第32話 ドナウ大戦5 ウォーヘッド対ガラティア・ゴルデックス

文字数 5,605文字



黄昏暦(Dämmerung)四百年 西暦二四五〇年 九月九日

 ドナウ中原をめぐる大戦。
 この地を砂漠に変えたドナウ大戦から百年、歴史は繰り返していた。
『西ドナウ共和国のガイキューヌ大統領に警告すっ!! 軍都の城船は鉄門湖を出て、ドナウ川を遡上し、旧ハンガリー国境までたどり着いた』
 東のコード・ブレーダー総統の発表は、全ドナウ流域民を凍り付かせた。
『超越兵器禁止に関するエステルゴム条約違反の、明白な国際条約違反ではないか! なんという恥知らずの暴虐行為か、東ドナウはわが国だけでなく、恐るべき非人道殺戮兵器を使用し、欧州全体、いや地球さえも滅ぼす気なのだ! それが自らの滅亡をもたらす道だと、なぜ学ばないのか!』
 西のガイキューヌ大統領は吠えた。ヘイズが城船の射程距離に入ったことで、西ドナウ政府の東ドナウ批判はピークに達した。
 城船に搭載された「超重力子カノン砲」。それは、四百五十年前の技術を復活させたオーバーテクノロジーであり、百年前の先のドナウ大戦で使用された。最後の審判以前、様々な超兵器が建造されたといわれているが、その一つである。
『城船のドナウ遡上は、ペッシオンへの後方支援に過ぎない。断じて国際条約違反などではなく、第二次ドナウ大戦中に主砲を使うことは決してない――』
 コード・ブレーダー総統は、明らかな屁理屈で返答した。
『だがもし西ドナウ共和国軍がペッシオンから撤退しない場合は、ヘイズの町が灰と化すとも、それは我々が選択した事ではないとあらかじめ断っておく。このままドナウ川に汚染を垂れ流し続けるならば、何が起こってもこちらの責任とは言えまい。一体どちらが非道なふるまいを行っているのか、ガイキューヌ大統領はよく胸に手をあえてて考えるべきである』
 と、つい先ほどとは正反対のことを添えた上で、
『西ドナウ政府はインダストリアル・ローマ社の傀儡政権であり、ローマ社の錬金術師、Dr.ヴェネター・グノーム・パラケルススが、ヘイズ城の地下で悪魔的な研究を行い、戦場でメタル生命体を使役していること、それこそが非難されるべき行為なのだ!』
 非難の仕返しをすると、コード・ブレーダーはそれっきり沈黙した。それに対してガイキューヌ大統領はさらなる再反論を試みたが、もはやまじめに耳を傾ける者の方が少なかった。

     *

「フウ……総統閣下は本当に後方支援のつもりなんだろうな! わしは到底信じられんのだが――」
 サラマンジアは、今回はシカケーダーの見解を頼った。
「あぁは言いましても、総統の言葉には少々誇張があります。到着までまだ時間がかかります。主砲を使わないとすれば、城船の小火力の射程距離にペッシオンが入るまでは近づく予定でしょう」
 そのプラズマ副砲だけでも、十分な破壊力があることは西ドナウにも知れ渡る。
「それまでに何としても、ウォーヘッドの圧倒的火力だけ敵を退かせるのだ! でなければ城船の暴走を許すことになってしまう。全軍に告ぐ。城船到着まで、ペッシオンを死守せよ――。こざかしい西の戦術など、吹っ飛ばすほどの大火力によってなッ!」
 サラマンジアは結局、力任せ一辺倒の「作戦」を全軍に命じた。

 ドグアア――――ン!!
 東ド軍の多砲戦車ヘリオス・メガタンクと、西ド軍のヘラクレス・メタルビートル戦車が急接近しながら撃ち合った。双方に損傷を与えながら、すれ違う。数百メートル先で急ブレーキをかけ、お互いに反転すると突進していった。巨大戦車同士は再び派手な衝撃音を立てて、正面衝突した。エンジンをふかし、全力の力押しが始まった。ヘラクレス・メタルビートルの足が、キャタピラと共に激しく蠢いている。その直後、両者ともゼロ距離砲撃をして大爆発を起こした。
 ウォーヘッド総司令部は依然友軍と孤立したまま、周囲を群がった敵戦車隊グレートWフリーの軍団に対して、大火力戦を展開している。
 サラマンジアは各地の戦闘の膠着状態を見て、結局城船が副砲を撃つポイントへ到着するまでの時間を稼いでいた。
「連邦軍人としての誇りを忘れるな! ヴォルガに対して我が連邦軍人は一兵たりとも敵に対して後ろを見せたりせんぞ! 西ド軍に対しても同じだ!」

 泥仕合。西ド軍と東ド軍の戦場は、戦略戦術どがえしのぶつかり合いがあちこちで起こり、多数の戦死者が出ていた。
 セラスレギオンの一機がビートルの攻撃を受け、ショートした。騎士は必死で予備電源に切り替える。
「回復しました!」
「よし、撃て!」
 友軍と合流する。
 三台の新たなヘラクレス・メタルビートルが砂から現れた。
「重心を低くしろ、周り込め!!」
 弧を描いて走行しながら、イオン・ブラスト砲を撃つ。
「二人がかりでひっくり返すぞ、1、2……」
「3!!」
 両手でひっくり返したビートル戦車の腹に、レーザー光線をたたき込んだ。離脱した瞬間、大爆発。戦車から三つの首が突き出た、ブルドーザードラゴンが襲い掛かる。対抗して撃ち続けていると、しばらくして砲口が沈黙した。
「エネルギー切れか!」
 武器は残されていなかった。
「これを使ってくれ!!」
 後ろから銃が投げられた。友軍は、標準装備以外の銃器を持っていた。
「……ありがたい、助かる」
 ズガガガガガァアアアアアン!!
 一斉射撃をしながら、騎士の顔がほころんだ。ブルードーザードラゴンは大爆発した。
「後でビールでも一杯奢ってくれ!!」
「OKソルジャー」
「こっちは任せろ、西部部隊が援軍を要請している、そっちへ行ってくれ!」
「了解(ラジャー)。――いや待て、今全滅したらしい」
「ドナウまで一時撤退する! そこで陣を立て直そう」
「了解(ラジャー)、ピーッ」
 砂塵と、明滅する赤い光と血に染まった砂漠の戦場。
 彼らは敵と同時に砂漠と戦っていた。砂塵は時に砂嵐となり、レギオンの足を喰い、胴体まで埋まった。そこへメタル生命兵器が砂の下から現れて、追い打ちをかけてくる。だが並の戦車部隊とは異なり、レギオンには手足があった。砂を払い、足で蹴って押し上げて脱すると、横っ飛びしながらメタル生命兵器に反撃した。それは人の動きそのものだった。人馬一体となった古の騎士のように、人機一体となったセラスは兵の手足として走り、銃撃で語った。そして時に機とともに果てた。
 安全な戦い方などはもはやない。ただ撃ち、ただ殴り、ただ走るしかなかった。敵も同様だった。何人もここマジャル砂漠では同じ条件だった。一瞬一瞬で有利・不利が逆転し、兵士はその瞬間瞬間の生死に賭けた。直観がモノを言い、経験が自然と身体を動かしていく世界――禁断地帯と呼ばれた時以上の不確定領域では、生と死の境界線はあいまいだった。
「砂漠なので民間人が居ないのが幸いとはいえるが、――兵たちの命とて大事だ! このままじゃ兵力の無駄な浪費だ!」
 無数のプラズマ弾が戦場を飛び交い、あちこちで弩級重戦車が爆発し、車体がサラマンジアたちの眼の前で空高く飛び上がった。
「消耗戦ですな」
「まずい、実にまずい。わしとて、城船を絶対使用できぬ最終兵器としてチラつかせるくらいのことは理解している。だがこの現況を見てもしも総統が、『止むを得ん……封印された兵器を使うしかない』などと言い出したら……。で、今、掘削はどうなってる!?」
「……ご心配なく、進んでおります」
 シカケーダーとしては、掘削さえ成功すれば戦況がどうであろうと、最初から覆すことができる算段だった。そこが、この大戦における戦略の肝なのだ。
 両陣営とも満身創痍だ。それでも砲撃は止むことなく各地で続けられている。東ドナウ軍の各機甲師団は、苦心惨憺の末に十二機のグレートWフリーを撃破した。次第に、マジャル砂漠から霧が晴れていった。
「ここはそう簡単には落ちぬ! 敵はまだ、ウォーヘッドの何たるかが分かっておらんのだ!」
 霧が晴れると同時に、一万メートル上空に待機していた飛行戦艦・轟イストリヤが空爆を開始し、掃討作戦を行った。その後は負傷兵を回収するのみで軍都へ撤退を余儀なくされた。砂漠に降り立つと、万が一砂下からメタル生命兵器が現れれば餌食となり、危険であると、シカケーダー総参謀長に判断されたからだ。
 東ドナウ軍の掘削は、古代機械メタルコアの上位PMに阻まれたまま、うまくいってなかったが、「時間をかければなんとか行けるのでは」という幻想に取り付かれた掘削マシン担当官によって続けられていた。シカケーダーの中では、掘削の可否は相半ばしている。

ゴルデックス

「ありがとう――あななたち」
 ガラティアを以てしてもウォーヘッド総司令部と直接対決するのは、極めて困難だった。彼女は西の新兵器・グレートWフリー戦車をすべて失った。だがガラティアはその捨て身の戦術で、ついにウォーヘッドを完全に孤立させることに成功した。
 ガラティアの、最新メタル生命体戦車とのダイレクト接続はリスクが大きく、ミジンコタンクのダメージが、ガラティア自身のダメージになって跳ね返ってくるのだった。
 ガラティアは四つん這いになり、倒れかけた。
「どうする――!!」
 ゲオルギウスには、仰々しい外見のミジンコタンクが無残にも負けたように映った。
「城船が近づいている。もはや一度撤退を」
 Dr.ヴェネターは進言した。ところが――。
「お待ちください。グレート・ウォーターフリーには、もう一つの顔があります」
 ガラティアはゆっくりと立ち上がり、モニターに映し出された「亡骸」を見つめて言った。
「待て!」
 Dr.ヴェネターは見た、ガラティアのガラス玉のような眼がまるで人間の様に必死になって、自身の計画に取り憑かれている様を――。
「まさか……メタル生命兵器が反乱を!?」
 ヴェネターはゾッとした。砂漠中のメタル生命兵器が反旗を翻したら……西ドナウ軍にそれを止める方法はない。
「いいえ、私が兵器として鍛え上げましたから、そんなことはありえません。すべてのメタル生命兵器は人のために命を投げ出す……覚悟はできています」
 ガラティアは言った。
「申せ……」
 ゲオルギウスはガラティアに圧倒されながら、静かに訊いた。
「形状記憶純金です、メタル生命機械化師団はまだ完全に死んではいません! 私自身を使えば、全ての残骸を一つに合わせてメタモルフォーゼさせ、巨大な兵器を生み出すことができます! それはゲームチェンジャーになるはずです」
 ガラティアは叫んだ。メタル生命兵器を捨て駒にして、全滅させてしまったものの、彼女は王手という処まで来ていた。
「そなた自身を?」
「あれはまだ――実験段階でして、コントロール・システムが不安定です!」
 ヴェネター卿は今度こそ阻止しなければと、懸念を示した。
「命ずるのは私だッ!」
 ゲオルギウス上級大将は、敵が城船の合法カノン砲を使用できる範囲にドナウ川を遡上する時間稼ぎをしていることに気づいていた。西ド軍には、撤退する猶予など与えられていなかった。
「やってみろ。許可する」
 ヴェネターは天を仰いだ。冗談ではない! グレートWフリーは、実験中に暴走事故を起こした。それがあの、危険な「巨大な奴」を生み出したのだ。だからヴェネターは安全弁の検証が済んでいないGWFの実戦投入に反対したのだった。
 西ドナウ軍のメタル生命兵器は、人的被害は最小限だった。しかしそれでも“生命”をもてあそぶ行為に他ならなかった。そして現在の状況は、まさにメタル生命兵器の暴走の危機に直面しつつあった。

 グレートWフリーが撃破されたことにより、美しき巨女ガラティア・アンダルシアは、PMFの反射での多大なダメージを負いつつ、より強固なダイレクト接続を開始した。リミッターを外したPMFは、グレートWフリーらメタル生命兵器の残骸を融解させていった。メタモルフォーゼさせ、一つにより集めていく。磁力が発生し、メタル同士がくっついた。……と、メタル生命体の残骸たちが、山のように盛り上がっていった。それは、巨大な怪物を作り出した。
「行きなさい……ゴルデックス!!」
 全長数百メートルとなった巨体が、ウォーヘッドを見下ろしている。
 ゴルデックスの身体はまだ不安定で、下半身が半分以上溶けたような形状であったが、次第に形が形成されつつあった。



「あの、金属の花びらのようなものは?」
 ゲオルギウスはガラティアに訊いた。
 頭の周りに、回転する細長い物体がいくつも浮かんでいる。
「“目”です」
 かつての十二機のグレートWフリーの眼が、十二個の眼として、頭の周りに回転しながら“浮かんでいた”。そこが、PMFの超能力を発揮する機関なのだとガラティアは説明した。同時に、鍵爪のある両手首も回転していた。
「私のガラティアよ……暴走……しているのか? それほどまでに、戦いに、勝つことをわしは、教え込んでいたのか――」
 ヴェネターはモニターの前で凍り付き、ただガラティアを眺めている他なかった。彼のつぶやきは、ガラティアの耳には届いていないらしい。
 自分自身のPMの暴走、もはや主(あるじ)の支配を受けず、逆にこちらが支配されている。メタル生命体を操作することがいかに危険かを、最初に懸念を口にしたのはゲオルギウス上級大将だった。だが彼は戦果を目前にすると、あっさりと全面肯定した。何も分かっていなかったのだ。
 ウォーヘッド総司令部との、第二回戦にして最期の戦いが始まった。

     *

「ムウウ……廃棄兵器のリサイクルか……。化け物が……」
 総司令部の中でサラマンジア元帥は、額に汗をかきながらモニターに映る超巨大メタル生命兵器・ゴルデックスを真正面から見上げた。スクラップ虫に代表される、メタル生命体のメタモルフォーゼ能力が兵器で活用されている。
 シカケーダー総参謀長は、地下掘削のデータをチラッと見やった。――間に合わない。
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