水の中で得た〈サトリ〉
文字数 1,242文字
車を降りるとほとんど何も見えなかったが、月光の反射で湖面が確認できた。周りは多くの木々で囲まれていた。あと三時間もすれば夜が明ける。ぼくは朝日を待とうか迷ったが、カソウよりもゲンジツの夜明けを
最後にこれを読んだのはいつだ? 記憶にない。残念ながら今のぼくは、キプリングが詩の中で語る人物とは似ても似つかぬ男だ。けれどもぼくには、まだこれからの人生がある。だから卑屈にならず、またゼロからやり直せばいい。そうだ、もう一度やり直せばいい。何度でも、何度でも――。
ぼくは泳ぎながら心の中で同じ詩をもう二回読んだ。カソウに移住してからの十一年間だけでなく、全人生の記憶が次々と蘇りながら頭の中を駆け巡り始めた。すると生まれて初めて、意識が解き放たれ、全体と融合していく感覚を覚えた――。
『そうか、なんてこった――デルタ型ボーグがいつまでも完成されないのは永遠の命を独占したい、一部の欲深い人間が、足の引っ張り合いを繰り広げているからか? そうだ、きっとそうだ。そしてオメガ型を選んだ大部分の人間は、そのことを理解していない。かれらはいつか、自分たちがオメガ型からデルタ型にバージョン・チェンジできると信じている。騙されていることに気づかず、カソウに移住するタイプのボーグ、オメガ型を受け入れた。
しかし、なんという愚かな夢だ……自分だけが変化の伴うボーグ・デルタ型として〈永遠に生き続けたい〉なんて……アミ、結局のところ、きみもそうなのか?
本当のバケモノはオメガ型ボーグや、ぼくのような生きる屍でもない。AI・バーグでさえ、見方によっては同じ生きる屍でしかない。本物のバケモノは永遠の〇〇に心を奪われた人間だ。
ぼくは父・サトシの意志を引き継ぐ、そしてきっとカソウのヒトたち――いやすべての生きる屍――を救ってみせる。それこそが真の永遠の〇〇ではないか?
そうか、誰かがそう思い、行動を起こすためには、人間の本性を理解するだけでは足らず、カソウとゲンジツを双方向に移動し、両方の世界を経験する必要があったんだ。
でも父さん、あなたは一つだけ大きな間違いを犯した。なぜならもし、自分の信念を誠心誠意、余すところなく語ってくれてたら、ぼくはあなたの夢に共感できたからだ。そうだ、絶対にできたはずだ。だから自殺なんかまったく必要なかったんだ! 「忘れられる権利」だってそうだ。それがなぜ、分からなかったんだろう? いや、もしかしたら、それとも……』
湖の中央に達した。ぼくは湖面を翔ぶように潜り抜けながらどこかへ浮かび上がっていった。