第20話 古代機械 ―核兵器との対話― I’m lost

文字数 2,168文字

 線路上のマシンに、赤い光がチカチカと点滅した。信号を送っているらしい。やっぱりハーモニーが呼んだのだと、エリスンは考えた。
「この古代機械は、おそらくかつてガデスから東ドナウ軍が運び出そうとした名残だ――。今から七十年前の事だ。このレールは……」
 ハトヤは言った。
「あの塔には……一体何が眠っているのでしょう?」
 エリスンは訊いた。
「ガデスは神聖ドナウ帝国が魔物を封印した証。あの塔――『墓標』はそれなのよ。それから百年経って、あちこち封印のほころびが起こっている。何しろメンテナンスができない。ありとあらゆる、放射性物質を十万年間、人の手で閉じ込めるなんて、しょせん、不可能なことよ」
 ガデス・タワー。建設された呪い封じの塔。ガデスが封じているとされる魔物とは、核兵器・核廃棄物である。
 セシウム137の半減期は三十年。ラジウム226は千六百年。炭素14は五千七百年、プルトニウム239は、二万四千年――。強い放射能を放つ核廃棄物がすべて、天然のウラン並みの放射能にまで無害化されるまで、およそ数万年の歳月がかかる。それを未来永劫封印する最終処分場なのだ。
 地下四百メートル、全長五キロの地下道に保管され、その地上に建つ巻貝のような塔は、放射能を封印するPM装置だった。
 だがその塔は物質カーストのランクがPM5-6と低く、数多くの問題を抱えていた。
 ドナウ大戦に伴う気候・地殻変動の結果、ガデスに十万年封印された「呪い」は上へ上へと上昇し、漏れ出していたのだった。
「するとコレは――……」
 目の前の物体の正体を、ハトヤが明かした。
「核兵器だ」
「ガデスの魔物?」
 巨大なミサイルは、かつて大陸を横断する飛行能力を持っていた。
「東ドナウ軍は立入禁止区域であるガデスの塔の発掘を試みた。東ド軍はガデスを発掘してヴォルガ機界に核攻撃するつもりだった。同時に原発も作ろうとした。漏れ出した放射能汚染が進んで、枯死した木々が赤茶色になり、それすらも朽ち果てて土にかえった。そこを掘り起こすなんて、無謀な振る舞いだった」
「そして、ムカデイルの襲撃を受けて、放置した――」
 エリスンはムカデイルの残骸を見下ろして、迫る東ドナウ軍を見やった。
「その後、発掘に参加した兵士たちは、次々と急性放射線症候群になり、命を落としていった。軍都の命令で、多くの兵士たちが放射線に被ばくし、亡くなったんだ。それ以来、発掘現場を放置したまま軍は離脱した。予想を超える数値の放射性物質が上昇していることが分かって、東ド軍は撤退した。――東ドナウ軍はガデスの魔物を兵器として利用しようとして、それに失敗した」
「来たぞッ!」
 ゴーグルを掛けたゴッドフリードが叫んだ。
 東ドナウ軍の人型戦車セラスレギオン騎士団だ。
 エリスンのテレパシーは、感じていた。東を裏切り、西へ寝返った自分に対する東ドナウ軍の憎しみ、怒りの想念を。それが怒涛の洪水のようになって自分に押し寄せて来ている。

「ねェ教えて。呪いが解かれるまで、何万年もかかるのよね?」
 エリスンは、核兵器に意思を感じた。対話できると判断した。
『ムカデイルのPMFが、ガデスの放射能を除去していた。だから……もう数万年ではない。けど、おそらく数千年はかかっただろう』
 そのムカデイルは死んで、もういない。
『ムカデイルでは除去しきれなかった。だから代わりに、あなたをガデスへお連れしたい』
 古代機械の上部がグルリと、向きを百八十度変えた。
「“乗れ”と言ったわ」
 エリスンはハトヤに言った。
「何?!!」
 ハトヤは驚く。
「しかし――」
 ガデスが格別に危険なエリアであることは、エリスンも重々承知している。どうすればいいのか、何が正しいのかを短時間で見極めなくてはならない。
 東ドナウの機甲兵セラスレギオンの姿が迫ってくる中、エリスンの胸に言葉が浮かんだ。
『オネエサマ、ソレニ乗ッテ、ガデスヘ行ッテ。早ク行ッテ!』
 ハーモニーが主張している。ムカデイルの次は……核兵器に!
 レギオンがそこまで迫る中、エリスンは核兵器の背に乗った。エリスンには他に選択肢はなかった。辛い……何よりも辛い! 押し寄せる大量の悪意から逃げるように、ともかくここを離れたかった。
「いけないッ、ガデスに向かっては!」
 ハトヤと鳥人団は、慌ててジェットウィングで追うと、やむなくエリスンを乗せた核兵器に掴まった。
「カレは、ガデスの案内人だったの――」
 エリスン内面やけくそで答えた。
 レールを進むにつれ、ガデスの墓標が、目前に覆いかぶさるようにして迫ってくる。
「分かっているのですかっ? ――こんなことをして」
 ハトヤは背後に迫った敵に警戒態勢を取りつつ忠告する。
 レール上の古代機械の動きを察知して、東ドナウ軍は慌てて核兵器を回収するために、無茶を承知でセラスレギオンを動かしたのだろう。いつ東ドナウ領内で、爆発を起こすか分からないからだ。
 ガデス・タワーの巨大な威容を眺めると、ひび割れた渦巻き構造がはっきりと観える。ハトヤたちの測定器が、高まる放射能を検知した。エリスンも肌身でソレを感じている。ビリビリとひりつく感覚。
「ここにいたら危険だ……ここにいちゃいけない……」
 そう思いながら、エリスンにはハーモニーがあればもしかしてという考えが浮かんでいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み