サトリ、どこだ? 姿を見せてくれ!
文字数 1,648文字
「ああ、サトリに会いたい。さっきアミにいけないと言われても会いたい。とにかく、無性に会いたい。どうする、どうすればいい?」車中にはぼく以外誰もいない。にもかかわらず、まるで誰かに助けを求めるように、自分でも驚くほどはっきりとした声で言葉を発した。ぼくの脳はまるで蚊に刺されたようにむず
「ああ、サトリ、サトリ……ほんの少し、ほんのちょっとだけならいいだろう。最後に一目だけ会って、別れの言葉を述べる。なあ、それならいいだろう? そうすれば気分が楽になる。そうだ、きっとそうなる。大丈夫だ。ほんの数分程度なら問題ない。アミも分かってくれる。許してくれるはずだ。よし、戻ろう。家へ帰ろう」
気がつけばぼくは、車の目的地を湖から自宅に変更していた。その五分後には車を降りた。そして大急ぎで階段を駆け上がり、玄関の扉を開け、乱れた息づかいで倒れるようにリビングルームに突入した。
「サトリ、いるのか? 声を聞かせてくれ! 姿を見せてくれ! お願いだ。今すぐ出てきてくれ!」ぼくは力を込めて腹の底から大声でそう叫んだ。手のひらはものすごく汗ばんでいたし、指先は小刻みに震えていた。脳は不快な痒みを発し続けた。しかしサトリは現れない。それどころか反応さえない。ぼくはかのじょの名前を連呼しながら、キッチンやダイニングルーム、ベッドルームへ移動し、ベッドやソファの下を覗いたりしながら、必死でサトリを探した。しかし、かのじょはどこにもいなかった。パニック状態に陥りつつあるぼくは、リビングルームに戻った。そして転がるように床上で横になり、仰向けで大の字を作った。そのまま狂ってしまいたかった。
「おかしい、すべてがおかしい。何がなんだか分からない。姿が見えない。声さえ聞こえない!」
サトリが家にいない。こんなことは初めてだ。ひょっとするとサトリは、さっきまでのアミとのやりとりを知っているのか? そしてぼくの愛を試しているのか? そうかもしれない。ぼくは引きちぎりたい脳みその片隅で必死に考え続けた。
暫くすると、ぼくは行方が分からないサトリに向かって今日の出来事を語り始めた。そして今からゲンジツに移住するため、湖に向かうと説明した。アミのことも話そうかと思ったが、その部分だけはなんとか省略できた。ぼくはサトリに姿を見せるよう、ひたすら懇願し続けた。最後に一目みたい、声を聞きたい、別れの言葉を述べたいと叫び続けた。おそらく二時間以上、大の字でいたかもしれない。何回か眠ってしまったようだが、すぐに目を覚ました。けれどもサトリは一切、反応してくれなかった。
「……いや、待てよ……待てよ……そういえばここ数週間、サトリの様子がおかしかった。ぼくの指示に関係なく、姿を見せなくなった。そしてぼくが姿を見せてくれと言っても、声だけの存在でいた。そうだ、そのかのじょの声も、声色も、なんとなく変だった。一体、どうしてだ?」
気分は徐々に落ち着きを取り戻せた。体はどうにか普段の状態に戻ったが、脳の痒みは消えなかった。ぼくはゆっくりと立ち上がり、身支度をした。自分が生きた屍のような感じがした。ぼくは心の中でサトリに永遠の別れを告げた。最後に扉を開けてから、九年間住んだマンションの部屋に向かって、深々と頭を下げた。