誰も助けてくれない……恋人・アミは?

文字数 1,492文字

 当時、ぼくには恋人がいた。かれの名はアミ。ぼくよりも二歳年上のビジネスパーソンであり、父が主催するネットワーキング・パーティーで見かけたのが、初めての出会いだった。
 アミはビジネスをスタートさせてからまだ日が浅かったが、カリスマ性に富んでいた。話し方は冷静沈着でありながら堂々としており、自分の考えを自分の言葉で、親しみを込めた語り口で、わかりやすい表現を使いながら説明できる女性だった。そして何より、アミの才能は、ぼくの父・サトシのお墨付きを得ていた。
 それは初めてアミのプレゼンテーションを聞いた後のことだった。
 「最初にステージに登壇した女性がいただろう?」と父はぼくに問いかけた。
 「茶色の短髪、緑の瞳、ブルーのスーツを着た人のことですか?」
 「そうそう。これまで何度かアドバイスをしたことがある。かれの話し方は聴くものを(とりこ)にする。ビジネスパーソンとして、必ず大きく花開くだろう」父がぼくと同年代の人間を絶賛したのは、後にも先にもこのときだけだった。その後、同じプレゼンを何度もリプレイしながら観ているうちに、ぼくはアミと懇意になりたいと思い始めた。そして、その日のうちにかれをデートに誘った。最初はまったく相手にされなかったが、何回もあきらめずにしつこく誘い続けた。四回目にアプローチをかけたとき、(いぶか)しげな目つきとうんざりした口調で次のようにたずねてきた。
 「ところで、ぼくのどこに魅力を感じるの?」
 「一週間前のプレゼン。あれは素晴らしかったです。説得力がありました。誰もがあなたの話す姿に釘付けでした。気がつけばぼくも、完全に魅了されていました」と、ぼくはなるべく飾り気のない素直な言葉で答えた。
 「ふーん。それだけ? きみって変わってるね」アミはまるで動物園で珍獣を見たような目つきをしていた。
 「かもしれません」
 「普通なら、笑顔が素敵だとか、価値観が好きだとか、言うんじゃないの?」
 「なるほど、すいませんでした。訂正させてください。アミさんの笑顔は素敵です。価値観も好きです。もしぼくの価値観が嫌いな場合は、ぼくが変えます。だから、今度は二人だけで会いませんか?」――。
 その週、ぼくはかれと二回会った。少し気難しいタイプの女性だったが、一緒に過ごす時間は刺激的であり、間違いなく楽しかった。当然もっと頻繁に会いたいと思ったが、アミは自分の〈価値観〉がそれを許さないと言った。その発言でさえ、大変説得力があった。そのため、ぼくはそれでも構わないと言った。
 それからというもの、ほぼ毎日コンタクトはとっていたが、最後に会ったのは何週間も前だった。付き合い始めてから半年が経過したが、ちゃんとデートをしたのは十回ほどだったかもしれない。
 父が自殺した日、ぼくは完全に気が動転していた。アミにだけは自分の弱さを見せたくなかったので、向こうからコンタクトがあったときも、二十秒ほどしか会話しなかった。かれは父・サトシを尊敬していた。そのため父の自殺に関する、アミの本音を知るのが怖かった。けれども、それ以上に恐ろしかったのは遺書の内容についてだ。あの四行を知ったとき、アミは一体、どんな表情を見せるだろう? どういう言葉を発するだろう? 目に涙を浮かべるだろうか? それとも沈黙するだろうか? ぼくはそれ以上想像したくなかった。そしてかれにだけは裏切られたくなかった。
 だからぼくは勇気を振り絞ってアミから逃げた。父が自殺した日以来、かれとは一度も会話していない。ぼくは自分だけでなく、アミも守りたかった。そのため、いろいろ考えた結果、それがベストの選択だと判断した。
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登場人物紹介

主要登場人物


サトル・ナカモト:
主人公(写真の男性)。今はカソウで暮らすヒト。11年前まではゲンジツで暮らす人間だった。父親のサトシ・ナカモトが自殺した理由を知りたい。


サトシ・ナカモト:サトルの父。男性。21世紀を代表する天才ビジネス・パーソン。記憶に記録を結合させて移動する=BRMT=Binding Record to Memory and Transferringという革新的な技術を開発した人物。サトルが成人を迎える直前に自殺した。


サトリ:カソウのコンパニオン型ボット。サトルの妻。最近どういうわけか姿を見せなくなり、声だけの存在と化した。


メグミ:サトシ・ナカモトの長年のビジネス・パートナー。男性。百戦練磨のプロフェッショナル。ゲンジツの人間。


ジエイ:サトルの長年の友人で幼なじみ。男性。ゲンジツの人間。


ジエイの父:食料関連に特化したビジネス・パーソン。男性。ゲンジツの人間。


アミ:11年前のサトルの恋人。女性。カリスマ性に富んだ優秀なビジネス・パーソン。ゲンジツの人間。


ポール:サトルの先生。男性。投資理論を教える。スマートでハンサム。ゲンジツの人間。


ゲーブ:長年にわたりカソウの研究をしている専門家。男性。いわゆるオタク。ゲンジツの人間。


ヤスイ:不動産業を営んでいる。男性。カネが好き。カソウのヒト。


ヤマモト:大企業の役員。男性。苦しみに依存している。カソウのヒト。


ヤマモトのお母さん:女性。かなり高齢。痴呆症を患っている。カソウのヒト。


ハジメ:サラの夫。男性。もともとはゲンジツの人間。今はカソウで暮らすオメガ型ボーグ。


サラ:ハジメの妻。女性。もともとはゲンジツの人間。今はカソウで暮らすオメガ型ボーグ。


ミエ:自分を見せる仕事をしている。女性。猫が好き。カソウのヒト。


サトウ:サトシ・ナカモトの先生だった。男性。もともとはゲンジツの人間。今はカソウで暮らすオメガ型ボーグ。


AI・グル:ゲンジツの人工知能(A I)。人間の行動のみ監視している。


AI・バーグ:カソウの人工知能(A I)。ヒトの行動と感情を監視している。カソウで稼働している全ボットとも繋がっている。

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