第25話 ☆悪魔を滅する、ただひとつの方法 その二
文字数 2,562文字
*
「教授!樋口 教授! 大変です。一階で学生があばれてるそうです!」
准教授の三谷が青い顔で、研究室にとびこんできた。
私はタイムマシンを保管しているケースに鍵をかけた。
エンジンの調子を見ていたのだ。
このタイムマシンは試作品だ。
エンジンを起動させるためのエネルギーが数回ぶんしかない。素粒子をぶつけたときの爆発に何度も耐えるほどのエンジンを造れなかったのだ。
一度の素粒子爆発で、数回ぶんのエネルギーを得られる。最初に実験飛行したとき、四回のフライトをした。理論的には、あと四回くらいは時間旅行が可能だ。
エンジンさえ、もっと丈夫なものが造れれば、回数に制限なく飛べるのだが。
しかし、メカニカルな部分は間宮の担当だった。
私の専門からは外れてしまう。
現在、残っているエネルギーを大切に使わなければならない。
「三谷くん。まあ、落ちつきなさい。学生どうしでケンカでもしているのか?」
正直、このとき私は、まだ事態を甘く見ていた。
が、三谷は顔面蒼白だ。
「それどころじゃないんです! 学生の一人がナイフをふりまわして、無差別に人を刺しているんですよ!」
「なんだって?」
脳裏に、先日すれちがったときの間宮の目がよぎった。
鋭利な刃物のように冷たく光った、間宮のあの目。
「間宮か?」
「名前はわかりませんが、マスクをした髪の長い男だそうです」
まちがいない。間宮だ。
私は、ゾッとした。
今日、愛花は朝から講義があると言っていた。
私は研究室をとびだした。
研究室は三階だ。階下のどこかから悲鳴が聞こえてくる。
一階までおりてみると、そこはもう血の海だった。
あっちにも、こっちにも人が倒れている。
息のある者は苦痛の声をあげている。その声さえ、すでにない者が多い。
同じだ。
未来で見た独裁国家の日本。
処刑場で次々、射殺される人々。
間宮は、けっきょく、人生のどこかで大量殺戮をひきおこすのだ。もはや、これは宿命だ。
私は逃げまどう学生たちをかきわけ、悲鳴の聞こえる中心をめざした。
第一講義室からケガを負った学生が、ヒイヒイ言いながら、とびだしてくる。足から血が流れている。私を見ると、「助けてください!」と、すがりついてきた。
よく見ると、顔に見おぼえがある。
愛花の友人の広瀬という女子学生だ。
ゼミ友達だったはず。
「まさか、このなかに愛花がいるのか? 愛花は逃げたんだよな?」
広瀬は泣きだして話にならない。
私はすがりつく広瀬の手をふりほどき、第一講義室にかけこんだ。
一番、見たくなかった光景が、そこにあった。
教壇の上に引き倒された愛花。
その上にのしかかるように、何度も何度も、血にぬれた刃を愛花の体につきたてる間宮。
「愛花ァッー!」
私の叫び声を聞き、間宮はふりかえった。
今の間宮は私を知らないはずだ。専門学部が違うから、私は彼に講義をしたことはない。
だが、やつは私を見たとたん、笑った。
マスクの下から、ひきつった笑い声がもれる。
「……おまえのせいだからな。おまえが、おれの人生をメチャクチャにしたんだ! だから、おれは、おまえの大切なものをメチャクチャにしてやるんだ!」
十年前のあの日、ヤツを刺した私の顔を、間宮はおぼえていたのだ。この大学に入学したのは、おそらく、私の正体に気づいていたからだろう。
ゲラゲラ笑いながら、間宮は愛花を切り裂き続けた。
愛花はけいれんしながら、刺されるたびに、少量ずつの血を吐いている。
私は無我夢中で間宮に体当たりした。
だが、もう、愛花の命は失われていた。
遺体は見ていられないほどに損なわれていた。とくに顔は損傷が激しく、親でも見わけがつかない。
身につけた服が、今朝、自宅を出ていったときに着ていたものと同じだから、愛花だろうと察しをつけることができるていどだ。その服も真っ赤に染まっている。
ぼうぜんとする私を見ながら、間宮は、ただ笑っていた。笑いながら、悪魔は涙を流していた。
そのあとすぐに警察が来て、間宮は逮捕された。
おそらく、間宮は死刑になるだろう。
だが、だからなんだ?
私はふたたび、大切なものを失った。
二度も娘をあいつに殺された。
あの悪魔を殺しそこねたことが悪かったんだ。
あいつは、あのとき、絶対に息の根をとめておかなければならなかったんだ。
その夜、私は再度、十年前に飛んだ。
十年前のあの日だ。
私が間宮を殺しそこなった日。
最初のときの私より少しだけ早い時間に戻った。
つまり、前回は放課後だが、今回はその少し前だ。
校門前で、少年時代の間宮を見つけた。まわりには、たくさんの生徒がいる。以前は、目撃者の目を恐れて、間宮がひとけのない場所へ行き、一人になるのを待った。
だが、今回は、笑いながら校門から出てくる児童たちをかきわけ、いきなり、間宮の胸を刺した。確実に心臓を刺した。間宮は血の泡をふいて倒れた。
悪魔は、あっけなく、こときれた。
これでいい。これでもう、誰も傷つかない。
愛花も殺されないですむ。
私は安心して現代に戻った。
今度こそ、誰もが幸せになれると信じて。
*
だが、現代に帰った私を待っていたのは、またしても悲劇だ。
私は大勢の子どもの前で間宮を殺した。警察はかんたんに犯人をわりだしたらしい。
私は十年前、殺人犯として投獄されていた。
ここにいる私ではない。十年前の、まだ何も知らない私が、だ。
私の自宅は無人になっていた。塀や家の壁には、人殺し、死ね、死刑などの落書きが書かれ、窓は割れていた。家のなかも荒らされていた。
ショックだったのは、愛花の遺影が仏壇に飾られていたことだ。おそらく、殺人犯の娘として過酷な日々をすごし、心労から病気になったのだろう。あるいは、自殺……。
ダメだった。
また、愛花を救えなかった。
愛花と間宮のあいだには見えない糸でもあるかのようだ。どちらかが死ねば、残されたもう一方も死んでしまうというのか?
いや、そんなはずはない。
私のやりかたが悪かっただけだ。
この方法ではいけなかったのだ。
では、どうすれば、よかったのか?
誰も傷つけず、愛花を守るためには?
間宮の独裁を、殺戮を阻止するためには?
私は考えた。
そして、決心した。
この方法しかない。
「教授!
准教授の三谷が青い顔で、研究室にとびこんできた。
私はタイムマシンを保管しているケースに鍵をかけた。
エンジンの調子を見ていたのだ。
このタイムマシンは試作品だ。
エンジンを起動させるためのエネルギーが数回ぶんしかない。素粒子をぶつけたときの爆発に何度も耐えるほどのエンジンを造れなかったのだ。
一度の素粒子爆発で、数回ぶんのエネルギーを得られる。最初に実験飛行したとき、四回のフライトをした。理論的には、あと四回くらいは時間旅行が可能だ。
エンジンさえ、もっと丈夫なものが造れれば、回数に制限なく飛べるのだが。
しかし、メカニカルな部分は間宮の担当だった。
私の専門からは外れてしまう。
現在、残っているエネルギーを大切に使わなければならない。
「三谷くん。まあ、落ちつきなさい。学生どうしでケンカでもしているのか?」
正直、このとき私は、まだ事態を甘く見ていた。
が、三谷は顔面蒼白だ。
「それどころじゃないんです! 学生の一人がナイフをふりまわして、無差別に人を刺しているんですよ!」
「なんだって?」
脳裏に、先日すれちがったときの間宮の目がよぎった。
鋭利な刃物のように冷たく光った、間宮のあの目。
「間宮か?」
「名前はわかりませんが、マスクをした髪の長い男だそうです」
まちがいない。間宮だ。
私は、ゾッとした。
今日、愛花は朝から講義があると言っていた。
私は研究室をとびだした。
研究室は三階だ。階下のどこかから悲鳴が聞こえてくる。
一階までおりてみると、そこはもう血の海だった。
あっちにも、こっちにも人が倒れている。
息のある者は苦痛の声をあげている。その声さえ、すでにない者が多い。
同じだ。
未来で見た独裁国家の日本。
処刑場で次々、射殺される人々。
間宮は、けっきょく、人生のどこかで大量殺戮をひきおこすのだ。もはや、これは宿命だ。
私は逃げまどう学生たちをかきわけ、悲鳴の聞こえる中心をめざした。
第一講義室からケガを負った学生が、ヒイヒイ言いながら、とびだしてくる。足から血が流れている。私を見ると、「助けてください!」と、すがりついてきた。
よく見ると、顔に見おぼえがある。
愛花の友人の広瀬という女子学生だ。
ゼミ友達だったはず。
「まさか、このなかに愛花がいるのか? 愛花は逃げたんだよな?」
広瀬は泣きだして話にならない。
私はすがりつく広瀬の手をふりほどき、第一講義室にかけこんだ。
一番、見たくなかった光景が、そこにあった。
教壇の上に引き倒された愛花。
その上にのしかかるように、何度も何度も、血にぬれた刃を愛花の体につきたてる間宮。
「愛花ァッー!」
私の叫び声を聞き、間宮はふりかえった。
今の間宮は私を知らないはずだ。専門学部が違うから、私は彼に講義をしたことはない。
だが、やつは私を見たとたん、笑った。
マスクの下から、ひきつった笑い声がもれる。
「……おまえのせいだからな。おまえが、おれの人生をメチャクチャにしたんだ! だから、おれは、おまえの大切なものをメチャクチャにしてやるんだ!」
十年前のあの日、ヤツを刺した私の顔を、間宮はおぼえていたのだ。この大学に入学したのは、おそらく、私の正体に気づいていたからだろう。
ゲラゲラ笑いながら、間宮は愛花を切り裂き続けた。
愛花はけいれんしながら、刺されるたびに、少量ずつの血を吐いている。
私は無我夢中で間宮に体当たりした。
だが、もう、愛花の命は失われていた。
遺体は見ていられないほどに損なわれていた。とくに顔は損傷が激しく、親でも見わけがつかない。
身につけた服が、今朝、自宅を出ていったときに着ていたものと同じだから、愛花だろうと察しをつけることができるていどだ。その服も真っ赤に染まっている。
ぼうぜんとする私を見ながら、間宮は、ただ笑っていた。笑いながら、悪魔は涙を流していた。
そのあとすぐに警察が来て、間宮は逮捕された。
おそらく、間宮は死刑になるだろう。
だが、だからなんだ?
私はふたたび、大切なものを失った。
二度も娘をあいつに殺された。
あの悪魔を殺しそこねたことが悪かったんだ。
あいつは、あのとき、絶対に息の根をとめておかなければならなかったんだ。
その夜、私は再度、十年前に飛んだ。
十年前のあの日だ。
私が間宮を殺しそこなった日。
最初のときの私より少しだけ早い時間に戻った。
つまり、前回は放課後だが、今回はその少し前だ。
校門前で、少年時代の間宮を見つけた。まわりには、たくさんの生徒がいる。以前は、目撃者の目を恐れて、間宮がひとけのない場所へ行き、一人になるのを待った。
だが、今回は、笑いながら校門から出てくる児童たちをかきわけ、いきなり、間宮の胸を刺した。確実に心臓を刺した。間宮は血の泡をふいて倒れた。
悪魔は、あっけなく、こときれた。
これでいい。これでもう、誰も傷つかない。
愛花も殺されないですむ。
私は安心して現代に戻った。
今度こそ、誰もが幸せになれると信じて。
*
だが、現代に帰った私を待っていたのは、またしても悲劇だ。
私は大勢の子どもの前で間宮を殺した。警察はかんたんに犯人をわりだしたらしい。
私は十年前、殺人犯として投獄されていた。
ここにいる私ではない。十年前の、まだ何も知らない私が、だ。
私の自宅は無人になっていた。塀や家の壁には、人殺し、死ね、死刑などの落書きが書かれ、窓は割れていた。家のなかも荒らされていた。
ショックだったのは、愛花の遺影が仏壇に飾られていたことだ。おそらく、殺人犯の娘として過酷な日々をすごし、心労から病気になったのだろう。あるいは、自殺……。
ダメだった。
また、愛花を救えなかった。
愛花と間宮のあいだには見えない糸でもあるかのようだ。どちらかが死ねば、残されたもう一方も死んでしまうというのか?
いや、そんなはずはない。
私のやりかたが悪かっただけだ。
この方法ではいけなかったのだ。
では、どうすれば、よかったのか?
誰も傷つけず、愛花を守るためには?
間宮の独裁を、殺戮を阻止するためには?
私は考えた。
そして、決心した。
この方法しかない。