第35話 ドナウ・クライスト もう迷わない、逃げない

文字数 2,050文字

黄昏暦(Dämmerung)四百年 西暦二四五〇年 九月十日午前七時

 美しい夜明けの空だった。
 陽の光がヘイズ城を照らし出す。雨は上がった。
 上空のスモッグを割って、ハーモニー・エレガンスがヴワァンと降り立った。
 エリスンはドナウ貴族の上品な薄いピンクのドレスを着て、ハーモニー・シルヴェストルを伴い、ハーモニー・エレガンスに乗って、下水城の前の、ヘイズの民衆のもとへと降り立った。
 それは、ヱリアーデ妃の着ていた、白っぽいピンク色のドレスだった。頭にはプラチナ製のティアラもつけている。ヱリアーデ妃の姿を覚えていた民衆の顔から、歓喜と涙がこぼれた。
レジスタンスの勝利!!
 ユーリャ・ハーキマー所長が玉璽をエリスンに渡すと、みんなかしずいた。
 ヘイズ城でエリスン・オンディーヌは、神聖ドナウ帝国皇帝エリスン・ヴァーミリオンとして即位した。それは、最高の聖者レベルのPMF(サイキック・メタル・ウェーブ)を発する事ができる存在だった。隣に、ハーモニー・ヴァーミリオンが立っている。
 エリスンは高台から、民衆を見渡した。
「初めまして。西ドナウ共和国の皆さん。私は、神聖ドナウ帝国皇帝の血を引くエリスン・ヴァーミリオンです。私は、自分が今日の戦争の発端となったことをずっと悩んでいました。この街を見ても、私には何もできないと思いました。でも、もう泣き言なんて言いません。もう迷わない、逃げない。めげずに私は、平和のために戦う。私はドナウ・クライストでも何でもない。けれどもし、自分に他人にはない力があるのなら、平和をなし遂げたい。戦争と公害の苦しみを終わらせたい。この世界を救う。ペッシオンで培ってきた技術とヘイズの技術を掛け合わせ、地球を救う。死につつある大地から、水と緑を取り戻す。そして、マジャル砂漠で行われている戦争を終わらせる……ヘイズから貧富の差をなくし、この地に、王道楽土を建設します!」
 エリスンは静かな表情で、演説した。
 インダストリアル・ローマ社の資産は凍結した。ベルリン政府の政治家・高官は、ヘイズのヨイショの茶坊主ばかりで、首にした。彼女は単にこの革命を、ラインの黄金貴族やローマ社の財産没収で終わらせるつもりはなかった。社会の復興のカギは、PMにある。戦争も、資源開発の問題だ。PMでエネルギー問題を解決すればおのずと終わる。ヘイズの下水を浄化し、美しく青きドナウへと変化していく。ドナウの汚染は重金属類だが、PMで磁化されれば、解決できる。
 ワァッ!! PMFの環境改変能力で、大気汚染、酸性雨がみるみる浄化された雨に変わっていった。
「みなさん、マスクを取りましょう!! もう外でマスクなしでも平気です」
 空気は清浄化した。
「ほ、本当だ、マ、マスクなしでも平気だ……!」
「オオオ……」
 ヘイズ城外で民衆がお互いの顔を見て、驚いている。エリスンが以前ヘイズで出会った親子もマスクを取り、そろそろと背を伸ばした。お互いの顔を見つめると、抱き合った。
 エリスン・オンディーヌ、水のエレメントは、クライスト化で、流れ出た汚水が、一気に美しく青きドナウへと変化したのだ。
 汚水ダムを泳ぐドブザメたちを見下ろす。
「……ドブザメは、汚水の中でしか生きられない。彼らは、汚水を浄化するために生まれてきた。このままではいずれ死んで、微生物や他の魚のえさとなるでしょう……生まれて来てくれて、ありがとう」
 ドブザメにはドナウ川の汚染を分解する能力があった。その亡骸をさらに微生物が分解する。ドブシャケ、ドブザメの大量発生は、工場排水などの汚染化学物質を分解・浄化していたのだ。彼らほどでなくても、クラリアスにもその力はあった。クラリラスは浄水でも生きられるが、ドブザメはその役割を終えるだろう。
 あっという間にきれいになっていく空、そして澄んだドナウ川の水を見て、人々からわぁっと歓声が上がった。この国では生まれてからずっと、病人という国民も多かった。ペッシオンから所長が運んだターメル・チューリックと、ヘイズ城から解放されたテクノロジーで、治療が始まった。ヘイズ城の周りに、ラゼガルの指示でテントの野戦病院が設置され、長蛇の列が並んだ。

     *

「ご報告します! 西ドナウで内戦が起こり、レジスタンス勢力が下水処理城を乗っ取りました。レジスタンス側の発表によりますと、ローゼス・ゴードン社長は死亡、ハイドラ・ガイキューヌ大統領は逮捕され、退陣したとのことです。エリスン・オンディーヌは神聖ドナウ皇帝を僭称し、いや、現在はエリスン・ヴァーミリオンなどと名乗っています」
「関係ない、メタルコアさえ手に入れてしまえばな!」
 ゲオルギウス上級大将は、短くそれだけを答えると、自ら通信を切った。目の下にはっきりとしたクマができあがり、額に汗を滴らせ、ギラついた目でモニターを睨んでいる。目標は、サラマンジアのウォーヘッド総司令部の殲滅。Dr.ヴェネターのPMホムンクルス・ガラティアにすべてを託していた。
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