第33話 ブラックロータス

文字数 5,036文字

黄昏暦(Dämmerung)四百年 西暦二四五〇年 九月九日夜十時

 ヘイズ城内は、保安兵とレジスタンスの苛烈極まる内戦へと突入していた――。
 ラリマ・キルマーとエリスンは、巨大ダクトから地下処刑場へと出た。赤レンガ造りの幅五十メートル四方の一面の壁に、鎖につながれたレジスタンス兵士たちが十数名立たされている。
「間に合ったかッ!」
 レジスタンスは一斉に向かいに立つ保安兵を次々と撃ち倒し、ラセガル隊に駆け寄った。足元には無数の人骨や動物らしき骨、得体のしれない生物の骨などが転がっている。
「キルマー隊長!」
 ラゼガルのすすけた顔が、生気を取り戻す。
「無事ですか、何よりだ」
 キルマーは鎖をほどいた。
「これは罠です!!」
「えっ」
 死んだ兵士をよく見ると、人形だった。赤ランプが点灯し、警報が鳴った。入ってきたダクトはシャッターが下ろされている。
「なぜエリスン姫まで連れてこられたのですか? ――我々のことなど放っておいて、ハーモニー姫の救出に向かうべきだったんです!」
「お前たちを見捨ててはおけぬ……それが姫のお心だ。ともかくここは脱出する。どこへ行けばいい?」
「ついてきてください!!」
 処刑場の左右の壁が動き出し、地面に転がった骨をメリメリと粉砕しながら迫ってきた。警備システムのレーザーが襲いかかり、レジスタンスは自動銃への反撃に忙殺された。処刑場を出口から脱出したが、その先の通路は迷宮になっていて簡単に抜けられそうもない。蛍光グリーンに照らされた廊下を突き進んでいく。
「こっちです!!」
 先頭を走るラゼガルを追って抜けた部屋は、Dr.ヴェネターのラボだった。巨大なホールの中には、十九世紀から運んできたようなレトロ調の機器から最新型まで、所狭しと並んでいる。中央に巨大テスラコイルが四本立てられ、青白くスパークしている。
「これは……!? ヴェネター・グノームの研究所かっ!?」
 マジャル砂漠から回収されたメタル生命群が、ケースの中にズラッと陳列され、下から照らされていた。赤茶色のボイラーから、無数のタコ足のようなパイプが這い出している。資料や筆記道具が置かれたテーブルと、使い込まれたマホガニーの椅子は、ヴェネターのものだろう。
 ここで数々のメタル生命兵器の実験が行われているのだ。東ドナウのスパイが必死になって調べるも、一度たりとて成功することなくあの刑場で果てたであろう極秘実験室。レジスタンスさえも、侵入に成功していない。
「そうです、ここはローマ社の錬金術師の実験室です。遠回りのようですが、上の塔へ行くにはここが最短ルートです。しかし――問題がある。ここには化け物が居るんです。ここでオレたちは半分になった」
「何がいる?」
「処刑はまだ、続いています!」
 エリスンは気づいた。壁の防弾ガラスの窓から、ローマ社のマッドサイエンティストたちが見下ろしている。彼らは、実験中のメタル生命兵器をレジスタンスに向けて放った。
 目の前に現れたのは、南米アマゾンに棲む、巨大ピューマのような形状をしたメタル生命体だった。ラピス色に輝く身体は、全長十数メートルの体躯を持っている。耳の形状がひし形の、メッシュになったアンテナ状で、グルグルと廻っていた。そして、異様に長く伸びた牙は、太古に存在したスミロドン、サーベルタイガーをほうふつとさせた。まるで重力などないような気軽さで、フワッフワッと青い巨体が移動する。
「四つ足のメタル生命体……哺乳類型のPMか! 初めて見た!」
 パルミラが感嘆の声を上げた。
 それは、レジスタンスたちが知らない、前線に投入されているグレート・ウォーターフリーの後継メタル生命兵器である。
「ホンモノだってジャングルの王だ。ワニでも勝てん。……アイツが処刑人だ。恐ろしく獰猛なメタルなんだ!」
 ラゼガルがレーザー銃を撃つと、メタルピューマの前に電磁シールドが出現した。花のように見える、宙に浮かんだ十二面体の幾何学模様。それは、形状が変化しながら回転していた。
「消えた!」
 メタルピューマの姿はすでになく、幾何学模様だけが空中に残された。それが移動した形跡はなかった。
 幾何学模様から、光が乱反射したようなレーザーが撃ち出された。レジスタンスは機器の影に転がり込んで避難した。浮かんでいる幾何学模様は、ゆっくりと宙を移動し始めた。
「やはり――そうか!」
 ラゼガルはうめいた。
 三十メートル斜め後方に、それは出現した。巨大な爪が襲い掛かってきた。五人がかりで集中砲火を浴びせるとまた消滅し、別の方向から幾何学模様が攻撃してきた。
「あれは、実体とは違う幻の“像”を見せて、翻弄している。正確な位置も異なる。俺たちは、前にそれを見抜けなかった!」
 幾何学模様と連動するように、メタルピューマは神出鬼没に表れた。
「幻のデストロヤー・ピューマってところか……」
「Dr.ヴェネターめ、とんでもない生命実験を――」
『……マタ新しイ獲物が来タ……カ……』
「しゃべったぞ!?」
 そうではない。エリスンは気づいた。彼はテレパシーで、心に侵入してくる。
『ククククク……来たナ、ラリマ・キルマー隊長。そシてその隣にいるのハ……エリスン・オンディーヌ姫!』
「ガラティアと同じ、意思を持ったPMです」
 キルマーはエリスンに言った。
「ガラティア? それは――」
「今マジャルの戦場で、西ド軍のメタル生命兵器を操ってる、Dr.ヴェネターのPMホムンクルスです」
 キルマーもその情報を掴んではいたが、実際に観た事はない。
「ホムンクルス……」
「人型のPMです」
「そんな者が?」
「ええ……」
『オ会いできテ、光栄でス姫……ヘイズの下水城からハ出ラれまセんヨ』
「あなたは――」
『私もここヲ出られヌ身……おマエたちも……同じダ』
「後ろへ! あなたは我々が守ります。どうかご安心を」
 キルマーは叫んで、エリスンを隠した。

 生々流転の果テに、生は新しイ形を生ミ出した。
 ソこに、『私』という自我ガ生み出されタ。
 人ノ目的に、利用されルためだけニ……
 不本意な形デ生み出さレた者たちガ、
 こコから数多く戦場へと駆り出サレていっタ――。
 けど生を授カった者は、ヤがて居場所を見つケる。
 そしテ、自らノ足で歩いテいくのダ。

「黙れ!!」
 ラゼガルはレーザー光線を浴びせた。とたんに、ピューマは雲散霧消した。
 空間をゆがませて、迷路を変化させている。攻撃者の認知の誤差を作り出して、メンバーを翻弄している。PMFでサイキック能力を操る青い金属のメタルピューマ! 数々の超能力を有した最新メタル生命兵器だ。
「ヤツにとってはゲームのようなものだ」
 レジスタンス一の剛の者・ラゼガルが恐れていた。
 幻覚――を生み出している実体は、ラボの中心に置かれた黒い蓮の形をしたメタル兵器だった。
 ブラックロータス。
 それがメタルピューマを生み出し、さらにメタルピューマが幾何学模様の電磁シールドを生み出していた。
 しかしこの三つは三位一体であり、どれが実体ということもない。恐ろしいのは、二つが一つの「像」を生み出す仕組みだ。相互にホログラムを生み出しあっているといえる。――ゆえに二つを同時に破壊できないと、もう一つから攻撃を受けるのだった。
 だが、宙に浮かんだ幾何学模様の電磁シールドはそれ自体がバリアとレーザー攻撃を行い、攻守ともに完璧であり、攻撃にかなり手間取る。必然的にメタルピューマとブラックロータスを攻撃ということになるが、神出鬼没のメタルピューマを捕らえることは容易ではない。
「撃て!!」
 メタルピューマは撃つと、煙のようにかき消えた。必ずしも幾何学模様の電磁シールドを必要としているわけではないようだ。ピューマは巨大な爪で襲い、その都度犠牲者が出た。
「違うわ、ピューマを撃ってもしかたない。実体があるようで、そうでないの――」
 エリスンは、透視した結果をありのままに伝えたが、自分でも正確にその意味が伝わったかどうか自信がなかった。
「ブラックロータスを撃たなきゃ」
 ブラックロータスは変わらず、ラボの中心に鎮座していた。だが、近づくことができなかった。他の二つの兵器が活動している最中、ブラックロータスの位置はなぜか正確に掴めなくなっている。そこへ行くと、いつの間にか自分たちの方が移動しているのだ。
「ここから出るんだ」
 確かに四方に出口らしきモノはあった。だが、そのすべては迷宮化し、脱走を図っても必ず元のラボへ戻ってきてしまう。
 彼らは「鳥かご」の中に囚われ、どこにも出口はなかった。そこに巨大で獰猛な猫が襲う狩場になっていた。メタルピューマは、ここの処刑人として君臨していた。レジスタンスは、非力な小人になったような絶望感に包まれた。
 むしろ元の刑場へ戻った方がましではないかと思うが、刑場からもここへしかたどり着けない。そしてラゼガルが言った通り、塔の上階に直結する唯一の通路が、このラボの中にあるのだ。

     *

「レジスタンスか! 奴ら、あんなところまで……。ははぁ……ブラックロータスの罠にかかったな」
 ペッシオンの戦場からガラティアは、メタルピューマの眼を通して、レジスタンスたちを観ていた。
「これは急がねば――……」
 ガラティアはゴルデックスの起動を続けた。

     *

 レジスタンスは銃を頼りに戦うことを止めた。
 ラリマ・キルマーの眼が白く光り、念動力で幾何学模様の電磁シールドを空中に固定した。するとメタルピューマの動きが静止した。
 ダンとラゼガルも眼を白く輝かせ、巨大試験管の上に居るメタルピューマと対峙する。これ以上、ラボ内を自由に移動させないように――。
 今しかない! レジスタンスが作ってくれたチャンスを無駄にしてはいけない。私が斬らねば――。エリスンは腰から龍のウロコ短剣をサッと抜いて、ブラックロータスに近づいていった。
 剣の切っ先が、黒い蓮の中心をドスッと貫いた。
 途端にメタルピューマの「像」が、一瞬で空間を斬ったように斜めにずれ、徐々に薄くなって消えた。派手な爆発音とともに電磁シールドは白く輝き、消滅した。激しい戦闘で、三名のレジスタンスが命を落とした。
 ラボの壁に見えているガラス張りの研究室に入ると、レジスタンスは床に倒れた研究員たちを目撃した。
「どうやら今回も、無事だったようだな――」
 アイビス・グレイがレーダーバイザーを指さして、エリスンに笑いかけた。
「あぁ、アイビスっ!」
 どこにいても、アイビスのレーダーで見つけてくれる。アイビスはダン・ジークフリードの部隊と共に、夜陰に乗じて戻ってきた。アイビスはヴェネター・ラボで地図を入手すると、城内システムをレーダーバイザーと同期した。
「こっちだ!」
 ヴェネター・ラボは、城の下水処理システムと直結していた。
 巨大な沈砂池を通ると、猛烈な臭気が漂ってくる。ここで下水の中に含まれるゴミや土が取り除かれる。いくつかの沈殿池を通過し、空気を送り込みながらバクテリアが集まった活性汚泥を混ぜる。この時、城の上部にいるハーモニーのPMFが使われるのだ。浄化された水は、さらに沈殿池を通り、化学物質を除去して、消毒処理を行い、川に流される。
 ダムの規模に対して、処理能力が追い付かないような気がした。それは、発電を同時に行っているからだった。

     *

「グッ……ブラックロータスっっ!! わが朋(とも)よ……そなたまで」
 ガラティアはうずくまって、ズキズキする胸を両手で抑えた。モニターで監視しているDr.ヴェネターがガタッと立ち上がった。
 メタル生命兵器群、グレートWフリー、そしてラボの仲間たち。ガラティアの「戦友」たちが次々と戦死してゆく。
「もう……私と、ゴルデックス。オマエだけよ」
 フッと笑って、呟く。
 ガラティアは立ち上がって、ゴルデックスを見上げると、走り出した。
「ゴルデックス!! オマエに、この身をすべてささげる。一緒に、戦っておくれ……」
 西ドナウ共和国最上位PMに立つガラティアは、ゴルデックスの中に取り込まれていった。
「ガラティアッ!!」
 Dr.ヴェネターは、もはや阻止する手がないことを悟った。

 ブオオオ――――――オオオオオ、ガアアアアアアァ――アアアアアア!!
 ゴルデックスが巨大な口を開けて咆哮した。その形状は完成し、両掌にも口を持った、異形の怪物の姿が、ペッシオンの戦場に出現した。
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