第8話 ギル・マックス襲撃

文字数 11,249文字



 満月の前に、わずかに細い雲がたなびいている。
 夜九時ごろにエリスンがベッドに就いてから、しばらくして兵士が騒々しく動き回っている。
「おい、起きろっ」
 エリスンは気配を感じて少し前から起きていた。壁時計を見ると午前一半過ぎだった。部屋の外の兵士がささやき声で叫んだ。
「どうしたんです?」
「襲撃だ! 今すぐここから出るぞ――!」
 一瞬、メタル生命体の襲撃かととっさにエリスンは身構え、今度は強く自分を部屋から出すようにと兵士に言った。彼らは禁断地帯に入ってくる侵略者を自動的に攻撃してくるのだ。
「私がテレパシーでメタル生命体に呼びかければ、兵士達を守れるかもしれない。早く出して――」
「そんなんじゃない!! これは……敵襲だ。西ドナウ軍の」
 兵士の声は、それどころではないほど切迫していた。目をつぶって思念を辺りに巡らした。だが、メタル生命体たちの気配は何も感じられなかった。
 ドアが勢いよくバタンと開いた。
「西ドナウから砂漠を踏破してきた男が襲撃してきたんだ!」
 背の高い兵士はバイザーをつけているせいで、その表情は読み取れない。
「川から船で来たの?」
「いいや違う、徒歩でだ! アイツはたった一人で、砂漠を……。だから、オレたちは接近に気づかなかったんだ。川から来りゃこっちも気づくさ!」
 エリスンは耳を疑った。メタル生態系の支配する禁断地帯を突っ切ってきた? 連邦軍は川は見張っていたが、砂漠は監視していなかった。
「そんなばかな……ありえません」
 メタル生命体と交流できる自分でさえゆっくりとしか移動できない。でなければ浮遊する原始メタル生命体に斬られてしまう。
 銃を持った兵士は外の様子を伺い、言った。
「いや――、やっぱり君はここにいるんだ! 絶対部屋から出るな!!」
「ちょ、ちょっと待って! 私をここから出してください!」
「外は危険だ。隠れてるんだっ!」
 エリスンは、ドアが閉じるタイミングを見計らって脱走した。
「クソッ、出るなというのに――」

 ビュオオオ――……ゴゴゴゴゴゴォ。
 砂塵の中から、二メートル近い大男が現れた。片方の眼を眼帯している。
「一人か!?」
 リード司令官は闇の中で、サーチライトに照らされた男を見て、不審な顔でつぶやいた。川を隔てて、数百人の兵士が男を監視していた。
 男の両手には、巨大なナイフが握られている。刃渡り三十センチはあろうかという、旧世界の「サバイバルナイフ」と呼ばれている古風な形状だ。
「武器はナイフ一本だけか……?」
 リード大佐は不審と安どの入り混じった表情を浮かべた。
「何者なの?」
 エリスンは不安げに、バイザーをつけた兵士に訊いた。
「やはり――ヤツは……間違いない。俺はアイツを知っている、ギル・マックスだ! 大佐、奴は人間ではありません、ヤツと戦っても我が軍に勝ち目はない、ここはいったん撤退を――」
「人間ではない? どういうことだ」
「ですから、こんな兵器や兵力じゃとても勝てない」
「アイビス中尉、下がれ! どうやら一人で来たのを見ると、あいつは西のスパイだろう。捕らえることもできるが、逃げられても厄介だ」
 無数の銃口がガシャガシャと男を狙った。
「退いてください、俺は五年前に奴に会ったことがあるんです。みんな殺されるのがオチだ!」
「何を言う、こっちは武装兵が五百余名だ。一人を殺るのに、ちと大げさかと思うが、おかげで手間が掛からん。撃て――ッ!!」
 銃撃を受けたギルは彼岸まで達すると、突然飛び上がった。宙で何十回転もして、一挙にドナウ川を飛び越えた。
「三百五十メートルの川幅を渡り切った!?」
 此岸に着地したギルの右手から、ナイフがビュンと飛び出して、宙を生き物のように飛び回った。兵士がエリスンの目の前で次々と惨殺されていった。ナイフは高速回転し、その数が二本三本と増えていった。
 なんと飛び道具は銃器ではなく、ナイフだけだった。だがそのスピードは人間の視力が捕らえる限界をはるかに超えていた。
「原始メタル生命体みたいだ……」
 エリスンは驚嘆した。
 猛スピードで瞬間移動する襲撃者に、こちらのレーザー銃撃は一切当たらなかった。目に見えないスピードでジグザグに移動し、無数の銃弾を見切っている。月の光を反射したナイフの帯が通り、その後に兵たちはバタバタと倒されていった。
 迎撃態勢を取る間もなく、一気に距離を詰められ、マシンガンのようなパンチやキックが無限に繰り出された。瞬時に十人以上の兵士が五、六十メートル先へ吹っ飛んでいった。
「人間じゃない……嵐だ!」
 クリスタルドームの閉められた鋼鉄製のドアがキックでひしゃげて、あえなく突破された。
「やむをえん、行くぞ……!」
 司令官からアイビスと呼ばれた兵士は、エリスンを連れて、住居棟エリアからの脱出を試みた。
 突然、ペットの原始メタル生命体が炉から飛び出して襲い掛かった。だが、ガキンッッ!! と音がして、ギルのナイフがメタル生命体を瞬殺した。カラカラと床に転がって沈黙した。エリスンはハッとする間もなかった。

 研究棟の第二会議室。
 入り口のドアにナイフが突き刺さった。その直後、ギルはワイヤーを引っ張ってドアを手前に壊して侵入した。
「俺がおとりになる……」
 アイビスは隣部屋に隠れて敵を迎え撃つために、腰に収めていた警棒をシュッと伸ばした。
 腰に収めているときは三十センチだが、長さ二メートル五十センチの長杖に変化した。その名も、ファイヤーボール・スティック。棒の先端から火の玉を生み出し、手元のグリップをひねることで「ヴィーン」という音と共に、火の玉の距離を自在に変えられる。
 ヴウ――――ン……!!
 アイビスのレーダーバイザーと連動し、プラズマ球弾をミサイル化することができた。一方で、バイザーは電波の干渉を発生させ、プラズマを作り出し、物理的な特性を変化させてステルス化している。
 男が部屋に侵入してきた。
「机の下に隠れてろ……ッ!」
 レーダーバイザーの座標に、相手の位置が表示された。壁を仕切ってアウトレンジ戦法を取る。レーダーの表示で、隣部屋に侵入してきたギルが持つナイフを数えると全部で六本だ。
 アイビスはズドンと音を立て、光弾を撃った。プラズマ弾は壁をぶち抜いて、隣の部屋の中央に立っているギルに襲い掛かった。
 アイビスは火球を宙に停止させ、手元のグリップでコントロールする。光弾は、相手の位置をレーダーで探りながらターゲットに襲い掛かった。
 ギルは火球を避けた。レーダーではないだろう。尋常ならざる動体視力、それに純粋な身体コントロールで、ギルは火球と対峙している。かすり傷一つも付いていない。やがて、火球は棚にぶつかって爆発した。
 激しい衝撃音と共に、壁を突き破ってナイフが飛び込んできた。アイビスはレーダーでナイフを察知し、とっさに避けた。部屋の中を回転しながら戻っていった。
 エリスンは、両手で頭を隠して部屋の隅の机の下に伏せていたが、その頭上の机に、がれきが次々と、ドサドサ落ちてくる。
 ドギュン!
 アイビスのスティックが第二撃のプラズマ弾を撃った。
 ブゥ――――……ン……。
 再びレーダーバイザーでターゲットを追跡しながら、グリップで火球を操作する。
 自由自在に動き回る火球は、未だギルを捕らえることができないでいる。
「クソッ!!」
 アイビスは火球を連射した。連射すると火球は一つしか操作できず、前に連射したものは直線的にぶつかっていく。
 ギルはナイフを振りかざすと、自分の周りに球状の磁界を形成した。火球はその周りを滑るようにして飛び去り、真後ろの壁に衝突した。
 ギルは壁をキックで破壊し、部屋に侵入してきた。アイビスはとっさに火球をリング状に変化させ、カッターの様にして斬りかかった。リングカッター。大きさは一メートルが限界だった。
 ナイフは縦横無尽に飛び回り、それをアイビスの光のリングが防いだ。――が、ナイフは破壊されず、光の輪で跳ね返っても軌道を変えて飛び掛かってくる。
「だ、ダメだ、スピードが……は、早い!!」
 両者の刃が天井を切り刻み、部屋が崩れていく。その隙を狙ってアイビスはエリスンを屋外へ連れ出した。

 外へ出ると、研究棟はスポットライトが照らされ、リード大佐の連邦軍に包囲されていた。
「大佐っ! 奴には銃も爆弾も効きません。あいつは昔から各国で雇われてきた殺し屋です。武器こそ何本かのサバイバルナイフ(ギルナイフ)だけですが……この部隊を倒すのに、ヤツにはそれで十分です!」
 アイビスは大佐の前に立ちはだかった。
「黙れ、邪魔だ――どけ!!」
 焦燥しきったリード大佐の前に、巨大ながれきを押し上げて、ギルが現れた。一斉射撃が行われ、ギルは飛び上がった。宙でマシンガンキックの態勢を取る。あの人間竜巻の恐怖が兵士たちの脳裏によみがえった。
「う……うわぁぁぁ――! 来たぁ――!!」
 一部の兵士たちが銃を放り出して、バラバラと砂漠へ逃げていく。
「ま……待ってっ! そっちへ行ってはダメッッ! メタル生命体を刺激してはいけない! 不用意に近づくと、ナイフのような断面に切断され――」
 ビュンビュンと低空飛行で砂漠を浮遊する金属片に、兵士らは切り刻まれていった。メタル生命体は数十、数百体と増えていく。「仲間」を呼んでいる。これほど騒々しくなれば、こんな結果になることはエリスンには目に見えていた。
 ギルのマシンガンパンチのラッシュで軍は壊滅状態に陥り、潜水艦も爆発した。
「ナイフごときでこんな……こんなことが!?」
 リード大佐は驚嘆し、呆然と立ち尽くす。
「奴は過去、数万の師団を相手に一人で壊滅させた伝説を持っているんです!」
「なぜ最初に言ってくれなかった!!」
 リード大佐の持つ双眼鏡が震えている。
「あなたが耳を貸そうとしなかったからだ!」
 説明しようとするたび遮ぎられていた。アイビスもそんなに詳しいわけではなかったが、最初からギル・マックス相手にリード大佐では荷が重かっただろう。
 ドズガァァ――ン!!
 大爆発と同時に、炎の中からギルが現れ――こちらを睨み据えた。敵は執拗に、エリスンを追っていた。
 間違いない。西ドナウに雇われたギル・マックスは、自分を誘拐しようとしているのだ!
「あのナイフには気をつけろ! ただのナイフじゃない。並の銃じゃ絶対勝てん!!」
 エリスンが観ても、自在に宙を飛び回るナイフは、原始メタル生命体のようだった。
「どうして飛んでるの?」
「ワイヤーだ! 袖の中から、ワイヤーで数本のナイフを操作している!! 猛スピードでな!」
「えっ見えない――」
 アイビスには見えているらしい。
 ギルは、ロングコートの袖の中にワイヤーを忍ばせていた。それで、サバイバルナイフを宙でコントロールしている。
「でもそれだけじゃ説明がつかない。まるで生き物みたいに」
 ワイヤーで、あそこまで操ることができるものだろうか?
 エリスンはアイビスのバイザーをじっと見た。表面に光の模様が表示されている。
(やっぱりこのバイザー、ただのレーダーじゃない……)
 映し出される目的にマーカーをつけて、追跡する。向こう数キロ、やろうと思えばその範囲を広げることができた。
「あなたは一体……」
「俺はエレパスだ」
 エレクトリック・テレパシスト。兵士の精神とバイオフィードバックで一体化した装置である。もともと、ある程度テレパスでないと使えないはずだ。
 五百人近い兵士たちが次々倒されていく中、アイビスはテレパシストのエリスンも驚くようなレーダー人間としての能力をいかんなく発揮し、自身も負傷しながら、エリスンを連れて村の端まで来た。
「絶体――絶命って奴か……」
「あの男はたった一人で……。何者なのでしょう?」
 エリスンは走りながら、あっけに取られて訊いた。
「言ったろう。西に雇われた、不死身の殺し屋だ! だが大佐は何も知らんようだ、クソッ!!」
 アイビスはずっと足を引きずって歩いている。
 殺し屋として西ドナウに雇われていたギル・マックス。伝説のブギーマン。だが、ギルの存在はあまりに荒唐無稽で、東ドナウ連邦軍でも信じる者は少なかった。
「あなただって……一介の兵士でしょう? なぜ彼のことを知ってるの」
「ツツツ! ……五年前のトランスドナウ山脈の要塞戦でな、攻めてきたんだ。西との紛争地帯だ。……軍に十年もいるが、ヤツには二度と会いたくなかった。まさか、またアイツに出逢うなんて!」
「恐ろしい殺し屋がいたものです」
「――俺の居た部隊は奴に全滅させられた。こっちは最新兵器で完全武装してたってのに――ヤツは、あの通りナイフだけで要塞を壊滅させた。……俺しか生き残らなかった」
 その事実は軍によって秘匿された。
「……生き残れたのって、もしかして」
「俺にはちょっとした異名がある。レーダーマン……そして、不死身の男さ!」
 過去の戦闘による負傷で目が光に弱く、常にバイザーをつけていた。エレパスの能力は研ぎ澄まされ、バイザーの優れた索敵能力で、ドナウデルタでの大規模な空爆でも生き残った数々の戦地から脱出した、不死身の男。つまり、逃げ上手ということだ。
「西ドナウで君が脱出した際の戦闘で、レジスタンスが拿捕された。君の素性がインダストリアル・ローマにバレるきっかけになった。それでギル・マックスが……」
 各国の思惑で、エリスン争奪戦が繰り広げられているのは事実だった。
「俺に任せろ。今度も生き延びてやるさ」
 空爆から生き残った時のケガがきっかけで、テレパシー能力が開発されたらしい。何キロ先でも索敵できるレーダーマン・アイビス。エリスンは確信した。彼なら、信じられる。
「なら、こっちへ」
 エリスンは、自分を救ってくれたアイビスに肩を貸して、禁断地帯へと入った。
「待て、砂漠を歩くだと? アイツらと同じ目に遭うのがオチだ」
「もしも人間なら、ここまでは入ってこれないはずです――」
「奴は砂漠を突っ切ってきたんだぞ。西ドナウから一晩で!」
「本当に、砂漠を歩いてきたのかどうかが分かる。入ってくるとすれば人間ではありません。試してみましょう」
 武器は――腰の短刀だけではとても……。いや……もう一つ、エリスンには確信していることがある。もしも、メタル生命体たちを味方につけることができれば――。
 ドームのカプセルが開いて、黒い煙を吐いている。
 村を全滅させたギル・マックスは、急ぐことなく、ヒタヒタと追ってきた。

 空は白み始めている。
 ギルはサバイバルナイフを飛ばした。アイビスの構えたスティックにガチンと当たり、それは砂山の向こうへと放り投げられた。ギルナイフは、原始メタル生命体並のスピードと威力だった。
「ほほぅ。まさか見切るとはな、この俺の攻撃を――」
 ギルが狙ったのは、アイビス自身だった。
「ヨォ、また……会ったなギル!」
「あぁ――……?」
「トランスドナウで、オマエに部隊を全滅させられた生き残りのアイビス・グレイだよ!」
「誰だ? いちいち覚えてない」
 エリスンは、身が固まっている。
「女はもらうぞ。オマエも、後ろの軍と同じ目に遭いたくなければおとなしくするんだな」
「全員殺したの……? 村人たちを」
 エリスンは、メタル生命体の騒々しさと壊滅した兵、テレパシーが混乱して村人たちの様子が分からなかった。
「非戦闘員を殺せという命令は受けていない。むろん抵抗すれば殺る――東ドナウの愚かしい兵士たちと同様にな。俺に任された任務は、エリスン・オーディンヌ、オマエを西ドナウへ連れていくことだ!」
 ギルはニヤッとした。
「西ドナウは、なぜ私を狙うの?」
 エリスンは問いただした。
「グレートCエレガンス共は、このマジャルの地下にある古代機械を守っている。西はそれを手に入れるために、お前の力と血統を必要としている。詳しいことは、ヘイズに着いてからインダストリアル・ローマの社長にでも聴け……」
 西も東も、そしてレジスタンスたちも一緒だ! 誰もかれもが自分を狙っていた。そもそもエリスンは、ペッシオンというギルドの村に囲われていた。ドナウ帝国の末裔たちが造った村。それを考えると、エリスンは気持ちが深く沈んだ。
『来る……』
 ビュッ!!
 原始メタルが飛び込んできた。ギルはワイヤーでナイフを身体の周囲に高速回転させ、飛んできた。ギルはナイフで金属生命体をカカカカン!!と弾き飛ばした。
「ク……オレでも見切れん……」
 アイビスはあきれたように言った。
 原始メタル生命体は砂へ吹っ飛んで、動かなくなっている。ただの金属片に戻ったようだ。それは、砂漠に棲む者たちに変化を与えるだろう。
「しめた……っ」
 エリスンはこの瞬間を狙っていた。

『さぁメタル生命体たちよ……、メタルの精霊たちよ! お願い、私に力を貸して! 目覚めて……みんなで、西からの侵略者を討つのよっ!』

 ギルは何かの方法でメタル生命体をコントロールして、禁断地帯を超えてきたのだろう……。だから、メタル生命体に彼を敵と認識させる必要がある。
 エリスンはテレパシーでメタル生命体に助けを求めた。
 瞬間、ハーモニーがモゾモゾ這い出てくる。原始メタル生命体の大群が、縦横無尽にギルに襲い掛かった。ギルの六本のナイフが回転して、次々とはじき返していった。
 原始メタル生命体とギルのナイフは同スピードだ。人間業じゃない。やはり、こんなことができるのは人間ではない。
 とっさにエリスンはハーモニーを両手で持った。
「ハァーモニーィ……ッ!!」
 エリスンは叫んだ。
 ハーモニーはバッと形状が変化した。背に、小さな羽が生えている。
 二人の足元で何かがモゾモゾと蠢く。砂からメタルエビが、ピチピチと跳ねながら出てきた。
「今のは……君が!?」
 アイビスは驚いて聞いた。
「分からない――たぶん」
 エリスンはその一匹を取り出すと、尻尾をぎゅっと掴んだ。エビの頭部から無数の細い糸のようなプラズマ弾が発射され、一斉にギルに向かっていった。スローモーションのような光景の中、ギルはそれを避けた。
「わっ、何だそれは」
「やってみて――早くッ!」
 エリスンはそのまま銃としてペット化し、連射する。
「なんと……お前たちはエビを銃にするのか!?」
「私も初めてです。西では、メタル生命体の武器化も研究されているみたいです」
 エリスンは、こんな風に禁断地帯のメタル生命体に呼びかけたのは初めてだった。ハーモニーを介して、メタル生命体の精霊たちを使役した。いや、そうではなく、錆びたピストルがエリスンの呼び掛けで瞬間的に生物化したのかもしれなかった。
「――信じられん」
 アイビスが尾を握ると、メタルエビはギュウウ……と鳴いて、髭からさっきと同様に複数の細い光線が出た。
 ハーモニーがピンチを救ってくれたっ! エリスンはもともとメタル生命体と対話で来たが、ギルに追われたことで、ハーモニーを介してさらに彼らと通じるようになったのだ。
 エリスンはメタルエビの銃を構え、アイビスと共にプラズマ光線を撃ち続けた。だが、光線はギルの前で跳ね返っている。すさまじい速度で回転するナイフがガードしていた。
「無駄なことはよせ。エリスン・オンディーヌ! そんなコトでは俺は止められんぞ。お前を西ドナウへ連れていく。西ドナウに侵入したお前をな」
 ギルはニヤニヤしながら、ギラギラと輝くナイフをかざした。
「ウ……ウ、ウ……ア――……アアアア――――……」
 ハーモニーが、唸っていた。
 ギルはピタリと止まった。警戒し、距離を取っている。
「その手荷物をいったいどこで?」
 ギルは、エリスンの右手に載ったハーモニーに注視している。
「そいつは、サイコ・マグネティック・フォースを発動しているじゃないか! なるほど、それで今メタル生命体を操作したのか――」
 エリスンは、男の問いには答えなかった。
「お前は、何も知らないでPMF(サイコ・マグネティック・フォース)を使っているのか? 小娘が。……そいつはPM(サイキック・メタル)だぞ! すべての物質にはカーストが存在する。その物質が磁気を生み出す。磁気は宇宙を支配する力(フォース)だ! メタル・カーストの頂点に立つのが、アダマンタイト超合金製の、この俺のギルナイフだ! この世で、唯一残った百パーセントのPM9……これにはメタル生命体も、勝てん!」
「なんのことか……分かりません」
 エリスンは、ギルの言ったPMという概念を知らなかったが、感じていた。奴はPMFの力で禁断地帯を踏破してきたのだ。ハーモニーの生命力と自分の生命力とが、交流している。
「そのはずだがな……しかし、ソイツは」

「イチか……バチかだ……今のうちに西の方角へ走れッ!」
 アイビスは叫んで、海老ピストルでギルを攻撃した。
 ギルのナイフの周辺に再度球体の磁場が生じ、光線は跳ね返された。
 アイビスは砂地を東方向へザザザザッと駆け抜けた。ギルが追うと、足元で爆発が起こった。
「地雷ガニが!!」
 ここはその群生地だ。エリスンでも見極めることが難しいきわめて危険な種のメタル生命体である。レーダーで周囲を感知しながらの、アイビスの捨て身の作戦だった。
 ズズズズズ……。
 砂の中から巨大な触腕が這い出てきた。黒褐色の磐だと思っていたモノは、メタルタコの頭部が擬態していたものだった。まるで、古の怪物クラーケンのようだが、それが砂漠に潜んでいるという事実。色も化けていたらしく、夜明けとともに朝日を浴びて、黄金色に輝いた。頭部には、角がいくつか着いていた。それは鎧の様にも見え、頭部だけで十メートルはあり、足を含めると計二十五メートル以上はあった。
「ヨゥシ……やはり隠れていたな! デカいのがッ!」
 負傷したアイビスは足をかばってエリスンと合流すると手を引き、そのままゴロゴロと砂漠の丘を転がり落ちていった。下に落ちていたスティックを手に取って起き上がった。バッと光弾を発射し、山の反対側へ送り込んだが、ギルに見切られた。
 砂が一気に盛り上がって、巨大な触腕がいくつも出てきた。一本の腕がギルを包み込もうと掴まえた。猛烈な力でギルを締め上げる。さらにメタルタコは触腕を三本伸ばすと、一挙にギルに絡みついた。
 形状は軟体動物だが、材質はメタルである。マシンに挟まれたような、猛烈な圧力がギルに襲い掛かった。その上、吸盤もついている。
 二人が様子を見ていると、ギルは無造作に腕の力だけで触腕を引きはがし、メタルタコの腕にギルナイフを撃ち込んだ。五メートルの長さの腕がヒュンと音を立てて十数メートル宙に飛ばされ、二人の下へ跳ね飛んできた。しばらく砂の上でうねっている。
 メタルダコは墨の代わりにプラズマ光を吐いた。だがそれは、ギルナイフの直前で跳ね返された。足先からも細いプラズマが発射されたが、宙に浮かんだ六本のナイフが飛び回り、ことごとく跳ね返していった。手元操作しているとはとても思えないほど回転速度が速く、ナイフは生き物のように飛び回っている。タコの腕は次々と跳ね飛ばされ、ナイフが頭部を貫くと、メタルタコは地中に戻っていった。
「なんてヤツだ、人間じゃない」
「時間稼ぎか? フフフフ……この砂漠でオマエたちに逃げ場などない! フフフ……お前たちの鈍い攻撃ではこのナイフの敵ではない」
「イヨイヨおしまいか……」
「ハーモニー……!!」

<<ラァ――――……ッ。>>

 エリスンの呼びかけに、ハーモニーが歌い出した。小型の、青みがかったグレートCエレガンスの姿に変化している。
 ドオオオオオオ――…………ン!!
 ザザザザザザザザザザザ――…………
「グレートCエレガンスっ!」
 突然、地面が盛り上がり、巨大な山津波が起こって二人は砂の坂を転げ落ちていった。粉塵でギルの姿があっという間に見えなくなる。巨大な金属光沢の鎌首を上げて、砂からグレートCエレガンスが現れた。胴体の直径から、体長およそ三百メートルと推定される。
「あいつを倒して!!」
 フォーンと音を立てて回転するシールド掘削機型の先端が、槍型へ、そしていくつもの牙を開いた開口型へとメタモルフォーゼしていく。巨大な、オニイソメのような口。
 グアッ、ギラッ、ドォ――ン!!
 開口部から大出力プラズマ光線を発射し、ギル・マックスに向けて光の洪水が押し寄せていった。
 ギルの居た場所がまばゆい、青白い光で包まれた。エリスンは、ペッシオンの方角でないことを確認してホッとする。優雅で、美しい生き物! アレは、エリスンの窮地を救った。意思があるのか、はたまた、知性を持つのか……グレートCエレガンスがエリスンの呼びかけにこたえ、初めて心が通じた瞬間だった。
 エリスン・オンディーヌとギル・マックスだけが、「PMF」で物体をコントロールできると推察された。だがギルも、グレートCエレガンスはコントロールできなかったらしい。
 ズズズズズズ……ズズ…
 優美なグレートCエレガンスは、ゆっくりと地面に潜っていった。
「メタルウォームは……いったい何をやってんだ? 地下の古代機械と連絡を取ってるのか?」
 アイビスが言った「メタルウォーム」とは、グレートCエレガンスの軍事用語である。
「やれやれ、また……生き延びたな」
 ギルの身体は、メタリックに光って固まっている。
「死んだの?」
 グレートCエレガンスの光をモロに浴びたギルは、右半身がメタル化していた。
「行こう」
 エリスンの観たところ、ギルの生命波動は冷えていた。
 人間なのか、まだ生きているのか、確認するのも恐ろしかった。
 マジャル砂漠に、怒りのエネルギーは満ち満ちていたが、グレートCエレガンスが現れてから急激に静まりつつあった。だがエリスンは、戦闘中の連邦軍兵士たちの闘争心や怒り、苦しみをダイレクトに感じ、大きなダメージを受けていた。
「君の呼びかけに応じた?」
 偶然ではない。ハーモニーだ。アイビスは、ハーモニーではなくエリスン自身がグレートCエレガンスと感応したと思っているようだが。
「たぶん、二度目です。いずれもこの……ハーモニーが……最初は卵でした」
 ハーモニーと長い間過ごしていると、自分のサイキック能力が拡大していく感覚があった。エリスンは、きわめてテレパックな状態に入っていた。ハーモニーのこの形状は、自分のエネルギーでここまで成長したのかもしれなかった。
 ハーモニーは、このマジャル砂漠のメタル生命体たちと同じ意識を共有しているようだ。その究極がグレートCエレガンスだ。
 エリスンは自身の能力に戸惑った。
(このハーモニーは一体……)
「メタル生命体なのか? そいつは」
「少し北へ行ったところの禁断地帯で拾ったんです。所長は、原始メタル生命体の一種じゃないかって。それで、村の発電機を動かせるかもと思ってずっと持ってるんです」
「それ、グレートCエレガンスの幼体じゃないのか?」
 アイビスは警戒した。
 メタルウォームを手なずけた彼女は、やまり、古代機械に関する秘密を持った少女なのかもしれない。
「フフフまさか! ハーモニーって呼んでますけど。ブルーフェアリーって着けようと思ってます。学術名は、発見した人がつけられるのよ」
「……」

「村へはもう戻れない。直接軍都へ行くしかない」
 砂の地平線を眺めたアイビスの横顔、風に髪がそよぐ。バイザーにギラッと光が反射して、目は見えない。
「ザナドゥへ?」
「あぁ――協力する。下っ端の役人じゃ話にならない。俺はアイビス・グレイだ。よろしくな」
「ありがとう」
 ドナウ中原を覆うマジャル砂漠の支配者・グレートCエレガンスは、メタル生命体にしてはあまりにも巨大だった。彼らはそこで何をしているのかと、人間たちはいつも疑問に思う。世界を滅ぼした旧世界の兵器のなごりだと、噂しながら……。
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