第22話 Kiss Me Baby

文字数 5,001文字

「砲撃開始ッ!!」
 ガデスを包囲する数十機のセラスレギオン、無数の戦車が一斉に火を噴いた。およそ二キロ離れた位置から、プラズマ砲によるガデスの墓標への総攻撃が始まった。

 ギュルルルルルル……ヒュルルルルルル……

 ドガガガガガガガアアアア……――アアア――……アアン!!!!

「ギャアアアアア……」
 爆発による衝撃で、ホール全体が激しく揺れた。
 エリスンはグッと上体を起こしたが、激しい振動で立っていられない。すぐに床にすっ転んだ。
 天井からがれきがどんどん降ってくる。
(もうダメ……)
 攻撃で塔が崩れ始めていた。東ドナウ軍は、遠い距離から塔ごと自分たちを埋めようとしている。ギル・マックス戦の時と同じくアウトレンジ戦法だ。
 そ、そうだ……。
「PMFの……バリアー!」
 エリスンが叫んで意思を形に表した途端、身体の周りにPMFのバリアーが発生した。自分の力がハーモニーに反射し、戻ってきた。
 頭上で瓦礫が跳ね返されていく。
 巨大な力に増幅され、力を取り戻す。エリスンはこれで、万象万物を操ることができる。ギル・マックスがずっとナイフを使ってやっていたことだ。エリスンはさらに落下するがれきを宙に停止させた。だが総攻撃を受けて、巨大なハーモニーは真っ黒に焦げている。
「あぁ…………」
 エリスンはよろよろとフラ付きながら、ハーモニーに近づいていった。
「ハ……ハーモニーッ!!」
 ――返事はない。

     *

 千五百メートル離れた、トランスドナウ山脈の山肌。
 飛行装置で避難した鳥人団が、東ドナウ軍のガデス総攻撃を見下ろしている。東ド軍はガデスに気を取られ、そこで待機する鳥人団に気づかなかった。
「バカな! ……ガデスを攻撃すれば呪いが拡散してしまうのに。ますます核物質が飛散するだけじゃないか! 東ドナウは人が棲めない土地になる。全滅してしまう」
 ゴッドフリードは、上昇する放射能の数値を見て言った。
 攻撃すれば呪い―放射能は拡散する。そうなると知りながら、魔物に対する恐怖に取り付かれた東ド軍は、かつて発掘した時と同じ過ちを繰り返していた。あまりにも無知で愚かな行為だった。
「ヤツらは “見た”のよ、塔の中で何かを」
 ハトヤ大佐は、幼体グレートCエレガンスとエリスンがどうなったかが気になっていた。
 東ドナウ軍が、塔へと近づいていく。どうやら、トドメを刺すつもりらしい。
「如何がいたします、隊長」
「……」
 ハトヤは唇を噛んだ。
 エリスンと共に西ドナウへ帰還する鳥人団のミッションは、崩れ去ろうとしていた。
「一晩考えた。助けに行くわ」
 エリスンを置いていけない。エレーナ・ハトヤは、ガデスを包囲する東軍と対峙する決意を固め、山を下りていった。

     *

「撃てェ!!」
 幼体グレートCエレガンスは、東ドナウの度重なる激しい攻撃で真っ黒な塊へと変化した。生まれたばかりの銀色に輝くグレートCエレガンスは、まだ身体の組成が“やわ”なメタルなのかもしれない。
「ああっっ……」
 バキバキバキと、耳をつんざく大きな音がホール中に鳴り響いた。
 東ドナウ軍がさらなる砲撃を仕掛けようとした瞬間、黒焦げのハーモニーのひび割れから、まばゆい光が漏れた。完全に殻がはじけると、バッと光り、ホール全体を照らした。それから黒い“繭”を抜けるようにして、真新しい、プラチナ色に輝く金属光沢の、グレートCエレガンス成体が現れた。途方もない巨大さに急成長したグレートCエレガンスは、およそ、二百五十メートルはあった。繭を抜けた新生ハーモニーがとぐろを巻いて、頭を持ち上げた。
 マジャル砂漠のグレートCエレガンスは、大半が表面がすすけた錆色をしていて、暗色を持つものが多い。だが、真新しく美しいグレートCエレガンスを、エリスンは初めて目撃した。それだけではない。
 周囲の空気が清浄に、澄んでいった。マイナスイオンのような――いや汚染された空気が、浄化されていっている。空気中に漂う、様々な放射性物質が。
 ガデスの放射能を、ハーモニーが吸収して生体となった。その時、放射能汚染は除去されたのである。
「放射能の数値が、どんどん下がっていく……。成長と共に、ガデスの放射能を浄化しているの? ……本当に元素変換を!?」
 エリスンはわなわなと震えが止まらない。
 鼻水が垂れ、両眼から、熱い涙があふれ出していく。
 ハーモニーのPMFで元素変換が起こった。セシウムはプラセオジウムに、ストロンチウムはモリブデン、カルシウムはチタン、タングステンは白金に!
「ハーモニーが、グレートCエレガンスがガデスの呪いを解いたんだわッ!」
 エリスンは、これまでの強烈な倦怠感、脱力感が失せ、力がみなぎっていることを感じた。
「わ、私の身体が……?」
 エリスンは瀕死の状態から、すっかり元気になっていた。身体から、呪いの影響は完全に消えていた。
 エリスンはグレートCエレガンスを従え、魔女だと言われつつ攻撃を受けていた。何をやっても戦の種にしかならなかった自分……。だが、ガデスで放射能を吸収して成長したハーモニーは、この世の懸案だった環境問題を解決するのかもしれない、そう思い至って、エリスンは心底救われた想いだった。
 なんでこんなに急成長したんだろう? ハーモニーは周囲のエネルギー(核エネルギー)を取り込んでいる。毒や呪いを吸い込んで、それを変換する力がグレートCエレガンスの中にはあるんだ。いや、全てのメタル生命体が……。そして、その中で一番巨大な変換能力を持った者が、グレートCエレガンスであるに違いない。
「これが――これが、あなたたちがマジャルで行っていることだったの――」
 メタル生命体は放射性核物質を除去、吸収して成長する。それが彼らの食事なんだ。一つ分かった。
「もう、おねェさまの身体の全細胞、全DNAは正常に戻りました。健全です」
「ハーモニー、やっぱりあなたが、あなたがしゃべっているのね! 一体あなたは何者なのよ?」
「これからテレパシーでお姉さまと通信していきます」
 ハーモニーが言った。なんだか微笑んでいるように感じられる。

 だが、ガデスの墓標は攻撃を受けた影響で、塔が上から三段に分かれて崩れ始めた。
 軍は一度撤退し、その直後に塔は倒れた。粉塵の舞うがれきの中から、巨大に成長したハーモニー……グレートCエレガンスが出現した。
 ガデスを包囲した軍は、ハーモニーを再度砲撃した。
 ハーモニーの開口部が、メタモルフォーゼした。通常の第一形態・シールドマシン型から、ハイスピード移動時の第二形態・ドリル型へ、さらに第三形態・牙型へと。プラズマ砲を発射するグレートCエレガンスの最終形態……マシンのような姿だが、それは生命体なのだ。
 ハーモニーは開口部から、強烈なプラズマを発射した。

 ドズガアアアアアァン!!

 近くの岩肌が大きくえぐられ、直径一キロのクレーターができた。粉塵が舞い上がり、固まっていた東ドナウ軍が一瞬で見えなくなる。
「止めなさい!!」
 エリスンはハッとしたが手遅れだった。必死で止める。
 東軍の再反撃のプラズマ砲が輝くと、ハーモニーは突然、上空へとジャンプした。
「空を、飛んだ――?」
 ハーモニーの開口部が光った。
「止めなさいッ!! ハーモニー!!」

 ドバッ ズドドドドドオ――ン!!

「ハーモニーッ!!」

 ビカッ、ドガアアア――ンン!!

「ヤメテッ!」

 バガッ、ドグワラシャアア――……ン!!

「ヤメロッ!! ヤメロッ!! ヤメロ――――――ッ!!」

「…………」
 ハーモニーは沈黙した。
 今の戦闘で、いったい……
 何人死んだんだ……。

 エリスンの元へ、ハトヤが戻ってきた。
「生きておられましたかッ! ――近くに敵機を鹵獲しました」
「ハトヤさん……一体なぜ?」
「貴女を置いては帰れない。守ると約束したはずです。東ドナウ軍は撤退しました。今のうちです。さぁご一緒に!」
 ハトヤの真剣な青い眼は、エリスンに謎を残した。
(なぜこの人は、そうまでして私を。ただの、任務でしかないのに)
「……放射能の数値がゼロになっている。こんな短期間に……ありえない」
 ゴッドフリードが言った。
 エリスンは、ハーモニー・エレガンスを見上げた。
「これが――これが、グレートCエレガンスが……禁断地帯でやっていたことなのです」
 鳥人団も見上げている。
『えぇ、でもガデスの呪いを解くには、メタルを使う“人”の力が必要でした』
 ハーモニーが答えた。
「サイコ・マグネティック・フォース(PMF)……は、人とメタルの共同作用……」
『そうです、このハーモニー・エレガンスはお姉さまのアシストでしかないのです。ガデスはマジャルから遠く離れていたので、彼の地を縄張りとするグレートCエレガンスは浄化できずにいた。他のメタル生命体では、呪いを解くことはできなかった。ギガント・ムカデイルはグレートCエレガンスの代わりに、たった一人で呪いを解こうとしていた。けど、カレには無理だった。それには、長い長い時間が必要でした。私はこの時を、ずっと待っていたんです……』
 全ては、ハーモニーのなせる業だが、何者かが……このグレートCエレガンスを通して語っているらしかった。同時に、多くの兵士たちが死んだ。
「これから東ドナウだけではなく、西ドナウも、禁断地帯のナワバリの外に出現したグレートCエレガンスに反応して、騒々しくなるでしょう。さぁ、行きましょう!」
 ハトヤは言った。
「少し、待ってくれますか――」
 エリスンは碧眼で地平線を見つめて言った。

     *

 ガデスの塔の大爆発。
 そのまばゆい“光”を、アイビス・グレイは注視した。
「まさか……墓標が!」
 その直後、爆発に次ぐ爆発が起こった。塔の方向で、“何か”が暴れているらしかった。セラスレギオン戦線は壊滅したらしい。
 アイビスは、ガデス戦のはるか後方に参加しつつ、全軍撤退の中で、ひそかに隊列を離脱した。レーダーが表示するエリスンのマークは、ガデスを示していた。
 アイビスは一人で、ガデス方面へと向かった。爆発による強力な電波障害で、レーダーの性能は不安定だった。
 バイクを飛ばすと、塔方面からセラスレギオン隊が出現した。彼らはアイビスを見つけると、迫ってきた。
 ヴィィ……ンン……!
「クソ……サボタージュがバレたか?」
 レーダーバイザーからプラズマを発生させてステルス機能を使うも、見ると、十数機も追ってきている。
「チ……やっかいだな――レギオン部隊に遭遇するなんて! しかしなんでレギオンが俺を追ってくるんだ? マサか、リリアックスが俺の行動を監視していたのか? ま……まだ裏切ってないのに!!」
 逃げる方向の前方に、追手が放ったプラズマ砲弾が落ちてきた。逃げられない。
「チョット待てッ! オ・レ・は・味・方・だッ!」
 アイビスは廃墟に追い詰められて、叫んだ。
 停止した一機のセラスレギオンのハッチが開いた。
 乗っていたのは、エリスンだった。風が、少女の金色の髪を揺らしている。こげ茶のポンチョを羽織っていた。
「大丈夫、ハトヤさん、彼らは味方よ」
 そう言うとエリスンはにっこりして、他のレギオン機に右手を上げて合図をした。
「生きてたのかッ!?」
 アイビスは信じられない思いで、少女を見上げた。
 エリスンは、うれしそうな顔をして、唇をなめた。碧眼がうるんでいる。
「――まさか、この連中は、西ドナウの軍人か?」
「西ドナウ軍の空挺レンジャー鳥人団のエレーナ・ハトヤだ」
 ハトヤはアイビスにあいさつした。鳥人団は停車中のレギオン隊を襲撃して奪ったのである。
「私と一緒に西へ連れて行ってくれるんです――ペッシオンの村人たちと一緒に」
「ヤレヤレ……驚いたな――」
 アイビスは頭をかいた。
 事情を聞けば、当初敵として襲撃してきた西ドナウの特殊部隊だったが、エリスンの目的に共感して、協力しているのだという。アイビスとしてはにわかには信じがたい話だが、それはともかく……。
「会いたかった」
 というエリスンの言葉に共感する。
(彼女は、各地でどんどん味方を増やしている。ハーモニーやメタル生命体、俺にこの西ドナウの連中、ギル・マックスさえも一時的に――。これも、彼女の皇女としての能力なのか――)
 アイビスは、ハトヤたちと一緒にいるエリスンを見て、呟いた。
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