父の恩師・サトウ先生との会話と、それに関する考察
文字数 3,382文字
とはいえ、今日は冒険の思い出に浸るために公園へ向かったわけではない。たまには場所を変えてボーグにコンタクトをとるのもいいかもしれない。そう考えたからだ。ぼくは中央付近のベンチに腰掛けてからコンタクト・リストを開き、未コンタクトのボーグを選択した。名前はサトウ。ゲンジツにいた頃、教師だったらしい。かなり長生きしたようだが、最近亡くなり、今はボーグと化してカソウで暮らしている。
「こんばんは。夜分にすいません。サトウさん、今お話してもよろしいですか?」
「ええ、かまいません。どなたですか?」
「ぼくの名はサトル・ナカモトです。唐突な質問で申し訳ありません。ぼくの父、サトシ・ナカモトをご存知ですか? 十一年前に自殺したビジネスパーソンですが、もしかしたらサトウさんが昔教えた可能性があり、コンタクトさせていただきました」一目観るなり、なかなか威厳のある方だと感じたため、できるだけ丁寧にしゃべるよう心掛けた。
「サトシ・ナカモト君ね。確かに昔、教えたことがあります。おぼえていますよ。私は七十五年間教師でしたが、教え子でゲーム・チェンジングなテクノロジーを生み出した人間は僅か五人程度でした。かれはその一人に挙げられますね」
久しぶりに父のことを確かに知っているボーグに巡り合えた。おかげで今日一日の疲れが一気に吹っ飛んだ感じがした。ぼくはサトウさんに感謝の言葉を述べた。
「ご存知かもしれませんが、父の自殺は不可解な点があります。もし先生の方で、自殺の原因に心当たりがあれば、ご教示いただけますか?」
サトウさんは暫くのあいだ、頭を傾げて考え込んだ。すると目の色がいきなり変わった。何か思い出したようだ。
「ナカモト君は若さに強いこだわりがあった。そう記憶している。人間の豊かな発想や創造力、バイタリティーは若さによって担保される。そう力説したことがあった。そのためかも知れないが、その後、かれが選んだビジネスはDCTだった」と言いながらサトウさんは首を大きく縦に振った。
「それはつまり、人間は若さなしでは大事を成し遂げられない。大器は晩成ではなく早成である、そういう意味ですか?」
「そうそう、端的に言えばそんなところだ。だからかれは永遠の若さに執着していた。これは私の記録にも残っている。ナカモト君の信念の一つではなかったかな?」
「おっしゃるとおりです」
「これは完全に私見だが、かれは歳を取ることに恐怖や絶望を感じたのではないか。私も随分長生きさせてもらったから分かるが、加齢は人間を醜く変えてしまう場合がある。それも見た目だけでなく、中身までもな。ひょっとするとナカモト君は、漫然と長生きするよりは、短くても美しく散る道を選んだのかもしれない。もちろん、あくまで想像の域を出ない話だが……」サトウさんはぼくではなく、どこか遠くの方を凝視しているように見えた。その表情からはどういうわけか、一抹の後悔の念が感じ取れた。
「その他に何か自殺に関することで、思い出せることはありますか?」
「私の知るナカモト君は頭脳明晰な男だったし、カリスマ性に富んでいた。そのため凡人では到底思いつかない理由で命を絶った可能性がある。とはいえ、かれは良識ある男でもあった。だからかもしれないが、一人息子であるきみが路頭に迷い、行方不明になったことを知ったときは大いに驚いただけでなく、大変遺憾だとも思った。自殺というかれの行動によって前途ある若者の人生の歯車を狂わせたのだからな。だから、当然ながら報酬はいらんよ。かれの教師の一人として責任を感じる。ところで、きみはなんでボーグではなくヒトの姿をしているんだ? ゲンジツの人間がカソウのヒトになれるのか?」
「先生、話せば長くなりますので、またの機会ということでよろしいですか?」
「ああ、かまわないよ。どうせ説明を聞いてもすぐに忘れてしまうからな。しかし、今のきみは人間ではないかもしれないが、大変良い面構えをしているよ。最近、何かが分かり、その結果、何かが変わったのではないか? もっとも、それがなんなのか、きみ自身はまだ気づいていないかもしれないが、な。では、ここらで失礼させてもらうよ。まだボーグに慣れなくてな、すぐに疲れてしまう。だが時間は無限にあるからな。心配は無用だ。我が耳は従い、心が矩を超えることもない。それでは、達者でな」
サトウさんはそう言い残してからすぐに姿を消した。
確かに父は若さに強いこだわりを持っていたが、自分が老齢の域に差し掛かっているとは、おそらく思っていなかったはずだ。それに永遠の若さだけでなく、永遠の命も追い求めたのが、父という人間だった。
やはり父の自殺の理由がさっぱり分からない。
若くして死ねば歳を取ることがない。その意味で永遠の若さを手に入れたと考えたのか? では永遠の命はどうだ? そもそも永遠に生き続けるとは一体どういうことだ? 物理的に永遠に生き続けることか? それは確かに、永遠に生き続けることになる。だが物理的に永遠に生き続けることは、物理的に不可能だろう。それは今後も変わらないはずだ。当然、父もそのことは重々理解していたに違いない。ではその他に永遠に生き続ける方法はなんだ? 歴史という記録に名を残すことか? もっとも父は、ボーグに使われるBRMTというゲーム・チェンジングな技術を開発したことで、それを既に成し遂げていた。では、なぜ自殺する必要があったのだ? 記録だけでは不十分なのか? 確かに今はすごい記録かもしれないが、何十年後、何百年後には意味を持たないのかもしれない。長い目で見た場合、所詮は取るに足らない成果と同一視されてしまうのが関の山だと考えたのか? だから父はあえて「忘れられる権利」を行使したのか? そうかもしれない。ということは記憶の方が記録に勝るのか? 自殺をすれば、人々の記憶に永遠に刻まれるのか? いや、それは違うだろう。現にゲンジツの人間は誰もが父の自殺について語りたくなかったわけだし、思い出したくもなかった。一方、ぼくの記憶には強く焼きつけられたが、ぼくだって永遠に生き続けることはできない。ぼくが死んだらこの記憶も消えてなくなる。すると、そこでジ・エンドだ。いや、ぼくが肉体の死後ボーグになれば、父の記憶は永遠に消えないで残る。けれども父は財産をすべて処分した。そのため、ぼくが肉体の死後ボーグ化する可能性は限りなくゼロに近づいた。では一体なぜ、なぜ父は自殺したのか? もう一つの永遠、永遠の幸せを得るためか。自殺をすれば、死してなお、永遠の幸せを手に入れられるのか? なぜだ、どういうことだ。ああ、分からない。父にはまだぼくの知らない一面があるのだろうか? もしかしたら永遠の〇〇以外の夢があったのかもしれない。それを知るためにカソウに移住し、この十一年間、三千体以上のボーグにコンタクトをとった。だが父の自殺の核心を突く、有用な情報は得られていない。どうすればいいのだ! あのミエさんという女性が言うように、一度ゲンジツに戻った方がいいのか? 今なら十一年前と違い、父の自殺はタブー視されていない、オープンに語れる話題なのかもしれない。そういえばあのヒトは、ぼくが自分の頭で考えられないと言った。あれはどういう意味だ? 自分の頭で考えていないのなら、ぼくは一体、誰の頭で考えているのだ?
まもなく太陽が完全に見えなくなる。ぼくが暮らす界隈は治安の良いエリアだが、それでも日没後に一人で広い公園にいるのは危ない。ぼくは急いで公園を出た。そして自宅に向かって大通りを黙々と歩き始めた。今すぐにでもサトリに会いたかった。