第40話 ドナウエッシンゲンの伝説

文字数 3,336文字

黄昏暦(Dämmerung)四百年 西暦二四五〇年 九月十二日

 ブダペシュトに居座った陸上空母・ウォーヘッド総司令部のドクロ室。そこが帝都の暫定政府庁舎となっていた。多くの東西の軍人たちが協力的に活動していたが、そこにクロフト・サラマンジアの姿はなかった。元帥はロージャー・シカケーダー新元帥によって更迭され、現在は簡易温泉施設内に軟禁されていた。
 エリスンは虚弱で身動き取れず、ベッドに横たわった。指先しか動かない。逆にハーモニーは、元気になりつつあった。そこで、ハーモニーとガラティアの二人がベッドの両脇に座って、PMFヒーリングパワーを送った。
「もう、私にできることはない。……私では防げない」
 エリスンは目をつぶったまま、ささやくように言った。
 帝都ブダペシュトを絶望感が包んでいく中、
「安心して下さい。いざとなれば、私がやってみます――」
 ハーモニーはヒーリングを止めると、再びメタルコアへと接続し、同期を開始した。だがハーモニーは、内心無理だと言うことが分かっていた。それでも自分がやらねばならなかった。
「もう手がないのか……」
 アイビスは腕を組んで、ヴァーミリオン家の皇帝姉妹を眺めている。
「反対意見はありましょうが――この際、城船を軍都へ向けて動かすのです」
 シカケーダー元帥が驚愕の提案をした。
「なっ」
 アイビスは腕をほどき、ずっこけそうになった。
「何言ってるんです、閣下!」
「実はさきほど、ヴェネター卿と検討してみたのです。城船の主砲で、ピースメーカーを発動できるかどうかを」
 みんなが一斉に、Dr.ヴェネターを見た。
「超重力子カノン砲を、ガラティアのPMFデバイスに改造することは――、一応可能だ。ただし、改造してから黒海に出るまで、間に合うかどうかだが――」
 ヴェネターの計算では、ギリギリ残り時間の二日を超えるか超えないかだった。
「陛下への負担が大きすぎる! それに危険です。私は反対です!!」
 ダン・ジークフリードが真っ先に反対した。旧西ドナウ勢の、城船に対する憎悪が先立っていたのは事実だった。

「皆さん、私に考えがあります!」
 ずっと黙っていたラリマ・キルマー近衛隊長が、すくっと立ち上がった。
「ドナウエッシンゲン伝説のブルーガンを使いましょう」
「ブルーガン? それは?」
 アイビスは訊いた。
「この世のエイスワンダーの一つ。エクスカリバーの銃と呼ばれているモノよ」
 パルミラが答えた。
 レジスタンスの同盟に伝わる、美しく青き伝説の銃だ。
「もしやそれって――」
「おそらく、敵のPM9に対抗できる、この世界で唯一のPM9です」
 キルマーは言った。
 PM8のハーモニー・エレガンスよりも上位に位置し、エリスンのPM9よりも精度が高い。理論上、PM10は存在しない。もしもそれが実在し、力を発揮すると地球が真っ二つに割れてしまうからだ。
「聞いたことねェな。本当に存在するのか? 西ドナウのただの伝説じゃないのか?」
 アイビスのような東ド兵士にとっては、ピンとこない話である。
「違います」
「眉唾じゃねぇとしたら――そいつは一体何なんだ?」
「正体は反物質銃です」
「反物質? そりゃまた――」
「その破壊力は、一発で都市が吹っ飛ぶ、ガルガンチュアのプラズマ砲や、城船の主砲に匹敵すると言われています」
「あるいはそれ以上です」
 ダンは言った。今度は乗り気だ。
「最終戦争の遺産か……」
「えぇ、おそらくは」
 ラリマ・キルマーはうなずいた。
 拳銃でありながら、反物質ブルーレーザーで、まるで放射能の出ない核兵器のような破壊力があり、使える者は限定されている。その意味で、ギルのナイフにも近い存在だ。長年各国が探し求めるも、伝説のエクスカリバーの剣同様、実在視されていない。西ドナウの政府関係者の間でも伝説扱いだったが、ドナウエッシンゲン同盟は存在すると確信していた。
「ブルーガンスリンガーは、ドナウ・クライストや、ギルの力に対抗できる――、我がレジスタンスに伝わる、PM使いの英雄伝説です」
 強大なギルのPMFと対抗しうるブルーガン……その言葉は、魅力的だった。
「ちょっと待て、超重力子はダメで、反物質銃はいいのかよ?」
「ブルーガンは、一人の人間が使用することを前提とした銃なのです」
「つまりこの世界には、人の手に収まるPM9が三つあるということか?」
 アイビスは念押しした。
「はい」
「三種の神器だな」
 エリスンの龍のウロコ、ギルのナイフ。そして、ドナウ帝国の黒い森の伝説のブルーガン。
「そこにピースメーカーを込めることができれば……陛下にも負担なくPMFを発動することができるかもしれません」
 城船と何が違うのか? アイビスには分からなかったが、元レジスタンスにとっては、何か皇帝家の因縁でもある神器なのかもしれない。
「我々人類に残された道は、ヴォルガ機界を支配するギル・マックスを倒すこと以外にありません。次にガルガンチュアのプラズマ砲が勝てるか分からない以上、ギルのナイフに対抗できるのは、おそらくブルーガンだけなのです」
 キルマー隊長は力説した。
「場所はもうわかっているのか?」
「ドナウエッシンゲン村、アルジェダ大神殿です」
「何? あの村に……」
 シュバルツバルトにあるドナウの水源を守るアルジェダ神殿。資格ある者しか寄せ付けない。ブルーガンに選ばれた者だけが扱える――。
「ただし、一人で行かねば、それを手にすることはできないと言われています。そこで、ドナウの女神の試練を受けるのです。ガンスリンガーとして選ばれるか、あるいは死か……。しかるべき人でなければブルーガンの使用に耐えられずに死ぬことになるのです」
「やれやれ、なるほど。それなら英雄を選ぶ剣、エクスカリバーの伝説ってのも、PM9の可能性があるようだな!」
「そうでしょう」
 皮肉っぽいアイビスに、ダンはまじめに返した。
 聖剣伝説、魔法の指輪、聖櫃、聖杯……それらは全て、PMの伝説だったのだと考えれば、説明がつく。
「で、資格ある者って?」
「誰が選ばれるのかは、実際に神殿に行かないと分からない。当然、PM9が使える可能性がある者に限るでしょうが」
「やはり……私が行くしかないようです」
 衰弱したエリスンが、ゆっくりベッドから起き上がった。
「陛下……」
 ドナウ・クライストと、もう一人の救世者伝説、ブルーガンスリンガー。おそらく、PM9に覚醒したエリスン皇帝以外に適任者はいない。
「ハーモニー、少しの間、任せるわ。私がブルーガンを取りに行く」
 そう言って、エリスンは一歩歩いてすぐ床に崩れた。
「ムリよ……お姉さまにはそんなエネルギーは残ってない!! 三度もピースメーカーを使ったのに――」
 ハーモニーは泣きそうな顔で訴えた。
「お姉様は、生体エネルギーが焼き切れて、寿命より早死にしてしまう」
 ハーモニーの眼から涙があふれてくる。
「陛下、いくらなんでもそれは無理です。お身体が……」
 キルマー隊長は、エリスンの身体を支えた。
「私の勘ですが……ここにいる中で、ドナウ皇帝の私しか――できない。私ならきっと、ブルーガンを手に入れて、使うことが」
 エリスンはやつれた笑顔でほほ笑んだ。
「今のお姉さんの力じゃ――たとえ銃に選ばれても、使えばすぐに――死んじゃう――!!」
ハーモニーは、泣きながら予言した。
「けれどこのままじゃ――人類の滅亡は確実よ。この世界線の未来が確定する。ギルは七十二時間後には復活する。ヤツが、恐怖山脈を起動させれば、全てを滅ぼしてしまう。――アマゾン緑界の宇宙樹も……何もかも……」
 ハーモニーは、ハッとした。
「そうなったら地球は火星化が進むだけ」
 起源はあと三日。神聖ドナウ帝国は、決断しなければいけなかった。
「私はドナウ皇帝として即位したとき、使命を悟ったの」
「陛下――」
「その呼び方はよして。エリスンでいい」
 エリスンは弱々しく微笑んだ。
「さぁ、二人とも私をヒールして」
 エリスンは支えられて立ち上がった。ベッドに戻ったエリスンは無理してターメル・チューリックを飲むと、ハーモニーとガラティアのPMFで治療させた。ハーモニーが感じるエリスンのPMFは、以前よりずっと弱々しかった。
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