第5話  だって、好きなんだもん!  後編

文字数 3,392文字


 近ごろ、おれが見まわりしてないんで、村を荒らしにくる魔物が多い。

 でも、それらは、みんな、小物ばかりだ。スライムとか、ブラウニーとか。ちょっと強くても、ゾンビとか? おれが一人で倒せるていどのやつら。じゃないと、村を守れない。

 だが、このときのさわぎは、そんなもんじゃなかった。
 異様な気配が、家のなかにいても、わかる。

 おれは窓から外をながめた。
 空が黒い。
 魔物だ。ものすごい数の魔物が、空をおおっている。
 一匹ずつは、たいしたことない。コウモリやニワトリのモンスターエナジーだ。でも、数が尋常じゃない。

「三騎士だ! 魔王の三騎士、ゾゾゾナイトだー!」と、誰かが叫んだ。

 なるほど。ゲームってのは、ほんと、よくできてるな。

 今ので状況がわかった。

 ゾゾゾナイトのネーミングはともかく(もっとマシな名前はつけられなかったのか?)、そのセリフは、あることをおれに告げていた。

 今日が、その日だと。
 おれの人生が終わる日だと。

 おれは愛剣をベルトにさした。
 村勇者に支給されている防具も身につけた。
 ちょっとダサいが、ウロコのよろい、ウロコのぼうし、ウロコの盾という、ウロコづくし。

 せめて、死ぬまでに青銅のシリーズに切りかえたかったなぁ。そこまで、金、たまらなかった。

 勇者だから、ユウタって名前も安直だなぁと、つねづね思ってたが……でも、これでいいんだ。
 これで、おれはバグから解放される。
 おれの人生をまっとうできる。

「父さん。母さんと妹(妹は名前もつけられてない。哀れ!)を頼むよ」
「……ユウタ。しっかりな」

 男どうしでグータッチした。
 母と妹を一度ずつハグした。

 さよなら。
 おれの家。おれの家族。
 おれは村勇者だ。村を守って、いさぎよく散ってやる。

 おれは、家をとびだした。
 魔物の大群に向かっていく。

 おれのこと「村の恥さらし」と言った、となりのおじさんも、「ニセ勇者」と、ののしった、おばさんも許すよ。

 みんな、おれの戦いぶりを見ててくれ——

 今日は、おれの一世一代の晴れ舞台。
 あとレベル1足りなくて、ザ〇ラルおぼえられなかったけど。今のおれにできることは、すべてした。
 むらがるコウモリをけちらし、ゾンビの大群を焼き払った。

「みんな、教会に逃げるんだ! あそこなら、魔物は入りこめない」
「ユウタくん……ごめんね。ありがとう」

 ああ、みんなの感謝の目。
 賛嘆の言葉。
 よかった。おれの努力はむくわれた。
 これでもう思い残すことはない。

 おれが疲れきったころ、その人は、やってきた。
 グッドタイミング。

 やっぱり、本物の勇者だな。
 魔王を倒して、世界を救う、ゆいいつの人だ。
 ひとめで、救世主(ユーザー)だとわかった。なにしろ、グラフィックの手のかけかたが違う。やっぱ、かっこよく作ってあるよ。

 その人が、おれに手をさしのべる。

「大丈夫ですか? この村で、何が起こっているんですか?」
「ゾゾゾナイトです(やっぱり、ネーミングがなぁ……)。あいつが村をおそってるんだ」
「なんだって! ゾゾゾナイトが? それは、どこです? 今日こそは絶対に倒してやる!」
「あっちです(NPCには、なんとなくわかる)。おれも行きます。おれの村だ。おれが守らないと」

 今のセリフ、決まったかな?
 ゾゾゾナイトのネーミングのせいで、いまいち、しまらないのが残念だ。

 おれは、その人とともに走った。
 おれにとって、最期の決戦のステージへ——



 *

 ゾゾゾナイトは、見ためがダメだった。
 ゾンビナイトが三匹、つながったみたいな。両わきに人形ならべて、ラインダンスおどる芸人みたいに見える。

 序盤のボスなんて、こんなもんか……。
 もうちょっと、カッコいい敵にやられて死にたかったなあ。

 でも、シチュエーションは最高だ。
 ゾゾゾのくせに、こいつ、意外と狡猾(こうかつ)
 おれたちが、かけつけると、ゾゾゾナイトは教会のまわりに、ガラクタをつんで火をつけようとしていた。逃げこんだ村人を教会ごと、焼きつくそうとしている。

「はっはっはっー! どうだー! 村人どもめ。魔王さまに逆らうやつらは、見せしめだー!」

 定番の悪ゼリフを吐いて、火のついたタイマツ(炎系魔法じゃないとこが序盤)を、ガラクタの山に近づける。

「待て! ゾゾゾナイト。そんなこと、させないぞ」
 メシアが叫んで、切りこんでいく。

 あっ、ダメだと、おれは思った。
 ゾゾゾナイトの得意技は、カウンターからの百槍突きだ。受けた攻撃の百倍のダメージを相手に与える。序盤では、ほぼ無敵とも言える技。ただし、使えるのは、一戦闘で一回だけ。

(そうか。今なんだな……)

 おれは、このステージ。戦う前に死んでしまうんだ。

 それが、おれの役目——

 おれの体は自然に動いた。
 ゾゾゾナイトに向かって突進するメシアをつきとばし、おれの剣をつきだす。我ながら、会心の一撃だ。まともに刺されば、ゾゾゾナイトだって、無傷ではすまないはず。
 でも、この剣が当たった瞬間、おれは激しいカウンターを受ける。たぶん、即死だろう。

 ニヤリと、ゾゾゾナイトが笑った。
 すべてがスローモーションのように見える。
 終わりのときが近づいている。
 おれの一撃がゾゾゾナイトの肩に入る。

 その瞬間だ。

「ダメー!」

 信じられない。
 おれとゾゾゾナイトのあいだに、誰かが入ってきた。

 あわい水色の髪。甘いピンクの瞳。
 キャンディーみたいに、甘ったるい女の子。
 小さな羽と、しっぽのオマケがついてるけど。

「キュートッ!」

 一瞬ののち、キュートは血まみれになって、地面に倒れた。

「バカ!なんで……なんで、こんなことするんだよ! 今日は、おれの最期の日だったのに。死ぬのは、おれのはずだったのに」

「ごめんね……ユウタ。好きになっちゃって、ごめん……」

 ああ、命が失われていく。
 わかる。キュートの瞳から光が消えていく。

「おまえのは本能だろ。しっぽ、にぎられたから好きなだけ」

 こんなときに、なに言ってんだ。おれ。

 すると、キュートは微笑した。
「そんなこと……ないよ。しっぽ、にぎられる前から、ドキドキしてた。だって、カッコよかったもん。ユウタ……」

「キュート……おれ……」

 おれも、好きだよ——
 ささやいた言葉が、キュートには聞こえただろうか?

「死ぬな。死ぬなよ。キュート!」

 キュートは、ほほえみながら息をひきとった。

 そのあとの戦闘のことは、正直、よくおぼえてない。
 みごとな戦いだった気もするし、メシアが勝手に、やっつけてくれたような気もする。

 とにかく、おれの一撃から戦闘が切れずに続いていたせいで、もはや、ゾゾゾナイトは得意技を使えなかった。得意技さえ使えなければ、たいした敵じゃない。ゾンビナイト三匹との、ちょっとキツイ戦闘ってていど。
 経験値は、すごかったけど。
 チャラララッチャッチャーと、聞き慣れた音がして、おれは自分のなかに新しい力が、みなぎるのを感じた。

 レベルアップ!
 ザ〇ラル。おれは、ザ〇ラルをおぼえた!

 戦闘で、かなりのマジックパワーを消費してたが、限界じゃなかった。この日のために買いためといた、妖精のしずく(魔力回復アイテム)もある。

 おれは、ザ〇ラルを叫んだ。
 キュートの体を抱きしめながら。
 魔力の続くかぎり。

 でも、キュートは目をあけない。
 もしかして、魔物だから、きかないのか?
 それとも、おれの成功率が低いだけ?

 ああ、もう、最後の妖精のしずくだ。
 これが、最後のひとびん。

「ザ〇ラル!」

 ダメか? やっぱり、生き返らないのか……。

 あきらめかけたとき、キュートが目をあけた。
 まだ青い顔をして、体力半分って感じだけど。

「ユウタ……」
「おれの嫁さんになってくれ」

 キュートの返事は、熱烈なキスだった。



 *

 その後?
 死に場所をのがしたNPCが、どうなったのかって?

 おれは、メシアといっしょに旅に出ることにした。
 どうやら、このゲームはマルチストーリーだったみたいだ。

 まあ、序盤のキャラだからさ。
 そのうち、足手まといになって、お城の酒場とかで、留守番にまわされるんだろうけど。

 そういう人生も、ちょっといいかなと思ってる。
 なにしろ、嫁さんがサキュバスだから。
 これ以上、個性なんていらないよ。



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