第17話 インダストリアル・ローマ兵器群

文字数 5,195文字

黄昏暦(Dämmerung)四百年 西暦二四五〇年 八月二十六日夜

コード・ブレーダー

 ドドドドドド……
 軍都ザナドゥに戻ると、城船が稼働している。ヴォルガ機界との戦闘中でも、七十年間一度も動いた事のない城船のエンジン炉に火が入り、今にも動き出しそうだった。状況が一辺していた。軍都が騒々しい。
 出迎えたのは、サラマンジア元帥ではなかった。
「よく戻ってきてくれた。あのヴォルガ機界から生き延びるとは」
 コード・ブレーダー総統が、自ら三人を出迎え、白大理石のテーブル席に二人を着かせると、自身も深々と座った。総統は、旧都のブカレスト城から軍都に出張していた。ギルはすぐに退席した。
「二人とも無事か」
 コード・ブレーダー総統に、アイビスはドナウデルタ戦線でマシン・ヴァーサーカーに囚われた人々の情報を報告した。
「生きている、と……。今後はヴォルガへ、同胞の救出も検討せねばならんな。アイビス中尉、脱走を手助けしたことは、今回特別に見逃してやる。後で詳しい報告書を提出しろ」
「――では、自分の処遇は?」
「放免と決まった。私の方からリリアックスのボーマン長官に伝えてある。ただし、半年の観察処分だ。以後、行動をわきまえろ」
「――ハッ」
 結局、軍都に戻ってきてしまった。しかし今は下手に出るしかない。機会をうかがうのだ。
アイビスは、コード・ブレーダーの特赦で逮捕を免れたが、それより気になるのは軍都の物々しさである。ギルの襲来時よりも規模が大きい厳戒態勢が敷かれている。
「この城船、何が始まるんです?」
 エリスンは率直に不安をぶつけた。
 総統によると、マジャル砂漠で深刻な問題が起こっていたという。ブレーダーは戦況を二人に語った。
「西が……? 砂漠に陣を……ですかッ!」
「――そうだ。西ドナウ軍による予告なしの軍事演習だ」
「禁断地帯にどうして入ってこれるっていうんです? グレートCエレガンスは――」
 エリスンには、何が起こっているのか分からなかった。彼女の感覚では、軍人などが一歩でも足を踏み入れれば、先のペッシオンでのリード大佐たちのようにメタル生命体に殺されるはずだった。これではまるで、西ドナウ軍全員がギルのような特殊体質になったような話ではないか。
「まだ不明だ。しかし今現在ドナウデルタ戦線の黒海は沈黙し、我々はこれを機に砂漠方面軍を強化する。西ドナウを迎え撃つ」
(ロゴストロンの影響だ! ……私の、ハーモニーが原因なの?)
 エリスンは、東が西ドナウへ進撃しようとしていることを知った。ブレスと化しているハーモニーを左手で押さえる。
 ――戦が始まってしまう!
 元はといえば自分がヴォルガ機界に落ちたせいだ。脱出するためにはヴォルガを統括する思考機械・ロゴストロンと同期し、マシン・ヴァーサーカーたちが一時活動を停止する必要があった。それにはギルの協力が不可欠だった……。そうでなければ、生きて脱出することなんて決してできなかったはずだ。エリスンは唇をかんだ。
「普通の兵器が、禁断地帯を行き来できる訳ありません!」
「今から見せる。ここのモニターではよく分からないこともある。二人には、明日、西部戦線のウォーヘッド総司令部へ行ってもらう」
「明日ですか?」
 浮かない顔で、エリスンはアイビスと共にマジャル砂漠の西部戦線へと向かうことになった。停戦交渉のチャンスを伺うためだった。前線でいったい、何が待っているのか。

八月二十七日早朝



 東ドナウ西部方面軍。
 マジャル砂漠の淵に、兵力三十五万のセラス機甲師団がズラッと並んでいる。
 中心には、全長五百メートルの超巨大戦車、ウォーヘッド総司令部が陣を構えていた。車体の前方には、ドクロの形をした司令室が大口を開けている。
「新造の陸上空母だ」
 サラマンジア元帥は二人を出迎えると、挨拶も早々に巨大スクリーンに映し出された禁断地帯前線のドローンからの映像を見せた。
 両軍がドナウ川を境に、マジャル砂漠を中心とするドナウ中原の両端でにらみ合っている。十七万人の軍勢が展開する東ドナウ連邦軍は、各弩級重戦車が強力な電磁シールドを張って、浮遊する原始メタル生命体の攻撃を避けていた。
 偵察ドローンは大量に配置され、ときおり浮遊する原始メタル生命体に襲撃されては撃ち落とされ、その度にカメラが切り替わった。東ド軍はメタル生命体に破壊される前提で、飛ばしているらしい。
「あれは?!!」
 スコープで拡大されるモノに、エリスンは目を見張った。
 敵の師団は、生物の形をしているように見て、陽の光を浴びてメタリックに輝いていた。
「戦線がマジャル砂漠の中まで進んでいる! 本当に西は禁断地帯に入ってきてるのか! いったいなぜ……」
 アイビスは叫んだ。
「観える――。あの形状はメタル生命体の身体を元にマシンを取り付けています」
 エリスンは透視した。
「その通りだ」
 サラマンジア元帥は答えた。
「ですが、あのメタル生命体には意思がありません。“意思”を殺されている」
 エリスンは覚醒したハーモニーを使って、リモートビューイングで探っている。
「それでマジャル砂漠に入っても、メタル生命体は攻撃してこない訳か。さすがにこっからじゃ、俺のレーダーは届かねぇ」
 アイビスはバイザーを調整する手を止めた。
「ペット化だ。西ドナウのインダストリアル・ローマにはメタルを扱う錬金術師が居ると聞く。おそらくヤツら、メタル生命体のペット化に成功したのだろう。その中に隠れているうちは、禁断地帯のメタル生命体は人間を侵略者とは見なさない――……」
 サラマンジア元帥は、レーザーポインターでクルクル囲んだ。
 西ドナウのメタル生命兵器群は、よく見ると甲虫の形をした戦車が佇んでいる。
「私は間違っていた……、なんて――まがまがしいオーラなの!」
 エリスンは、頭を抱えた。メタル生命体を、武器として使ったことが悔やまれる。
「あんな、メタル生命体は観た事がない」
 アイビスは唸った。
「我々は、西ドナウを侮っていた」
 西ドナウは軍事力においては東に圧倒的に劣る。両国の間を禁断地帯が隔てているから没交渉で今日まで来ただけで、西はラッキーだったと東は考えていた。
 インダストリアル・ローマは産業革命の力で、東ドナウにも劣らぬ軍事力を育てていたのだった。
「ローマ社は一部のメタル生命体を飼いならし、それをマシンとして兵器化することに成功したのだ。そうして軍備の増強を図っている」
「メタルエビの銃の延長か!」
 まがまがしい超兵器群の数々を見て、アイビスが言ったことに、エリスンはうなだれる。
「そうよ……私は愚かだった。安易に、人間のエゴのために、メタル生命体を兵器として扱うべきじゃなかった、決して。きっと、ヴォルガのマシンと同じになってしまう。その人間のエゴイズムは、世界を滅亡へと導く……」
 ドナウデルタ戦線では、鳩やイルカや犬を数々軍用化しているのを見かけた。しかし西ドナウ軍の兵器はそれをはるかに超えているようだった。
「でも、グレートCエレガンスの縄張りは慎重に避けている。西の軍は、決して入らないようにしている――」
 エリスンの感じたところでは禁断地帯を百十五キロ進んだところでいったん停止し、西ドナウ軍は陣を張っていた。
「フム! 重要な情報だ! それが、彼らの最後の障害か」
 エリスンは、メタル生命体を奴隷化する扱いに憎悪を抱いたが、自身が身に着けてペットにしているハーモニーと全く違うなどといえるだろうか?
「この先、戦争が始まるの――?」
 エリスンは訊くともなしに呟いた。
「どちらが先にペッシオンの地下にある旧帝都・ブダペシュトを制するか? その砂漠の下に眠る、メタルコアを誰が先に手に入れるか。そういう争いだ。その結果、人類がどうなるか分からない。――ピースメーカーを探すんだ、エリスン、それが君に課せられた使命だ」
「ペッシオンは……ペッシオンはどうなるのです!?」
 エリスンの全身の毛が逆立った。血の気が引いていく。
「ずっと連絡が途絶えている」
 シカケーダー総参謀長によると、ギル・マックスが東ドナウへ裏切ったことで、エリスンの回収が難しいと判断した西ドナウは、メタル生命兵器の恣意行為のために禁断地帯の中を進み、ペッシオンを脅かしつつあるらしい。
「私、ペッシオンへ戻ります」
「無理なことをいうな」
 サラマンジアは一蹴した。
「あそこは生まれ育った私の村です! 先の戦闘で傷ついた仲間たちがいます! ペッシオンは陸の孤島です! 施設も破壊されて自給自足できない。そこが戦場になる――すぐ医療物資を届けて、脱出させなきゃ――!」
「今行くことはできん。いたずらに、西ドナウ軍を刺激することになる」
「いいえ――、私が飛行機に乗っているって分かれば、永世中立のドナウの川守の権限で戦場でもどこでも行き来できるはずです。きっと、彼らは攻撃してきません!」
「西ドナウは、君を追い返したはずだ」
「閣下、ピースメーカーを探せと言うなら探します。でもペッシオンの村民を救出するのが絶対条件です。これからドナウの川守がペッシオンを救出するので攻撃しないように、西にお伝えください。お願いします!」
「わしと取引だと?」
 元帥はシブイ顔をして黙った。
「ここはお任せを……」
 シカケーダーが割って入った。
「良いだろう、エリスン。貴女の条件を飲もう」
「お、おい、総参謀長」
「――ただし、こちらにも条件がある。ギル・マックスを警備に着ける」
 そういって、総参謀長は部下に指示した。司令室はシンとなった。司令室にギルが現れた。誰もが引きつった顔をしている。行きの車両には不在だったが、この男は先にここに来ていたらしい。
「君を狙った西の生命兵器たるギルが味方なら、連中も手を出すのをためらうだろう。いかがでしょう?」
 シカケーダーは元帥に提案した。
「フン……彼なら安心だな!」
 エリスンの顔がサッと青ざめた。
 ギルは連邦軍のお目付け役だ。これは、「人質」と言った方が正確だろう。断ればペッシオンへ行くことは許されなかった。
「俺も行くぜ。この男が何かしでかさないように」
 アイビスが前に出て、ギルを睨みつけた。
「勝手なことをいうな中尉。キサマはこれから前線に配置する。保護観察の身分であることを忘れるな! 敵をレーダーで偵察しろ」
 サラマンジアは釘を刺した。
「……」
「フッ」
 ギルはアイビスをチラッと見下ろして、鼻で笑った。
「だとすると川路だな。陸路という訳にもいかんからな!」
 元帥はエリスンに言った。
「それだと時間がかかります……いつ戦争が始まるか分からない以上、一刻も早く助けなきゃ! 空路を使わせてください」
 ドナウ川ルートを潜水艦で行く方が安全だったが、空路に比べて、何倍も時間がかかる。そのうちに西が禁断地帯をさらに侵攻してくる可能性があれば、ペッシオンは滅びる。エリスンとしては西の兵器の性能が不明な分、一刻も早くペッシオンの村人たちを救わねばならなかった。
「それは無理だ。メタルウォームのプラズマ砲の射程距離は数十キロだ。空の上にも死角はない」
「――お願いします! 私はメタル生命体に狙われません」
 その言葉に誰もが沈黙した。
「前は二人で行動していた時、メタル生命体はアイビスを狙ってきました。でもヴォルガから戻ってきて確信したんです。もう、私が乗っている機をメタル生命体は狙ってこない……」
「……」
 砂漠の表面を這うように飛んでいる原始メタル生命体は、上空二~三〇〇メートル以上は上がってこない。だが、グレートCエレガンスに禁断地帯に入ってきたことを感知されたら、一万メートルの上空でもプラズマ砲を撃たれてしまう。ゆえに両国とも飛行禁止空域に設定されている。それでもエリスンは、ハーモニーを信じて空路を選んだ。ハーモニーさえあれば、きっと安心だ。
 サラマンジアはエリスンを頭のてっぺんから足の先までじろっと見て、
「フム……まぁよかろう。第一西も、飛行禁止空域は飛ばんだろうし」
 と言った。シカケーダーもうなずく。
「確かに面構えが以前と異なっておる……君は何かを確信しているようだ。禁断地帯の上空を、堂々と飛行できるだけの何かを。それが、ピースメーカーにつながるヒントになるというなら――。ギル、後は頼んだぞ。追加料金はもちろん支払う」
「そんな程度の仕事は、余禄でやってやる」
「ホウ、それは……ありがたい」
 エリスンはギルをしっかりと見据えた。
 この男は何かを企んでいる。決して気を緩めてはならない……。
(待ってろ、いずれ援けに行ってやる!)
 アイビスのバイザーがテレパシーでエリスンに伝えてくる。
(待ってるわ)
 エリスンはアイビスと必死の目配せをして別れた。
 ウォーヘッドの滑走路から、連邦軍の大型戦闘機ワイバーンが飛び立った。
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