第36話 ドナウ大戦6 城船対ガラティア・ガルガンチュア

文字数 5,362文字

ギル式錬金術

 旧オーストリア・ハンガリー平原のマジャル砂漠で起こった第二次ドナウ大戦が佳境に入った頃、トランスドナウ(カルパティア)山中では、ギル・マックスがこれまで収集した金塊を、PMFによるギル式錬金術で六本のサバイバルナイフの鍛錬に使っていた。
 回転する二次元の金の模型を左右に挟んでギルナイフを宙に浮かせ、両図形から金のエネルギーをナイフに吸収させる。それをギルはPMFでコントロールした。
 それは、ギルが殺し屋としてこれまで大量の皇帝家の金塊を集めてきた理由だった。身体の周囲に、PMFでマカバフィールドを作り、金を操作し、宙に神聖幾何学を描くのだ。サバイバルナイフは様々に色を変えながら、次第に輝きを増していった。

黄昏暦(Dämmerung)四百年 西暦二四五〇年 九月十日午前九時

 突如ペッシオンに出現した巨大メタル生命兵器が、ウォーヘッドに向かって膨大なPMFによる電磁パルス攻撃を開始した。ウォーヘッドはこれまでにない振動を感じていた。あちこちで機器がショートし、火花が飛び散っている。
 ピンチの中、敵のPMFが一瞬だけ遮断され、軍都との通信が回復した。
 リリアックスのセルゲイビッチ・ボーマン長官が、モニターに映し出された。
 リリアックス部隊がギルに会いに行くも、ギルに全滅させられたという報が、長官からサラマンジア元帥に告げられた。
「西ドナウがギルを取り戻したという情報はまだありません――」
「分かった、御苦労」
 サラマンジアは、通信を切った。シカケーダー総参謀長に向かい、
「奴め、一体どこに消えたんだ――?」
 と、念のため意見を聞いた。
「ギルの所在は依然不安要素ではありますが、ブダペシュトの古代機械さえ手に入れれば勝機はわが軍にあります。間もなく掘削機が地下のPM防御壁を突破します! もはやギルなど問題ではなくなる――急ぐのです!」
 シカケーダーは、ウォーヘッドの七十八パーセントのエネルギーを掘削機に向けさせた。
 ウォーヘッド総司令部は、数百ある大火力プラズマの全砲門をゴルデックスに向かって撃った。
 ゴルデックスの前方に、巨力な電磁シールドが形成された。
「ぶっ通しで撃ち続けるんだ、勝つまでは!!」
 サラマンジアはマイクを離さず、どなり続ける。
 激しいプラズマ砲の攻撃で、砂嵐が発生した。
 ゴルデックスの両腕が高速回転し、その全身が炎に包まれていった。
 東西南北の地平線から、炎をまとった竜巻が出現し、接近してきた。数えると、全部で十二本あった。それはやがて、ウォーヘッドの数百メートル手前で一本の巨大な火柱になった。砂塵を巻き上げ、がれきを吹き飛ばし、砂漠をえぐり取りながら、明確な意思を持って、ウォーヘッドに突撃していく。
「耐衝撃電磁シールドッ!!」
 ウォーヘッドを守る電磁シールドが、最大出力で発生した。激しいスパークを明滅させながら、ウォーヘッド内部を震度九に相当する振動が襲い掛かった。ドクロ室の中は赤ランプが点灯し、非常ベルが鳴り響いた。
 シカケーダーはデスクに両手で捕まりながら、転がっていくサラマンジアを右足で受け止めた。
「物に掴まってくださいッ!」
 サラマンジアはデスクの足を掴み、叫んだ。
「シールドは絶対中断するな、分かったか――ッ!」
 ヴィ――ッ、ヴィ――ッ!
「警報を切れ! 話が聞こえん」
 やがて巨大な炎の竜巻は収まった。ウォーヘッドは頑強過ぎるその作りで、外の攻撃をはねのけている。
 ゴルデックスは口からプラズマの爆炎を吐き、ウォーヘッドの電磁シールドがさらなる高熱に晒された。超硬質のタングステン鋼素材の装甲版が融解し始める。ゴルデックスの頭部の宙に浮かんだ十二の眼から、追加でレーザー光線が攻撃してきた。
「撃て撃て撃てェ――――!!」
 サラマンジアはのどをからして、マイクに向かって叫んだ。
 ウォーヘッドはプラズマ砲を撃ち続け、一年分の貯蔵エネルギーをみるみる使用してゆく。
「このままでは――」
 ゴルデックス戦だけで、三十パーセントのエネルギーを浪費したことを、シカケーダー総参謀長は計測器から見て取った。
 ペッシオンの周辺大地に、プラズマ同士の衝突による衝撃で、巨大な地割れが四方八方に発生していく。
「火力で対抗してくるなど笑止!! わしこそが大火力主義者のサラマンジアだ――!!」
「お待ちください! このままでは掘削のエネルギーが――」
「構わん、ウォーヘッドが奴に破壊されたらそもそも終いだ!!」
 また新たな異変がゴルデックスの身体の周辺に起こっていた。出現したのは、巨大な球体の電磁シールドだった。空気中のイオンの匂いがドクロ室内にまで漂ってくる。
 砂嵐を発生させながら青白くスパークする球体は、徐々に上昇しながら巨大化し、ゴルデックスから離れると直径一キロを超え、ウォーヘッド総司令部に向かって落下した。巨大な球体は、ウォーヘッドをすっぽりと包み込んだ。
 ゴルデックスと一体化したガラティアは、ウォーヘッドをPMFの球体で包み込み、敵巨大陸空母を電磁パルスで押しつぶしにかかったのだ。
 ギギギ……ギギ……ギギギ、ギギ……。
 ウォーヘッド艦内の機器が連鎖反応でショートし続け、そして掘削が、全機能が停止した。

 黒雲が迫った。
 急速に発達した雨雲は、ペッシオン一帯のマジャル砂漠に豪雨を降らせた。
 ハーモニー・エレガンスが生み出した雷雨が、砂漠を潤していく。ガラティア・ゴルデックスは水に当たると、急激に形を失っていった。
 ゴルデックスは、火のエレメンタルが受肉したもので、水のエレメンタルではなかった。……ガラティア・ゴルデックスは溶けて消えいった。遅過ぎた兵器。メタル兵器の最終進化系。その最期だった。
 ゴルデックスと一体化していたガラティアは、砂の上に倒れた。王手まで行ったが、ヘイズで起こった革命であと一歩及ばず、崩壊したのである。
 だがその後に、ウォーヘッドはガラティアのPMFの支配下に置かれたまま、全機能を停止した。最初からそれがガラティアの目的だった。
「見ろ、城船だ!」
 ペッシオンから目視できる地平線に、その姿を現したザナドゥの本丸。船の上に“城”が載った異様な艦を、誰しもが目撃した。そしてそれは、実際に動いていた。軍都より、コード・ブレーダー総統が自ら出陣したのである。――これで、西の敗北は時間の問題だった。
「わが軍の勝利だ! 降伏せよ、ゲオルギウス」
 サラマンジアはさらに軍を追撃させ、西ドナウを占領するよう命じた。

ガルガンチュアを目覚めさせる

「勝手に勝利宣言しているだけだ」
 ゲオルギウスはDr.ヴェネターに言った。
「グレートCエレガンスを動かせばよい! まだ大物が残っているではないか? 考えてみろ、あれ以上の掘削機がこの世に存在すると思うか? ガラティアを起せ! レジスタンス共に出来て、ヴェネター卿に出来ないというのか?」
 ゲオルギウス上級大将の提案は、度を超えていた。
「い、いけません! もしも目覚めたグレートCエレガンスが自我を取り戻したら――我々人間にコントロールなど不可能です。彼らは自身の意のままに動く。その結果、我々も、世界も終わりです!」
 Dr.ヴェネターは、稀代の錬金術師として専門家の視点から警告した。いや……誰でも分かることのはずだ。
「私が龍殺しだから、グレートCエレガンスを御せないと本気で思っているか?」
 ゲオルギウスは龍使いになろうとしていた。
「実際に相手は封印された城船を動かしている。完全に国際条約違反ではないか!? ヤツらこそ先に世界を滅ぼすだろう。ほかに我々に手がない以上――私が世界を滅ぼすとしても、それは私の責任ではない」
 ゲオルギウスの言葉に、Dr.ヴェネターだけではなく、誰もが驚嘆する他なかった。コード・ブレーダーと同じことを言っている!
(この男は完全にイカれている。東ドナウのサラマンジアやコード・ブレーダーと何も違わない――。ガルガンチュアも城船も、どちらも世界を滅ぼす最終兵器だというのに!! ドナウの国土は人が住めない土地になる。戦……血の匂いに取り憑かれた愚か者同士が、ずっと戦場で殺し合っていたのだッ!! 私はなんで今までこんな連中に手を貸していたんだ? 止めねば……ガラティアを)
 ヴェネターはひそかに銃を握った。彼らを止めるには、銃を選ぶしかない。



九月十日午後二時

 城船(ヴェッセル・ブルク)が、巨大なその威容をはっきりと見せた。尖塔を幾つも載せた船の最前の甲板に観ているのは、巨大な主砲である。
 倒れたガラティアがグググッとゆっくり起き上がった。目が青く、光り輝いている。
「承知……致しました」
 ガラティアはゲオルギウスの指示通り、来たるべき城船の主砲に対抗するべく、グレートCエレガンスたちのコントロールに挑んだ。
 女型のPMホムンクルスは、グレートCエレガンスと同期するPMFを発した。グレートCエレガンスは、全メタル生命体の中で最高位に位置するPM生命だ。それと一体化することで、ガラティア自身も高まり、メタルコアを探れるという算段があった。地下の古代機械へアクセスできれば、城船の主砲を覆すことができる。
「そう……他でもない……私が必要とするのは、あなたよッ!」
 メタルの王の中の王、ガルガンチュアに目標を定めると、ボロボロになりながらガラティアは自分の身を亡ぼすつもりで一体化し、兵器として使役する。
 ガラティアの元へ、Dr.ヴェネターは駆け下りていった。
「よ、よせ、止めるんだガラティア! 命令だぞッ! お前はワシの命令が聞けんのかッ!」
 ヴェネターは銃を構えた。PMF銃であり、PMやメタル生物をコントロールすることが可能である。
「勝つためには……ギセイは承知の上です」
 ガラティアは今や、戦場の負のダークフィールドの蓄積の爆心地であり、それが一つの「自我」となって急成長し、その結果、戦いが戦いを呼んでいる。そして、そのマグネティックフォースは叛乱し、暴走しているのだった。
「もうあなたの手を離れました。わたしは、人間を守るために生まれてきたのです。そのために邪魔はさせません。たとえ、あなたの命でも」
「愚かな。お前はわしのPMでしかない――人間じゃないんだぞ!」
「分かっています。わたしは人形です、あなたの。博士は、私に亡き奥様のお名前、アンダルシアとつけてくださいました。人間だったらこんなことはしません――人間でない私がやらなければ――」
「何?」
「城船が世界を滅ぼす前に、アレを止めないといけない。そして私なら、城船に勝つことができますっ!」
 ヴェネターの銃は、ガラティアのPMFで跳ね飛ばされた。
 ガラティアの暴走! Dr.ヴェネターは四百年前、思考機械が技術的突破点(シンギュラリティ)に達したのと同じ現象を目の当たりにしていた。ヴェネターは自身のPM兵器類を完全に掌握していると考えていた。だが、暴走したのはゴルデックスなどのメタル生命兵器ではなく、ガラティア自身だったのだ。
 ガラティアは両手をかざし、全身からまばゆいプラズマの稲妻を発光した。
 ドドド……ドドドドドォ…………。
 地面がみるみる盛り上がっていく。
 ガラティアのPMFで、体長一キロメートルのガルガンチュアが目覚め始めた。
 城船のプラズマが世界の壊滅を招く――それを阻止するために、自ら犠牲になる必要がある。Dr.ヴェネター、あなたの命をも背いて、グレートCエレガンスの王―ガルガンチュアと一体化する。この身を焼却しかねないPMFで――。
 Dr.ヴェネターはドッと冷や汗をかいた。
(ガラティアは分かっていない!! ガルガンチュアと城船が撃ち合えば、それこそが世界の滅亡だと、いうのに!! しょせんオマエは人形――人間ではない。PMホムンクルスなのだ! 目先の事しか考えられん! ……いや……それは我々人間も同じか)
 止める方法はなかった。もうヴェネターの言うことを聞かないのだ。ヴェネターはゲオルギウスの居る旗艦戦車をじっと観た。
 ガルガンチュアと一体化し始めた直後から、彼女の身体は熱を帯びて燃え始めた。PMFの熱で、彼女は溶け始めていた。メタルの身体とはいえ、長時間の高温にさらされるとガラティアは溶けてしまう。しかしそれだけではない。自身から吹き出し始めたダークPMFに耐え切れず、ガラティアは下半身からドロドロ溶け始め、崩れていった。メタルの身体は地面にドン、と転がった。
 その直後、砂の中からガルガンチュアの巨大な鎌首が持ち上がった。どうやらガラティアは、マジャルの王のコントロールに成功したようだった。
『さあ! 閣下、ご命令を!』
 ガラティアの声が司令室に響いた。
 ガルガンチュアに撃たせれば、城船は自動反撃する……。頭だけのガラティアの眼球がゲオルギウス上級大将の乗った艦をギロリと見つめている。
 一触即発。
 もし今撃ち合えば、誰もがこの地上から消えてなくなる。
 膠着状態に陥り、両軍見守る中、天からハーモニー・エレガンスに乗ったエリスン・ヴァーミリオンが降り立った。ハーモニー・エレガンスの翼は、両翼五百メートル、以前よりとてつもなく巨大になっていた。
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