第24話 ピースメーカー

文字数 3,876文字

 地上で大きな音が響き渡った。
 下界の禁断地帯に振動が起こった。
 ズオオオオ……。
「少し、降りて観ましょう……」
 エリスンは暗い地上へ、ハーモニー・エレガンスを近づけた。
 「それ」が姿を見せると同時に、砂漠に嵐と稲妻が起こっていた。青白い光に照らされたパイプのような姿は、あまりにも大きい。
「まさか……ガルガンチュア?」
 エリスンの言葉にアイビスは絶句した。
「ここ七十年間姿を見せたことがない、グレートCエレガンスの王よ」
「全長一キロメートルはある……あいつが……? エイスワンダーの一つの?」
 ハトヤは驚嘆した。最大サイズのグレート・C・エレガンスが目覚めたのだ。
 上空からもはっきりと見えた。
「何が起こってるんだ」
 アイビスは軍用車両の無線を開いて、状況を確認した。
 ガデスでの紛争の後、撤退中の東ド軍ガデス旅団が、砂漠を進み、原始メタル生命体の襲撃を受けて交戦になった。間もなく、メタルウォームが出現したらしい。
「ハーモニーの警告を、無視したのね……」
 エリスンは、妹の言った通りになったことを知った。
「ハトヤさん!」
 エリスンとハトヤは車内へと戻った。
 ハーモニー・エレガンスは上空を旋回して見守った。アイビスが警戒するも、
「大丈夫、私たちは襲ってこない」
「ガルガンチュアは嵐を呼ぶ。……世界が終わる……」
 その開口部が、プラズマを発射する第三形態・牙型へとメタモルフォーゼしていく。

 バヒュ――――ン……
 ドドォ――ン!! ドガアアアアン!!

 闇に沈んだ地平線に、巨大な火柱が立ち、マジャル砂漠をパッと黄色く照らした。
「ここはもうグレートCエレガンスの縄張りだ」
 ハトヤ大佐が言った。
 侵入者に対する制裁だ。ガルガンチュアは大規模砲撃で、侵略したガデス方面軍を消し去った。およそ数千人の将兵が全滅したことを、アイビスは通信傍受した。
「世界が終わる……」
「このままでは両軍とも全滅だッ!」
「私がなんとかグレートCエレガンスを止めないと……」
 エリスンは頭を抱えて、恐るべき光を見つめ続ける。
「ハーモニー、起きて! ハーモニー!」
『……』
「ハーモニー、あなたには止められないの? 同じグレートCエレガンスの、仲間でしょう?」
 エリスンは目を覚ましたハーモニーに訊いた。
『――私には無理です。でも、おねェさまが私の“身体”を使って、PMFでテレパシーで呼びかければ……あるいは』
「私が、ハーモニーと完全に一体化すれば……?」
 人の意識とPMは、PMFでつながっている。それはDNAに作用し、人間に様々なサイキック能力をもたらす。人には、それぞれの個性に合わせたメタルが存在する。メタルも人間も、PMFを通して、同じ生命――エレメントだ!
「やめてェ――――ッッ」
 エリスンの叫び声がハーモニーを通して相手に通じたのか、ガルガンチュアは一時停止した。今しかない。
 東軍に反撃の気配があった。時間がない。
「アイビス、通信機を貸して、早く――!」
 アイビスは車両の通信機の子機を、すばやくエリスンに渡した。
「ウォーヘッド総司令部の元帥に繋げて」
「……OK」
 これまでずっと、ガデスで敵対してきた東ドナウ連邦軍中枢への連絡だった。
「ただちにガルガンチュアに対する攻撃を中止してください! ガルガンチュアが東ドナウ連邦を滅ぼそうとしている。私が止めますから!」
 ウォーヘッド総司令部のサラマンジアは、通信を聴いていた。
『エリスン・オンディーヌか! オマエはピースメーカーを見つけることに成功したのか!?』
「……」
『どうなんだ?』
「――はい」
 エリスンはキュッと目をつぶった。自分と共に成長したハーモニー・エレガンス。これが……ピースメーカーだ。それとエリスンは一体化していた。ガルガンチュアと同様の力を、自分は持っている。
『ならば、ヤツを止める必要などない』
 サラマンジアは意外な返答をした。
「えっ」
『お前のペッシオン行きを認めたのはシカケーダー総参謀長だ。わしは半信半疑だったが、彼はお前がピースメーカーの謎を解き明かすには危機が必要だと言っている。ヴォルガで経験を積んだようにな。さぁ、グレートCエレガンスに、敵の西ドナウ軍を焼き払うよう命じよ!』
 東ドナウはエリスンに、禁断地帯のすべてのグレートCエレガンスに東ドナウ軍を味方だと欺かせ、禁断地帯を踏破することを目指していた。
『私の考えでは、グレートCエレガンスは旧ドナウ帝国の使役(ペット)だということだ! ドナウ帝国皇帝が操る、ヴォルガとの戦争のための最終兵器のな』
 なんという身勝手な話か! むろんエリスンはヴォルガとの最終決戦という長官の目論見などに協力するつもりはない。
「私はあなた方の戦に加担する気はありません」
 エリスンは沈痛な顔つきで通信を切った。
 強大なPM力に目覚めた今、エリスンはギル・マックス同様、行動の自由を得た。マジャル砂漠に始まり、ヴォルガ機界、ガデスの塔と、次々とエリスンの力は解放されていった。もう、誰にも自分を止められない。
 しばらく経ってから、地上の東ド軍が反撃し、砲撃が鳴り響いた。
(何て愚かな!! グレートCエレガンスを砲撃なんかで破壊できるわけがないのにっ。あれは間違いなく上位PMのメタル生物なのよ)
 このままでは、ガルガンチュアが両ドナウを、そして人類を滅ぼしかねない。
 エリスンは両手をバッと広げて、うつむいて目をつぶった。念じる。彼らの動きを完全停止に追い込まなければ――。

「ガルガンチュア…………今すぐ攻撃をやめなさい!!」

 エリスンの肩のシンボルが青く輝き、エリスン=ハーモニー・エレガンスのPMWが発動する。さきほどとはケタ違いの巨大なPMFが、ガルガンチュアに向かって押し出されていった。マジャル全土を覆うような霹靂となった。
『そうしよう――姫がそう云うなら』
 ガルガンチュアが答えた!
『エリスン姫、ペッシオンの地下にて我は待つ……』
 ガルガンチュアは砂の中へと戻っていった。
 それで終わらなかった。グレートCエレガンスが……マジャル砂漠の全てのメタル生命体が止まった。どこにもその気配はなく、飛び回っていた原始メタル生命体は砂の上に所在なく転がり、はい回っていたモノたちは砂の中へと消えた。

 静寂。

 ビュオオオオオオ――……。
 北西の上空から地上へ向かって、カラブランが吹き荒れている。
「まさか……これが……ピースメーカー?」
 エリスンは直感で感じたままに、ハーモニーに訊いた。
『そうよ……おねェさま。最終兵器であると同時に、戦いを止める力がある。それがピースメーカー。すべてのものに光と闇の両面がある』
「私がやったのね」
『おねェさまがドナウの皇女だからよ』
 ヴィジョンで観えたハーモニーは、かわいい寝顔のまま答えた。唇は動いていない。
『グレートCエレガンスを操れるのは、脳波にメタル生命体と通じるテレパシー回路を持ち、サイキック・メタル・ウェーブが、グレートCエレガンスと同調するDNAを持った、お姉さまと私だけなの。お姉さまさえその気になれば、可能になる――』
 ペッシオンの研究者にも、メタル生命体との交流を図ろうとした者はいた。だが、誰もエリスン・オンディーヌ程の力は持っていなかった。エリスンは自分という存在に強いショックを覚えた。
 ハーモニーやサラマンジアが言った通りだ。エリスンがメタル生命体とテレパシーで交流できていたのは、皇帝家の末裔としての能力ゆえだ。
 エリスンのメタル生命体ペット“ハーモニー”が成長すると、その結果、マジャル砂漠の禁断地帯は停止した。最終兵器としてのエリスン・オンディーヌの能力が開花した証拠だった。
 ピースメーカーには、「調停者」の意味と、「最終破壊兵器」の二つの意味があった。
 エリスンはこれまで押し寄せる負の想念と戦い、それと戦うようにしてPMFを生み出していた。ネガティブな思念と行動がダークな結果を招き寄せていた。平和を願ったとしても、一つ一つの問題に対処しているうちに、その方法においてネガティブな状況を展開していった。それをひっくり返してライトPMFを生み出すと、戦闘モードのメタル生命体が停止したのだ。
『きっかけはお姉さまがPMFの原理に目覚めたことなのよ。それがピースメーカー』
 力は中立であり、そこに意味付けするのは人の心だ。

     *

「禁断地帯のメタル生命体群、一切の活動が停止しています!」
 ウォーヘッド総司令部のスクリーンに、マジャル砂漠各方面の映像が映し出されている。禁断地帯は静まり返り、カメラドローンが破壊されることもない。各レーダーにその気配は消えていた。そしてガデス方面軍を焼却したガルガンチュア以下、メタルウォームは沈黙している。
「エリスン、ついにやったか! とうとうピースメーカーとしての力を発揮したのだ! この時を待っていた。シカケーダーの言う通りになったな」
「ただし、甚大な被害が出てしまいました」
 ピースメーカーを発見させるためにエリスンを手放し、あえて彼女を過酷な状況に置くというシカケーダー総参謀長の策は、ほとんど賭けに近かった。だが、シカケーダーはその賭けに勝利した。もっとも、ガルガンチュアの火によって数千人の将兵を失った。
「……」
「――全軍に告ぐ! 西ドナウより先にペッシオンを制するのだ!!」
 サラマンジア元帥は空軍の上級大将イシュトバーンの轟イストリヤ航空師団、陸軍の上級大将アーレンハイトのギデオン総司令部等、各部隊に発令した。
「出撃!!」
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