いた宝石が、お母さまが指にはめた宝石より、ずっと大きく素晴らしいので、ひがんだみたい。

「おまえ、これ、どうしたの?」

 あまりのお母さまの迫力に、あたしは正直にさっきのことを話した。お母さまはお姉さんたちを呼んで、泉に水をくみに行かせた。

 イヤだなぁ。こうなると、もうさきが見える。

 思ったとおり、お姉さんたちは口からガマやムカデを吐きながら帰ってきた。

 だから、あのお話はおばあさんに親切にすると宝石が、じゃけんにすると汚いものが出てくるようになるんだって。

「出ておいきッ! シンデレラ! こんなことになったのは、おまえのせいだからね!」

 シンデレラ、住む家を失いました。
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