第44話 恐怖山脈

文字数 2,174文字

黄昏暦(Dämmerung)四百年 西暦二四五〇年 九月十四日午前十一時

 やがて帝都ブダペシュトの北東の方角の空一面に、赤い流星群がはっきりと観えてくる。数百、数千と、その数は次第に増えていった。
「恐怖山脈だッ!!」
 アイビスは、駆け寄ってきたダンに言った。
「でもなぜ? ――ギルはたった今死んだはずです――」
 ダンは上空に目を見張った。
「忘れたのか、ロゴストロンがゲームマスターの死を察知すると、自動的に恐怖山脈が起動する! そういう仕組みだからだよ!」
 帝都の空に、無数のプラズマ弾が襲い掛かってきたのである。
「くっ来るぞ! 逃げろ――」
 ダンは走り始めた。
「逃げるたって、全世界に同時に発射だぞ!! とても逃げられん」
 アイビスはブルーガンを握りしめたまま、どうするべきか考えをめぐらすも、猶予はなかった。
「今度こそおしまいか」
 ハーモニーとガラティアの指揮で、ガルガンチュアら百数十頭のグレートCエレガンスが一丸となり、PMFのエネルギードームが形成され、そこに被弾する。天空に亀裂音が鳴り響き、大地が激しく揺れた。
「主砲装填開始!!」
 ロージャー・シカケーダー元帥は、城船の最終兵器の演算処理を開始した。
「――そこから恐怖山脈を撃つ気ですか!?」
 ラリマ・キルマー隊長が通信で、黒海艦隊に尋ねる。
「ここからじゃ届くかどうかわからん。が、やってはみるつもりだ。ギルのPMFが失われている今なら……恐怖山脈を破壊することもできるかもしれない。全員、地下シェルターへ退避してくれ!」
 だが、反撃すれば集中砲火を浴びるだろう。
「あの男は――シカケーダーは捨て駒になるつもりなんだ」
 そうキルマーは感じた。武人であるキルマーにもその気持ちは理解できた。
 城船の主砲・超重力子カノンが輝いた。大量の赤いプラズマがクロスカウンターで城船に襲い掛かった。おそらく演算処理を瞬時に察知されたのだろう。
 ズガガガガガガガガガガ……!!
 次々と浴びせられる赤いプラズマは、一つ一つの火力は強くはないものの、その光は数え切れず、ついに城船は沈黙した。
「城船大破!!」
「何、ま、まさか!」
「……(ザァー)……まだ本艦は沈んでは……おりません――主砲は生きている……第二砲をエネルギー装填……します。(ザァー)さぁ……迷ってる暇はありません。我々がひきつけている……今のうちです!」
 シカケーダーから途切れ途切れの通信があった。
「諦めない――諦めたらおしまいだぜ!」
 アイビスはハーモニーに向かって青き銃を示した。
「このブルーガンと、ハーモニー・メタルコアの力が加われば……」
 アイビスがハーモニーの眼を見ると、ハーモニーは目を潤ませて黙ってうなずいた。
 城船が最期の一撃を発射した。
 ハーモニーのPMFをメタルコアへ送り、ブルーガンに照射する。ブルーガンは銃身が虹色に輝いていった。
 アイビスは上へ向けてブルーガンを撃った。渦を巻きあげながら、虹色の光が撃ち上がった。
 ドドドドドドドドドド……
 アイビスは衝撃に耐えた。
「ピースメーカー!」
 一瞬、世界は静まった。不穏な、ただれたような赤く染まった空に、紫色の雲が流れてゆく。ついに押し返すことに成功した。
 だが、それはつかの間だった。赤い流星と、あのドロドロとした撃ち上げ音が再び鳴り響く。
「ダメね……第一撃を止めただけだった。恐怖山脈から第二撃・第三撃と次々プラズマの流星群が発射されているッ!」
 ハーモニーは地平線を見て言った。
 赤い流星群が、ブダペシュトに向けて再度ドッと押し寄せてきた。恐怖山脈は沈黙しなかった。もうハーモニーに力は残されておらず、バッタリと倒れた。
 ところが、パッと一瞬光って消滅した。遠く地平線の打ち上げ花火の様に。それらがブダペシュトに届くことはなかった。
「――いったい何が起こった?」
「城船が?」
「いや……そうではない」
 死に体の城船からシカケーダーが連絡した。城船はエネルギー機関を損傷し、本来の出力の二十五パーセントしか発射できなかった。

 白い金髪をフワリフワリとなびかせ、少女が降り立った。傍らに、ハーモニー・エレガンスの巨大な翼があった。
 碧く輝く瞳、きめの細かい白い肌。元の服装。エリスン・ヴァーミリオンだ。傷一つないのが不思議だ。ダンが運んでいたストレッチャーから、その亡骸は消えている。
「お、おねぇさま!!」
 ハーモニーは泣きながら笑った。
「生きてたのか?」
 アイビスは尋ねた。
「生き返ったのよ、おねェさまは!」
 ハーモニーは喜びにあふれて駆け寄った。
 エリスン皇帝は、アイビスからブルーガンを受け取ると、空をじっと見据えた。ハーモニー・メタルコアからエネルギーを受けて、目をつぶり、祈るようにして天へ向けて一発のブルーガンを撃った。
 ピースメーカー4。
 これまでとまるで違う、やわらかいエネルギーの衝撃波が地球を三周半した。
 ブルーガンは、再度メタルコアの力でピースメーカーのPMFに転換され、恐怖山脈はプラズマ流星群を五度発射して、突如沈黙した。
「戦いは、終わったのか……」
 アイビスは呟いた。
 ブルーガンスリンガー、アイビス・グレイはギル・マックスを打倒し、メタルウォーズはマジャル機界の勝利、そしてエリスン・ヴァーミリオンの愛の精神波がヴォルガを再支配した。
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